第三界—5 『花ノ開界』


「お前の肉体を液体化させて完全に一体化する事でエネルギー……というか力を増大させる方法なんだが1分経つと元の形状に戻せなくなってお前は死んでしまう、不便だよな」


 ナイトはどこか他人事の様に軽く説明する。

 1分経てば死ぬ……だがそれは逆に、1分以内にフラワーワールデスを倒せば生きる事が出来るという事……やる価値はある、少なくともやらないよりはいい……けどたったの1分であの蔦達を掻い潜ってフラワーワールデスにトドメを……なんて可能なのか?

 正直成功のビジョンが見えない……この荊をどうにか出来た所で……そういえばだが、荊なんて使わず、普通に地面に落とすだけでも殺せたよな……なんでわざわざこんな延命させる様な事を……


「あっ」


 そういう事か……違うかもしれないが理解出来た……何故わざわざ荊を使ったのか、そしてフラワーワールデスを1分以内に殺す、その手段を。


「……ナイト、今すぐその危険な方法って奴をやれ」

「……1分以内に勝てるのか?」

「根拠がある訳じゃない……けど1つだけ、1分以内に勝つ方法を思い付いた」


 根拠は無い、だが絶対に成功するという謎の……絶対的な自身が俺の中にはあった。


「根拠は無いのか……」

「どうせなんもしなくつがァッ……死ぬんだからそれよりは……何もしないよりはマシだろァ!」


 棘により肉を引き裂かれる痛みに悲鳴を上げかけながらもその叫びを抑えて言う。

 何もしなければ2人とも死ぬがナイトの言う方法ならば死ぬのは俺だけで、それに肉体を荊によって粉々に、ブロック状に引き裂かれるより液体になって終わる方が苦痛も少なくてマシだ。


「……分かった、じゃあカウントダウンするから0になったら速攻でその勝つ方法を実行しろ……!」

「ゼァァァ……!」


 その方法を0の瞬間に実行する為、拳を強く握り締め、息を吐き、集中力を高める。


「3……2……1……」


 秒数ごとに、段階ごとにだんだんと脱力し、出来るだけ荊を身体の近くに引き寄せ……そして……最後のカウント、俺の命の最期を意味する事になるかもしれない数字がナイトにより、言い放たれる……



         『0』



「ゼァアァァァアアア!」

「ふらギァッ!?」


 緑の束縛は破裂する様に消し飛び、その破片の中を、雨の中を走り抜く様に、鎧の隙間を月光色に輝かせるアーマードナイトが駆け出した。

 その疾走、1歩1歩の速度は平常時を凌駕しており、前進する度足元の花々を散らし、背後に舞い上がらせる。


「ッツ花を散らすなぁァ ァ ア ア ア ア ! ! ! 』

「ゼァッ……!」


 フラワーワールデスは激昂した様に発狂、全ての巨大な蔦を俺に向かい、暴れ狂う龍の如く放つ……が、その全ての攻撃は軽々と、簡単に回避され、アーマードナイトが蔦の周りを舞う度に白い光の、流星の様な軌道が描かれる。


「ッ……! この程度ならっ……うぉあ!?」


 根の下にある花屋を目指し走っていると突然、花々の隙間から細い、無数の蔦が飛び出し壁を作る。

 減速は一切せずに、勢いのまま壁と衝突、そして木っ端微塵に破壊し通過した……そう思った瞬間、まだ地面と繋がっていた蔦の残骸、その断面から一気に再生し、アーマードナイトの肉体を再び縛り付ける。


「ゼァァァッ……!」

「押し潰れてもらうよァァア!」


 蔦を引き千切ろうと両腕に力を入れた……その時にはもう既に、拘束された鎧の周りを巨大な蔦達が、獲物に向かい大きな口を開き飛びかかる蛇の様に包囲、圧殺しようと迫り来ていた。


「お前の攻撃1つ1つに対処してやる様な時間はッ……ねぇんだよなぁァァアア!」


 蔦を内側から掴み、引き千切った瞬間に身体を軸として高速で……鎧と空気の摩擦で生まれた熱により周囲の花々が枯れ出す程の速度で回転し、そして掴んだ蔦を刃として、擬似的に巨大な電ノコを作り出し蔦を、蛇の頭を切り刻む。


「おい朝日! あと10秒だが大丈夫か!?」

「くそッ……あれさえ見つかれば!」


 もう50秒も経っていたのか……フラワーワールデスの元へ辿り着く事自体は問題無い、5秒もあれば足りる……だが、”あれ”が無ければフラワーワールデスに辿り着く直前の、トドメを刺す為の動作の最中に蔦により妨害される、たとえ蔦を対処してから攻撃しようとしてもおそらく対処している最中に花粉を放たれてしまう……だから、絶対にあの何度でも復活する蔦を無効化しなくてはならない……そしてその為に”あれ”が必要……


「ッ……?」


 何かが、円柱状の硬い何かがかかとに当たる……その何かに向けて視線を、意識を向けると、何かの正体は……


「隙だらけだねぇこの花荒らしのクソガキがァあぁああ!」


 アーマードナイトがしゃがみ、何かを左手に掴み取った時、フラワーワールデスはこちらに背が向けられたのを見て好機と判断し、蔦を再生させ、真上から一気に全ての蔦で砕き潰そうとした……が……


「なっ……」

「この方法で正解だったらしいなァァアア!」


 アーマードナイトが左手を上げ、何かを掲げた瞬間、蔦達はまるで鎧……というより、その何かを破壊する事を拒絶したのかの様にフラワーワールデスの意思を無視して停止し、アーマードナイトが鞭の様に振り回した蔦により木っ端微塵に粉砕……鎧の周りを雨の如く降り落ち、花々をくしゃくしゃに潰す。


「残り8……7……6……!」


 右手には蔦を、左手には勝利の為の何かを掴んだまま、塔の様に目の前にそびえ立つ花……その頂上でこちらを見下ろすフラワーワールデスを視線に捉え、右腕にエネルギーを、朝日 昇流の肉体だった液体を移動、集中させ……そして……


「5!」

「ぶがぐぃっ……!?」


 アーマードナイトは右腕を振り飛ばし、離さないまま蔦をの様にして投擲……その蔦はフラワーワールデスの首を掠め、支柱に絡まる朝顔の蔦の様にその首に巻き付き、締め上げた。

 そしてアーマードナイトはその蔦を百万馬力のパワーで引き、フラワーワールデスの元へ向かいさながら糸を操り木から木へ移る蜘蛛の如く飛び立つ。

 鎧の飛行した跡には天翔ける彗星の尾の様な閃光が残留していた。


「うヴぁぅッ……ぶらぁあぁぁああ!」


 フラワーワールデスは気管と食道を押し潰される苦痛、頭の中を空気に過剰な程に満たされ破裂してしまいそうな感覚の中で咆哮を放ち、先程破壊された蔦を再生し下から、螺旋を描きながら天を目掛け飛翔する何体もの龍の如く、鎧に向け突撃させる。


「ゼァァア……!」


 アーマードナイトの飛翔方法は最初の力だけのだんだんと減速していく物、それに対し蔦の上昇は常に力を増させられる方法……つまりどんどんと距離が縮まっていくのである。

 今すぐに蔦を破壊する事は出来るがそうすれば確実に花粉の餌食になる……花粉が扱われなくとも無駄な行動、時間は決して使えない……だからノータイムで、フラワーワールデスへの飛翔を一瞬も停止させずに蔦を無効化する必要があった。


 そして、その方法は今……俺の左手に掴まれている。


「どっか行ってろ蔦の龍共がぁああぁぁあ!」

「花っ……」


 俺が左手に掴んでいた”それ”を投げ飛ばすと、蔦達は餌に群がる家畜の様に”それ”の方向へと、今度はフラワーワールデスの意思と共に軌道修正し、そして”それ”を保護する様に、優しく……壊れない様に全ての蔦を駆使して包み込んだ。

 “それ”は、蔦が保護したのは、フラワーワールデスが自分の命の守護を放棄してでも守ろうとした物は……


「花への愛だけは本物で良かったなぁぁぁあ!」



 ただの菊の植木鉢だった。



 これまで、始まりの世界に生み出されて以来、フラワーワールデスは自分は優しいと、花を愛し、誰かを想い、決して命を奪う事は無いと、そう信じていた……自分で自分の事を信頼してきた。

 だけれど現実は違う……現実では様々な命を強制的に眠らせ、死に追いやってきた。

 直接、自分の手で殺していないというだけで命は奪う……そしてその行為を優しさだと自分に言い聞かせ罪に背を向ける、それは自らの手で命を潰すよりも罪の重たい、卑怯な方法だった……だが、フラワーワールデスは今、菊を……たった1つの小さな花ごときを救う為に自分の命を忘れた……その行動はつまり、フラワーワールデスの優しさが本物で無くても、誰よりも罪深い存在だったとしても……それでも花への愛だけは真実、その証明となった。



「これで終わりだぁぁぁあぁぁあぁぁあ!」

「ッ……まだ私は終わらない!」


 蔦の狙いが鎧から逸れた事で邪魔をする物が無くなり、アーマードナイトに向かいフラワーワールデスは花粉を、最後の頼りを放ったが……


「ナイトサイザーッ……ランス!」


 アーマードナイトは左手に作り出したナイトサイザー ランスモードを前に突き出して花粉を貫き消し飛ばし……


「もう何も奪わない為にッ……死んでおけ!」



『あと何度、不幸の為に幸福を奪えばいいんだろうね』



「ハハッ——」


 バルーニングの勢いのままナイトサイザーの刃でフラワーワールデスの頭部を木っ端微塵に砕き、そして地上に着地した瞬間にアーマードナイトは分離し朝日 昇流へと……世界は花の世界から崩壊した世界へと姿を戻した。


「ッ……はぁっ……ぅぁ……生きてる……よな?」


 息を切らしながら左手で右腕を、右手で右腕に触れ自分の無事を、自己の形状を確認する。

 両手に伝わる感触は確かに固形、皮膚の下に肉が肉の下に骨があると確信出来るものであり、俺は自分が液体から人間へ……朝日 昇流へと戻れたのだと理解出来た。


「ふぅ……生きてる……俺は今、生きて……るッ……」


 生命として自身の命の無事を知り、安堵した瞬間だった……俺の言葉は途中で途切れ、身体は糸を離された操り人形の様に倒れ、そして地面に側頭部を打ち付けた直後、俺の視界は暗闇へと、ゆっくりとフェードダウンしていく。


「ねぇバトラー! 人間! 生存者だよ生存者!」


 視界が完全に暗闇に包まれる寸前……意識が途切れるその直前、暗闇と暗闇の隙間……薄い楕円型の光の中に一瞬、金と黒を基調とし、十字架の形をしたバイザーを持つ仮面が映り込む。

 その十字架は遥か彼方で煌々と輝く星の如く煌めきを放っていたのだった……

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