第三界—2 『花ノ開界』

——


「星……今日も見えないな」


 周囲の民家、街灯の光のみを光源とする薄暗い墓地の中、緑煙 白波の名を刻んだ墓石の前で、朝日昇流は空を……純度100%の黒の、夜という天井と、一切の光を持たない灰色の瞳を向き合わせ、小さく呟いた。



——


「おっ見えてきた」


 死体の元から出発して数分、暗闇に染っていた視界の右端に、小さな輝きが現れ、段々と暗闇を消失させていく。


「にしても花屋か……」


 ナイトは前方の光を見て、疑う様に、不思議がる様に呟く。


「どうかしたか?」

「いや……生存者がいたとして、花屋を拠点にするものかと思ってな」

「それは確かに……でもまぁ、実際灯りがついてるわけだしさ」

「……」

「……分かった」


 返事は無かった……いや、その沈黙こそが返事なのかもしれない。

 おそらく警告、花屋に何かが、危険があるという……危険が俺をまっているという可能性についての忠告の意を込めた沈黙、そんなナイトの返事に、俺は小さく頷く。


 灯りが近づき、更に近づく。

 世界の目線では俺が花屋に近づき、俺の視界の中では花屋が俺に接近し……そして、俺は花屋に辿り着いた。


「……っ?」


 花屋、と聞いて大体の人は小さな、長方形型の店舗で、外と内に様々な、色とりどりの花が並び店舗を彩る……そんな光景を思い浮かべるだろう。

 だが、今、俺の目の前にあるのは、暖色の光に照らされていたのは……


「枯れてる……わけじゃないよな」


 灰色に染色され、風に吹かれても花の様には揺れず、石の様に不動を貫く、無数の花の形をした物体達だった。


「植物も崩壊の影響受けてんのか……」


 しゃがみ、入口横の鉢植えを持ち上げ、ゆりの花の形をした物体を見回す。

 花びらの形状をした箇所に触れてみるとそれは硬く、そして冷たかった。

 空の様子からして海は崩壊の影響を受けていない事がほぼ確定していたから植物は大丈夫なんじゃないかと考えていたが……スーパーやコンビニの食品が全てダメになったら農業でも初め、自給自足に手を出そうと思っていたのだが無理のようだ。


「……っ!」


 灰色の造形を、灯りに照らされ淡い橙色を塗られた花を見回していた時……1つだけ、1輪だけあったのだ。


 正真正銘の花が、色を持ったままの花が……本来の姿を持つ菊が、店の右端に小さく、ぽつりと咲いていた。


 すぐに立ち上がり駆け足で菊の元に駆け寄り、しゃがんでそっと細い花びらを摘む。


「……ちゃんと花だ」


 摘むと花びらは僅かに歪み、花びらを引きちぎらない様に優しく引っ張ると、石の花とは違い幹は微かに曲がる……完全に、完璧に本来の花である。


「……」


 いつのまにか俺は、無言で菊を、無数の筒を……彩り豊かな花々に囲まれた過去を見つめていた。



——回想


「やっぱ菊が1番いいなぁ……」

「他との違いなんてあるか……?」


 いつか、8年前の花屋の中、1輪の菊の前に俺と白波はしゃがみ、雑談していた。


「なんというかほら……可愛くない?」

「あー……分からない」


 他の、同じ様なサイズの花と何も変わらない……というよりむしろ、無数の、中央に群れる筒の様な物が気持ち悪く見える。


「えー……じゃあ昇流はどの花が可愛いって思う?」

「可愛い……」


 と言われても、俺は男……更に趣味はヒーローとかそういうカッコイイ系ばかり、どれが可愛いかなんて分からない……ましてや花の善し悪しなんて判断出来るわけがない。


「んー……あれだ、あのアルサ……アルストロメリア……って花とか可愛いんじゃないか?」


 菊の横、そのまた横の赤い花を指さす。

 理由は可愛いと思ったからとかではなく、赤、つまりヒーローの赤色をしていたからだ。


「絶対赤いからヒーロー連想して選んだよね」

「はっや」


 ノータイム、白波は一切の思考する時間を持たずに俺の考えを見抜く。


「昇流は365日24時間常日頃、永遠とヒーローについて考えてるからねぇ」

「それは言い過ぎ……いや……」


 実際、俺は今どの花が可愛いか……というヒーローとはかけ離れた話題の時にもヒーローについて思考した……白波の言っている通りかもしれない。


「過言じゃないかもしれないな」

「うん、過言じゃないね」


 俺は、朝日 昇流はどんな時でもずっとヒーローの事を考えていると言っても過言ではない、という結論となった。


「まぁ、昇流がヒーローとか関係無しにアルス……めんどい名前の奴選んだなぁ……あの花が可愛いと思ったとしてもさ」


 めんどい名前ってなんだよ、多分付けた人の本名から取ってるだろうし……そうじゃなかったとしても失礼だから付けた人に謝れ。


「もし私にプレゼントするなら最初は菊でお願いねー」

「今年の誕生日プレゼントは菊がいいって事か?」

「いや誕生日はもっと高いやつにする」

「やめろ」


 結局、その年の白波の誕生日は菊ではなく、ゲーム制作に参考にしたいゲーム数歩……計、約1万円使わされたのだった。



 そして、俺が白波に初めてプレゼントした、初めての……最初の花は菊となった。


 菊を渡したのは小学6年生、回想時から3年後、現在から5年前……白波の死んだ1年後、初めての墓参りの時だった。



「……なぁ白……」


 俺は横を向く、今はもう見れない白波の顔を……記憶の中でだけは見る為に向こうとした……そこにいたのは……


「君がアーマードナイトの人間の方、朝日 昇流君だね?」

「っ……!」


 そこにいたのは身体から各所に巨大な花びらを、胸には1つの大きな花、虫の複眼の様に花びらを頭部に生やす怪人、おそらくワールデスだった。


「ワールデスッ……!」

「私の名はフラワーワールデス、戦意は無いからあまり警戒しなくてもいいよ」


 いつのまにか、気付かぬうちに回想は終わっており、かつて白波がいた位置には今、フラワーワールデスが存在していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る