第三界—3 『花ノ開界』


「ッ……アーマード!」


 フラワーワールデスを視界に捉えたまま、立ち上がり、距離を取り、戦う為……アーマードナイトとなる為にナイトに呼びかける、戦闘開始の宣言をする……が……


「……ナイト?」


 返事は無かった。


 今、俺の前にはワールデスが現れている……普通なら、俺に呼びかけられなくとも、ワールデスの姿を見た瞬間に行動するはず、少なくとも宣言した瞬間に俺と一体化しアーマードナイトとなるはず……だが何も起こらない、ナイトが言葉を発する事も、俺がアーマードナイトとなる事も、どんな動きも発生せず……存在するのはただ視界の中で、花屋の中でフラワーワールデスが菊を見つめているという事象だけだった。


「あぁ、彼ならそこで寝ているよ、アーマードナイトになられたら君とお話出来ないし私の力、特殊花粉で眠らせといたんだ」

「っナイト!」


 フラワーワールデスの伸ばされた腕、その先の手、更にその先端の人差し指が向く方向には、床に無造作に、ただの意思の無い石の様に転がる紺色の鎧があった。


 駆け寄り、全面を見てみるとナイトの瞳は閉ざされており、軽く叩いても目覚めずただ手の甲に痛みを与えるだけとなった。


「さっき言った通り寝てるだけだから大丈夫だよ」

「寝てる……のか」


 目を閉じているだけで寝息をしているわけでもない……まぁ口とか鼻無いんだし当然か。

 てかこいつ、口無いならどうやって喋ってるんだ?

 テレパシー的な物……でもおそらくない、明らかに耳から直接、鼓膜で聞き取っていた自覚がある。


「さて、それじゃあお話を、お花の談義をしましょうか」

「……何が目的だ?」


 アーマードナイトの力を封じ、そして抵抗する力を失った俺を殺す……のではなく話をする、何か狙いが、フラワーワールデスにとっての得があるはず……なのだが分からない、だからダメ元で本人に問いかけてみる。


「目的? 私の目的はさっきから言っている通り君とのお話だよ」

「……戦うつもりは無いんだな?」

「まぁ……私自身には無いね」

「……そうらしいな」


 もし戦意があったのだとしたら、ナイトを眠らせる理由にはなるが、力の無い俺をすぐに殺さない理由にはならない……私自身には、という言い方が少し引っかかるが話をする事が目的というのは本当と考えていいだろう。


「じゃあほら、納得したなら来て来て」


 フラワーワールデスは明るい声で、こちらに、自分の隣に来るように、しゃがませるように自分の右側、菊の目の前を指差す仕草をする。


「この位置でも喋れるだろ」

「……まぁいっか、その位置でもいいよ」


 フラワーワールデスと横で話す事が嫌なわけではなく、その位置で、白波と話していたのと同じ位置でフラワーワールデスと会話するのが……さっき、回想の途中に現れたのと同じ様に、俺の記憶、白波の生きていた頃の記憶がフラワーワールデスに壊される様な気がして、それだけが本当に、どんな事よりも、衷心から不快だった。


「で、何について話すんだ?」


 話の題は何か、先に聞き出さなければならない……主題も分からず流れでアーマードナイトの能力や弱点について聞き出されたらまずいからな……俺もアーマードナイトの弱点なんて1つも知らないから聞き出されなんてしないが。


「うーん……特に何について話す、とかいうのは無いけど……自己紹介とかしてくれない?」

「自己紹介……?」

「うん自己紹介、私は君について、ナイト君が私達を裏切ってまで力を与えようとする人間について知りたくてね」

「そういう事か……」


 そういえばカタナワールデスも少しだけ似た様な事を言っていたな……それだけワールデスの仲間、又はワールデスそのものだった頃のナイトは信頼されていたのだろうか。


「考え込まないでほら、自己紹介してして」


 こいつ自分は自己紹介をせず相手にだけ……いや名前は名乗ってたな……まぁ、なんでもいいか。


「……名前は朝日 昇流、年齢は18、趣味は……寝る事だな」

「悲しい趣味だね」

「なんだお前」


 わざわざ敵に……フラワーワールデスに戦意が、俺に対する敵意が無いから、フラワーワールデス自体が敵なのかは分からないが敵種族の1人に自己紹介をしてやっているというのに失礼な奴だな……確かに趣味が寝る事っていうのは悲しい、哀れな事かもしれないけども。


「ごめんごめん、寝る事かぁ……ゲームとかはしないの?」

「ゲームは……やると気分が下がるからやらないな」


 やり始めは楽しいのだがやっている内に白波のノートの事を連想し、そこから連鎖しあの日を思い出して辛く、虚ろになり、何をする気も無くなってしまう。


「この世界の人間の若い子は大体ゲーム好きだって聞いてたんだけど……そっか気分が下がっちゃうのかぁ……うーん……」


 俺の返事を聞いたフラワーワールデスは菊に視線を戻し、顎に人差し指の先を当て、首を傾げてどこかわざとらしく、あざとく声を唸らせ思考を巡らせる。


「そうだ! 夢とか、憧れとかならあるんじゃない?」

「っ……」


 フラワーワールデス勢い良く顔を、人差し指の先を俺に向け、その問いを……閃きを……俺にとって最も触れられたくない事、朝日 昇流の禁忌を口に出す。


「俺は……」


 夢や憧れが無いわけでは、持ってないわけではない、だが……たとえ人の原動力が願望、欲望だったとしても、俺が生きる為に希望が必要だったのだとしても……


「俺は夢も憧れも持っちゃいけない……絶対に……ヒーローに憧れたりなんてしていいわけがない……」


 呆然と、虚脱した様な顔で、声を出す……いくつもの言葉を連ね、1つの文章を作る。

 その文章はフラワーワールデスに向けた物……ではなく、俺自身に向けた物、自戒の羅列だった。


「おぉ……っと大丈夫? あんまり良くない事聞いちゃったみたいだね……ごめんね?」

「……大丈夫だ」

「……自己紹介は終わりにしよっか」


 フラワーワールデスは気を遣う様な声色で言い、その話題を、朝日 昇流の自己紹介を終了させる。


「じゃあどうしよっか……何か私と話したい事とかってある?」

「話したい事……」

「聞きたい事、でもいいよ?」

「それならあるな」


 話したい事は無いが聞きたい事なら、答えを知りたい、教えてもらいたい疑問なら一応持っている。


「お前達ワールデスって普段はどこにいる……というかどこで生まれたんだ?」

「要するに私達の出身地と拠点を知りたいって事だよね……そうだねぇ……世界の世界、って表現がいいのかなぁ……?」

「世界の世界……?」


 雪の世界、刀の世界に花の世界、これらに関してはなんとなく理解が、想像が出来る……が世界の世界ってなんだ……?

 雪の世界なら雪国の様になっているイメージ、刀ならあの刃の針山地獄の様になっているイメージ、花ならば世界の全てを様々な、色とりどりな花々が覆っているイメージ……そんな風にそれぞれ、合っているかは分からないが想像出来るが……世界の世界を前述の世界達と同じ様に想像すると世界の中に世界がいくつも、無数に存在する事に……いや、意外とイメージ出来るかもしれない、パラレルワールドが隣接してる様な絵を思い浮かべるとなんとなく想像する事が可能だった。


「沢山のパラレルワールドが並んでいるみたいな感じか?」

「んー……見た目的にはそうだね、球体状の世界が沢山浮かんでて、触れるとその世界に行ける感じ……世界の世界、とは言ったけど世界というよりは世界の外側だね」


 世界の外側……言葉だけで取ると世界から省かれた存在の様に聞こえるがフラワーワールデスの説明を聞く限り世界から追い出された様な空間ではなく、それはむしろ、世界を管理する……無数の、全ての世界よりも上位的な世界……という事になるのではないだろうか。


「世界に触れて、入って、惑星1つ1つに自分の世界を植え付けて、それでその世界を自分の、私の場合は花の世界にする感じだね」

「1つ1つやっていくのか……!?」

「まぁそうだね……まぁ銀河団1つくらいなら1度の開界で丸ごと自分の世界に出来るし10年あれば終わるね」

「意外と早い……けど10年か……」


 10年、ワールデスの寿命なら一瞬なのかもしれないが、生まれたての赤子が自分で思考し、自分で行動する事が、大体の事態に対して対応出来る様になっていている様な時、長さだ……そんな時間を掛けてまで自分の世界を開きたいのだろうか。


「……世界を開くのって楽しいのか?」

「んー……私は楽しいかな、惑星を移動する度に新しい花を知れて、他の星の花と並べたりするの楽しいし……あと花粉で眠らせた人間の寝顔を観察するのも好きかなぁ、どんな夢見てるの考えたりしてさ」

「っ……殺しはしないのか」


 スノーワールデスの、まだ人間が生き残っていたのか、という様な発言とカタナワールデスの言動から、世界を開く時は元いた人間、生物は根絶しているのかと思っていたがワールデスによるらしい。


「まぁ本来は殺さなきゃなんだけどね、私の場合は死ぬまで幸せな夢の中に閉じ込めるから殺さなくても許されてるんだ」

「死ぬまで……」


 死ぬまで眠らされる……幸せな夢の中で死ねる……本人からすればハッピーな終わりかもしれないし第三者視点に、世界視点にしてみると普通に殺されるよりも残酷な死と言える。


「私も自分で命を奪ったりはしたくないからね……ねぇ、朝日 昇流くん」

「なんだ?」

「今の質問の意図、教えてもらえるかな」

「別に意図とかは無いけど……」


 意図も何も無い、ただ気になったから聞いただけだ。


「本当にそうかな……? ひょっとするとナイトくんの思考が混ざって、それかアーマードナイトの力に精神が取り込まれ始めて、世界を開く事に興味が出てきたんじゃない?」


 瞳の無い顔面、2つの花びらでこちらを見つめ、俺の心を見透かしているかの様に言葉をぶつけてくる。


「っ……そんなわけないだろ! 俺は人間、ただな人間として生まれたんだ! 他の世界を自分の世界で塗り潰すなんてッ……!?」


 気が付いた時、俺の言葉は、言葉を放つ為に動かされていたは遮られた……2つの花びらに覆われた、フラワーワールデスの胸に顔を埋めさせられ防がれていた。


「自分の星が、生きてきた世界が滅んで、強がってはいるけど不安だよね……自分の世界に帰りたいって思うよね……」

「ふがっ……離っ……!」


 一瞬で、刹那の間に俺の前に移動し、俺を抱き締めたフラワーワールデスは耳元に囁く、誘惑する様に、暗示をかける様に、耳の中へ言葉を流し込む。

 もがき、フラワーワールデスを引き離そうとしても人間の、素の力では全く適わず、俺の脳内は蠱惑の言葉で埋め尽くされていく。


「ナイトくんは君を主人と認めてる、だから君が説得すれば君と一緒にワールデスとして生きてくれるんじゃないかな、そうすれば君はワールデスとして、自分の世界を作り出せる……」


 フラワーワールデスの頭部から白い煙、粉が放たれ、風に乗り、俺の鼻へと侵入する。


「っ……れは……」


 開いた世界、そこは俺の理想の世界なのだろうか……


「君が望む、君による君の為の、君だけの世界が作れるんだよ」


 俺が望む世界……それは……


「白……」

「うぉりやぁぁぁぁあ!」

「っ!?」


 俺の思考が完全にフラワーワールデスの言葉に染められようとした瞬間、突然ナイトがフラワーワールデスの頭部に突撃し、フラワーワールデスは吹き飛び、俺の肉体、精神は束縛と洗脳から開放、解放された。


「無事か朝日!?」

「っ……大丈夫だ……!」


 ナイトに返事した様に大丈夫、現在は何も問題は無い……が、今は大丈夫なだけで誘惑されている間は相当危なかった……あのまま束縛され、言葉を、花粉を流し続けていればおそらく思考を支配されていただろう。


「ふっ……がぁぁ……なぁんで起きてるのかなぁ……ナイトくん?」


 吹き飛び、カウンターに後頭部を衝突させたフラワーワールデスはふらつきながら立ち上がり、平然とした様子で空中を舞うナイトの姿を見て、不愉快そうに、理解が出来ない、そんな様子で問いかける。


「俺の意識を完全に奪うなんて事は不可能だ……今、このせ……状況ではな」

「せ……?」


 ナイトは一瞬言葉を詰まらせ、言い直してフラワーワールデスの問いに答えた。


 状況と同じ様な意味で、”せ”から始まり、言い直さなければならない言葉……政情、せい……駄目だ思い付かない、おそらく3つの条件を満たす言葉はほとんど存在しない……少なくとも俺の語彙の中からは見つけられなかった。


「せ……なるほどね、地球から緑が消えてた理由が分かったよ……君がせかッ」

「っ朝日! さっさとアーマードナイトになってこの野花野郎をぶっ殺すぞ!」

「……あぁ!」


 ナイトはフラワーワールデスの言葉を故意的に遮る様に俺に、戦いを、アーマードナイトとなる事を呼びかける。


 君が”せか”……おそらく、さっきの”せ”と同じ言葉なのだろうが……そんなに俺に知られてはマズイ内容なのだろうか、そんな疑問、不信感を抱きながら強く、威勢よく返事をする。


「朝日 昇流くん、今ここでナイトくんと共に私と戦う事は自分の世界に帰れなくなる事を意味するけど……本当にそれでいいんだね?」

「自分の世界を開いたところでそれは本物じゃない……それだったら、崩壊してたとしても、原型を留めていなかったとしても俺はこの世界で生きる」


 たとえ美しかったとしても、たとえ俺の理想だったとしても……偽物の中で生きるよりも俺は醜い現実、そんな本物の中で生きたいと願う、だから、その為にアーマードナイトとして戦う。


「そっか、じゃあやるしかないかぁ……自分の手で命を摘むのだけは嫌だったんだけど、仕方ないよねぇえ……!?」


 フラワーワールデスは声を捻らせ、うねらせ、そして幹が絡まった様な腕を、花びらが組み合わさった様な手のひらを大きく広げる。

 その動きは、ポーズは1輪の花の様にも、罪人を磔にする十字架の様にも見えた。


「ッ……まずい!」


 そのフラワーワールデスの動きを見た瞬間、ナイトは叫び、自身を分解させ変形、そして俺に向かい全速力で突撃、一体化しようとする……が、間に合わない、俺達がアーマードナイトとなるのは……ナイトが俺を、攻撃から護る鎧となるのは間に合わなかった……



花ノ開界カノカイカイ……!」



 フラワーワールデスが声を凄め、その世界の始まりを宣言した瞬間……花屋が、住宅街が、街の全て根に、幹に、花に覆われ……そして……


「さぁ、最初で、最後の、私の花摘みを始めるよ……!」


 緑の上に、無数の花が円状に、外側から内側へ、寒色から暖色までの鮮やかなグラデーションを描くその中心……そこには大木の様な幹を持ち、巨大円盤の様に花びらを広げる1輪の花が咲いており……そのめしべの先からはフラワーワールデスの上半身が生え、地球の全てを見下ろしていた。

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