第三界—1 『花ノ開界』

——


「おいナイト、まだワールデス現れてないよな……?」


 地球の表面から人工的な光が消えた事で、本来の煌めきを取り戻した夜空の下を、灰色の住宅街を、灰色の一軒家の間の道を、俺は歩いていた。


「パッと見はいないな、俺の死角に隠れられていたら分からないが……てかそんな怯えてんだったら寄り道せずにさっさと小学校行けよ」

「いや別に怯えてねぇよ」


 ただワールデスが現れた場合、戦闘になった場合、こちら側の準備が整っていなければ一瞬で死という結果で勝負は終わる事になる、だから定期的にワールデスがどこかにいないか確認しなければいけないだけで、決して怯えてるわけでも、ビビってるわけでまない。


「まぁ気ぃ抜いて死ぬよりはマシだがな」

「それはそう……というか、これは生存者の確認は寄り道じゃないからな。むしろ本筋……この世界で生きていく為に1番大事な事だ」


 その生存者が俺達には無い物資、又は崩壊に関する情報を持っている可能性があるから生存者を探すのは今の状況下で最も重要な事と言える。


「花屋に生存者がいるっていう確証はあるのか?」

「電気が点いてたんだ、いる可能性は高いだろ」


 俺は今朝、カタナワールデスとの戦いの後、アーマードナイトのまま一度寝て、そして起きた頃にはもう既に、青く明るかった空は黒く暗い空となっていた。

 そして窓から小学校の方を見ようとした時、俺は見つけた、星しか光源が無く……ほとんどが暗闇に包まれていた街の中で、たった1つ、街を、世界を覆う暗闇に負けず強く輝き、周囲を照らす小さな光を。

 その光は街の中心から展望台側へ少しズレた場所に……俺と啓示が去年まで毎年、菊の花を買いに行っていた花屋に存在していた。

 だから今、俺はその花屋に生存者がいる事を願い、向かっている。


「いるといいなぁ……生存……ッ!?」


 突然だった。

 けたましく、鼓膜まで響く轟音が街に鳴り響き、足元に火花が飛び散り、煙が舞い上がり……そして……


「銃弾……」


 足元の地面には小さな穴が、その穴の中には黒い……黒、それ以外に形容する言葉の無い程に黒い銃弾が存在していた。


「あっちから……あの裏路地か!」

「行くならアーマードナイトになってからにしとけ」


 一瞬だけ見えた弾道の方向、右側、裏路地へと走ろうとする俺をナイトは呼び止める。

 何も考えず突っ込んで行こうとしたが確かに生身でワールデスの……ワールデスでなくとも、銃を持っている存在のいる裏路地に入るのはあまりにも無鉄砲過ぎる。


「それじゃアーマードナイトに……」


 そういえば、カタナワールデスの前で一体化する時、ナイトが何か、合言葉の様な物を言っていた……そう、確か……


「アーマード……だったか?」

「合ってるぞ」


 ナイトは俺の言った合言葉が正解である事を伝え、そして分解変形し、俺に纏わり一体化しアーマードナイトとなった。

 暗闇の中で三日月のバイザーが、街を照らす唯一……ではなく、2つ目の光源となり、深夜の街灯の様にアーマードナイトの足元だけを光で覆う。


「ナイトサイザーッ……はいいか、狭いし」


 ナイトサイザーを作り出そうとした右手を下げ、ゆっくりと、全方位を警戒し裏路地に近寄る……近寄って……そして、路地に踏み入り、歩を進める。


「だーめだ何にも見えない」


 ただでさえ視界を悪くしていた暗闇は、裏路地に入った事で更に暗く、黒くなり、俺の視界を完全に奪っていた。

 見えない、この道がどこまで続いているのか、一体何があるのか、一切視認する事が出来ない……


「っ……」


 裏路地に入って5秒目だった。

 右のつま先に何か、四角い、硬い、そんな何かが当たり……僅かに奥にズレる。

 その何かは、おそらく放たれた銃弾と関係のある何かは……


「んー……見えねぇや」


 暗闇の中に、完全に飲み込まれており、目に力を込め、目を凝らしても視認する事は出来なかった。


「おいナイト、なんか見る方法無いか?」

「あるぞ」


 ナイトサイザーの時もそうだったがこいつ、基本的に聞かれなきゃ情報は伝えてこない感じか……めんどうな奴だな。


「あるならやってくれ」

「ほれ」

「ッア!?」


 ナイトがつま先に当たった何かを見る方法、おそらくそれを実行した瞬間だった。

 俺の視界は眩い光に包まれ、瞳はその光と熱に焼かれ、水分を失っていく。


「おぉぁあなんだ!? おいナイト! 何がどうなってんだこれ今!?」

「バイザーの光を強めて、一方向に放射して懐中電灯代わりにした、暗闇で物を視認したいなら懐中電灯を使うのが1番だろ」

「目の位置でそれやっても暗闇で見えなくなってたのが光で見えなくなるだけだろうが! 今すぐやめろ!」


 見えなくなるじゃなく、俺の目が悪くなる、最悪失明しかねないのでさっさとやめてもらいたい。


「やめたぞ」

「っ……光の跡が凄い……」


 懐中電灯の光や電灯の光、太陽を直視し、そして視線を逸らした後、視界の1部に緑色の跡が残る。

 つまり、光で全てを覆われた後の俺の視界は、1面を緑のフィルムで覆われているのだ。

 別に感覚があるわけではないが……絶妙な不快感と違和感を感じ、目に疲労が溜まっていく。


「なんか他に無いのか? 照らす方法」

「あー……俺の方の瞳を光らせるのは出来るな」

「じゃそっちやれよ」

「光強すぎて眼球への負担が凄いからな、あまりやりたくなかったんだ」

「それが分かってて俺にやらせたのか!?」


 自分が損しなきゃ他人がどんな目に合ってもいいとかそういう思考の奴か……?

 しかも、バイザーを光らせても何も見えない、何の意味も無いというのにやらせた……となると嫌がらせ目的、普通に性格が悪いのかもしれない。


「はぁ……もうなんでもいいからさっさとやってくれ」

「分かった」


 ナイトはその一言だけ言い、自分の瞳から一直線に、光の道を描いた。

 

 そして、光に照らされたのは、放たれたその道の終点にあった……又はいたのは……


「っ……死んでる……よな?」


 地面に倒れた人型であり、全身各所に拳銃を生やし、頭部に穴を空け……そして路地裏の先、さっきまで俺が立っていた場所に手を伸ばす死体だった。


「ガンワールデスか……俺を殺す事に反対して他のワールデスに始末されたか、自害か……まぁ普通に前者だな」


 ナイトは自分を庇ったと思われる死体を見て、冷静に、簡単に判断する。


「でも前者なら俺の事を撃とうとしたのはおかしくないか?」

「おそらくあれは死ぬギリギリで俺の事を見て、助けを求めたんだろうな、こいつなら例え死にかけていようと狙いを外す事は絶対に無いからな……」


 助けを求めていた……ワールデスにも普通の人間と同じ様に、死にたくないと願い、他の誰かに助けを求める様な、そんな普通の心が……


「それに、お前を撃っても俺が死ぬわけじゃないから何もおかしくない……ま、お前を撃って、そしてガンワールデスが生きてた場合、俺はガンワールデスを殺すけどな」

「……そうか」


 さっきの行動で俺はアーマードナイトになる為に必要なだけでナイトからすればどうでもいいただの人数なんじゃないか、そう思ったが……意外と大切にされていたらしい。


「よし、発砲してきた奴の確認も済んだしさっさと花屋に行くぞ」

「そうだな……」


 俺とナイトは暗闇の中で暗闇に、暗闇よりも黒い死体に背を向け、花屋に向かい歩き出した。

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