第二界—5 『刀ノ開界』


「うぉぉらぁあっ!?」


 ナイトが叫んだ瞬間に、反射的に教室から飛び出した事で刀の針山によりアーマードナイトの鎧を……そして俺自身の肉体を蜂の巣にされるのを回避する。


「なんだよこれ……」


 壁を貫き、更にアーマードナイトの三日月のバイザー、その端に傷を付けた刃に視線を向け、困惑した様に……僅かに恐怖を感じた様に呟く。

 そのおびただしい数の刀は光を反射し合い、瞬間的な視覚情報だけなら天国の様に見える……が、その中へと踏み込めば赤い血が噴き出し、飛び散り……辺り一面を紅に染め地獄を作り出すだろう。


「刀の世界が開かれた……っまずいな」

「世界が開かれた……? なんだよそれ……あ……」


 世界が開かれた——その言葉でようやく昨日の雪の怪人、その力について正しく理解出来た。

 単に雪を操る能力、そうとだけ捉えていたが違う……雪の世界を、あの怪人自身の世界をこの地球の上に広げ……上塗りしていたのだ。

 そして今、カタナワールデスも雪の怪人と同じ様に自分自身の世界……つまり刀の世界を地球に開き、その結果自由に……どこからでも刀を作り出し、操る事が可能になった……という事なのだろう。


「ってそれまじでやばいんじゃ……」


 明らかに勝ち目が無い、挑んだとしても……逃げたとしても……どんな状況でも刀に襲われ、そして死ぬ。

 おそらく昨日の怪人と同じ様にカタナワールデスを殺せば開かれた世界は消滅する——だが殺せない、殺そうとして立ち向かえば逆に殺される。


「チート過ぎんだろ……」


 雪の世界とは訳が違う。

 あの世界ならば雪が操られ、打撃してきたり、投げ飛ばしたり……力押しで回避出来る様な状況だった。

 だが刀が突然真下の床から、真横の壁から、真上の天井から現れたとなれば回避はほぼ不可能となってしまう。

 つまり……この勝負は、カタナワールデスに世界を開かせる前に勝たなければならない。

 世界が開かれた時点でゲームオーバー、俺の敗北という事になる……


「……安心しろ、手加減をしてはならない状況——とはいえ、私も、私貴様達の敗北が確定した上での勝利は望まない、縛りくらいは付けよう」

「縛り……?」


 カタナワールデスに縛りを……ハンデを与えたとしても、この状況を……無数の刀をどうにか出来るとは到底思えないのだが……


「私を中心とし、この教室と同じサイズ……同じ範囲にまでしか刀を出してはならない……というのはどうだろうか。出した刀を消したりはしないが」

「っ……!」


 思わず手を強く握りしめる、その拳はカタナワールデスの提示した縛りへの歓喜——ではなく、その縛りを聞いた瞬間に、即座に発想した自分自身の想像力、言い方を変えれば戦闘センス……それが他人と比べ優れているのではないか——という考えに対する高揚、それによる拳だった。

 教室の広さは大体60平方メートル……それだけの範囲があれば命を蜂の巣になるまで果てさせるなんて朝飯前……確かにそうだ、普通なら勝ち目なんてものは無い……だが、だけれど……


「今の世界なら……今の俺ならある……!」

「随分と良い表情をしている……まぁ見えないがな!」


 そうやって冗談交じりに、カタナワールデスがアーマードナイトの仮面越しの……俺の表情を見て一言言った直後だった——


「っ……!?」


 カタナワールデスの肉体……人型の部分が消失し、纏っていた刀は落下し、不規則に並ぶ刃と衝突し互いに砕き合う。


「どこ行ッ……っ!」


 消失したカタナワールデスの、人型の体は見つけられなかった……だがカタナワールデスの姿を探す為、右へ視線を移した時だった……俺の視界の中には太陽を思わせる……そんな光の玉が映されていた。


「うゼァァア!」

「っ……そういえば貴様の反応速度の速さは私より上だったな……だが!」

「っ……!」


 玉は光を増幅させ、人型となり……その肉体に複数の刀を纏わせ、右手に新たな刀を作り出し俺に向かい振り下ろしてくる。

 本能的に後方へと跳躍し斬撃を回避する……が、俺は取っていなかった。

 距離を……最低でも教室の半分くらいの距離を取らなければならなかった——だというのに、自分自身の反射神経に任せ、思考する事を放棄したが為に、必要最低限の距離を取れていなかった……


「今度こそ散らす……貴様の命を!」


 刀の世界の力により床から無数の刀が作り出され、そして跳躍により宙に舞っていた俺にその鋭利な、万物を貫く刃先を光速で迫らせる。

 さっきまでの俺なら……アーマードナイトでない朝日 昇流ならばおそらく、一切の発想が出来ず、為す術なくカタナワールデスの言う通り命を散らしていただろう。

 だが今の俺の脳は極限まで研ぎ澄ませれていた……瞬間的に打開策を脳内に作り出し、そして行動に移せる様になっていた。


「アーマーパージ!」

「うぉぉお!?」


 俺の意思によりアーマードナイトから朝日 昇流とナイトに分離し、分離の勢いを限界まで高める事でナイトを吹き飛ばす。

 ナイトは突然の事に……予想外の事に驚き、叫びながらもバラバラになった鎧を空中で高速回転させる事で刃に切り裂かれる事無く、一方的に刀を砕いたのだった。


「アーマードァァア!」


 カタナワールデス戦の始め——2度目の変身の際にナイトが言った様の真似る様にして叫び、アーマードナイトとなる。

 木っ端微塵になった刀の破片が散らばる床を蹴り飛ばして後方に向かい跳躍……着地の瞬間にカタナワールデスに背を向け、全力疾走を開始した。


「逃がすものか……!」

「……!」


 決して逃げてなどいない……だがあえて何も言わない。

 別にどういう考えで行動しているのか、どう思われようとなんでもいい……が、逃げていると思われているのなら都合が良い。

 だから何も言わない、無言でカタナワールデスの考えを肯定する。


「ゼァァァア……!」

「力が強いのだから速度も……逃げ足も速くて当然か……!」


 カタナワールデスは刀を生成する速度を超え、背後に無数の刀を作り出しながら俺の背を追いかける。

 だが、生成の速度を超える程のスピードで追跡しようとアーマードナイトの速度には追いつけない……どこかに、行き止まりに追い詰めない限りは追いつけやしない。


「ゼァッ……!」

「上……? まぁいいか……!」

「どうやらただ逃げているわけじゃないらしいな!」


 下への階段……ではなく上への階段を選択する。


「ゼァア!」


 5階に辿り着いた瞬間に跳躍し……身体を回転させ天井に足を付け、ナイトサイザーを天井に突き刺す事で落下を防ぎ、そのまま天井を駆ける。


「ゼゥォッ……ラァァァァ!」


 ナイトサイザーを引き抜き、その際に抉り取った天井の破片を床を走るカタナワールデスの、目の前の床に投げ破壊してその下へと落とさせようとする——が……


「流石にそんな事じゃやられないッ……!」

「くそが……!」


 カタナワールデスは破片が床を破壊する前に跳躍し、破片を一刀両断。

 その間を通り……左手にも刀を作り出し、両手の刀を天井に突き刺し俺と同じ様に天井を走る。


「ッ……ゼァァア!」


 天井を蹴り、床……ではなく、壁という行き止まりに向かい跳躍、そして着地する。

 動くのを止めた事で、追跡を続けるカタナワールデスとの距離はどんどんと……瞬間的に狭まっていく。

 両手に握られた刀が、死が迫り……そして衝突する直前。


「俺のッ……勝ちだ!」

「そんなもので私に勝てるわけがないだろう!」


 カタナワールデスに向かいナイトサイザーを全力で投擲する……が、カタナワールデスは天井を蹴り、ナイトサイザーを回避し……そして床を蹴り跳躍……しようとした。


 だが、その床が今どんな状態になっているのかをカタナワールデスは知らなかった。

 それを知っているのは俺とナイトだけであり、つまり差がある。

 力でもなく技術でもなく状況に対する知識の違いがあった。

 たとえ力が強かろうと、たとえ技術力が高かろうと、自分達が置かれている状況への知識が少なければ簡単に罠にはめられる事となる。

 そして今、カタナワールデスも罠にはめられた。

 この校舎……というよりこの廊下への知識の差により敗北に誘わられる事となった。


 その床は、俺がナイトに突き飛ばされた事で墜落、そして衝突し……ヒビを生やし、脆くなっている箇所だった。

 つまり、そんな弱い床を他と同じ力で蹴ればどうなるのか……その答えはただ1つである。


「なぁっ!?」


 床は砕け落ち、カタナワールデスはその崩落に巻き込まれ4階へと……刀の針山地獄と化した下の階へと落下する。

 カタナワールデスは落ちる、自分の作り出した地獄へと堕ちようとする。


「っ……惜しかったな……!」


 カタナワールデスは肉体を輝かせ、光へと変換する事で自分の世界に貫かれる事を回避しようとする……だが。


「おいナイト! 俺の右手もう治ってるよなァ!?」

「あぁ完治している! 何をしようと、カタナワールデスをぶん殴ってやろうと平気だ!」

「しまっ……」


 光となる直前、カタナワールデスの視界には天井に両脚を付け、曲げ……右拳を握り締め構えるアーマードナイトの姿が映っていた。

 アーマードナイトの全身は強く、大きく震えていた……それはつまり、その肉体にはアーマードナイトの限界を超えかねない力が掛けられているという事になる。


「ゼッ……ァァァアァァア!」

「ガルァッ……ぃぁぁいぁぁあッ」


 アーマードナイトは4階に向かい、カタナワールデスの死に向かい跳躍、落下、降下し……そしてカタナワールデスの顔面に右拳を叩き込み、そして針山地獄に突き堕とす。


 天井を蹴った——その瞬間だけは天井は無傷であった。

 だが跳躍の後、アーマードナイトの両足が離れた瞬間に木っ端微塵に砕け散り、そして空へ向かい打ち上げられる。


 堕とされたカタナワールデスの全身は貫かれ、切り裂かれ……その肉体は一瞬にして原型を失い、銀に包まれていた廊下は赤に塗り潰されたのだった。


「よっ……と」


 カタナワールデスが死亡した事で刀の世界が消え去り、アーマードナイトは刀に貫かれる事無く……跳躍の際に破壊した天井の破片と共に着地する。


「ふぅ……」


 1度、強く、深く息を吐き……そして……


「っ……勝てたぁぁあ!」


 脱力し、膝から崩れ落ちて床に寝転がって叫ぶ。

 戦い自体はそこまで長くはなかった……おそらく5分もかかっていなかった。

 だが、いつ死が訪れるか分からないという精神への圧力により異様な程に体感時間が長く感じられていたのだろう。

 そんな状況……地獄の時間から開放された事で俺の肉体は力を一気に抜き、俺の意思とは関係無く叫んでいた。


「はぁ……なぁナイト」

「なんだ?」


 力を抜いたまま、天井……1つ飛ばしの天井を見つめながらナイトに声をかける。


「ワールデスって皆カタナワールデスくらい強いのか?」

「あー……まぁ同じくらいのがほとんどで1人だけずば抜けて強いのがいるな」

「まじかよぉ……」


 カタナワールデスとの1戦の中だけでも俺は何度も死にかけてしまっている——だというのにそのレベルの相手が他にもいて、更にカタナワールデスよりも強い奴が存在するなんて……


「まぁ残りのワールデスは5人、すぐ終わるだろうから頑張れ」

「意外と少ない……けど大分キツいな……」


 5人、数自体は少なく見えるがその1つ1つの中で何度死にかけるか分からない、死にはしなくともワールデスを倒し切り、世界を元に戻せるか分からない。

 そんな戦いに、アーマードナイトとしての戦いに俺は飛び込もうとしている……いやもう既に飛び込み、その渦中にいる。

 もうこの戦いから抜け出す事は出来ない。

 元の人間に、アーマードナイトではない朝日 昇流に戻る事だって——


「……考えるのやーめた!」


 脳内に浮かぶ丸められた紙くずの様な思考をシュレッダーにかけて捨て去り、身体を起き上がらせる。


「アーマードナイトにならなきゃ俺は無力……無力だとワールデスの世界を作る能力に巻き込まれて多分死ぬ。無力にならない為にアーマードナイトになったらワールデスに狙われる、だから戦わなきゃいけない……戦えば死なない——とは限らないが生きられる可能性が上がる。だったら俺は戦う……生きる為に、何も考えず戦う……!」

「それが1番だな。無駄に考えて、悩んで、それで結局死ぬよりは全然いい」


 どの道に進んでも死ぬ可能性があるのなら、その中で1番可能性が低い道を選んだ方が良いに決まっている。


「さてと、新しいワールデスが来る前に小学校の方行くか……」


 高校に小学校の教室があった——となれば小学校の方にも何か異常があると考えるのが普通だ。

 高校の教室と入れ替わっているのか、何も起こっていたのか、どうなっているのかは分からないが崩壊や教室の異変などの謎を解き明かす観点から見て価値はあるだろう。


「じゃあ今すぐ出発するか」

「……少し寝てから行く事にする、流石に疲れた……もし寝てる間にワールデスが現れた起こしてくれ」

「次の戦いの為によく寝とけよ」


 そういえばナイトと分離していなかった……まぁいいか、アーマードナイトのままで寝た方が体力や精神が回復しやすいかもしれない。


「……」


 アーマードナイト——というより朝日 昇流の意識は1秒も経たな内に、鎧の中で消え去ったのだった。



——


 建造物に挟まれた路地裏——その隙間の中、そこには黒い肉体を持ち、その全身の各所に銃を生やした銃の世界の怪人——ガンワールデスの死体が転がっており、その額には銃で撃たれた様な風穴が空いていた。


「なんだ、全然強くないじゃんこいつ」


 黒髪長髪で、金をベースとしたドレスの様な服を着用した少女はその死体を見下ろしながら物足りなそうにして呟く。


「他のワールデスが世界を開いていた事で銃の世界を開けなかった様ですね」


 少女の声に答える様に言ったのは鎧だった。

 金と白の、髭のような装飾を持つ……空中に浮かぶ鎧だった。


「ふーん……それじゃあ他のワールデス……って奴が世界を開かなくちゃいけない状況にいたって事だよね?」

「そうなりますね」

「……そっかぁ、ワールデス同士で戦ってたりしたのかな?」


 少女は死体から鎧に視線を移して言う。

 

「どうでしょうね、私自身はワールデスに詳しいわけではないので分かりませんが……まぁ、世界がもう開かれていないという事は世界を開いたワールデスは死んでいるはずですし気にしなくて良いかと」

「そうだね、私達が気にしなきゃいけないのは目の前に現れた危機と、そして世界が崩壊した世界だけだよね」


 少女の声にはあまり力が込められておられず……ただ虚ろに、自分が生きているのかも考えていない様な……そんな声だった。


「さて、じゃあ帰ろうか……えーとなんだっけ……そうだバトラー!」


 そう、鎧に……バトラーに声をかけ、崩壊したこの街のどこかに残された自宅に向かい歩き出したのだった。

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