第5話 相葉達也-1
「相葉君って、静かな人だね。」
—————これは女子が俺の名前を聞いた時のイメージランキング第二位だ。
うらやましいか?確かに俺は自分から話さない方だとは思うし、基本的に受け身な方だ、実際その方が楽だし、話を聞くことの方が話す事よりも労力が少ない。
クラスの奴らはは昨日何見たとかアイドルの誰かが推しだとか、そんなとりとめのない事ばっかり話しているが、俺には無駄に思えて仕方がない。それが大事でない事ならそんなの話すのは時間の無駄だと思うし、大事なことなら自分の内面の事をペラペラ語って危ないとは思わないのか。
こんな社会に誰がした、pcのセキュリティをアプデする前に人の脳内セキュリティーをしろ。だけど俺は違う、脳内Vistaの連中とは違う。誰かと喋れないだけではなくて、誰とも喋らないんだ。俺はコミュ障じゃない、コミュニケーションを超越した存在、いわばコミュ超だ。コミュニケーションすら超えてないお前らの言葉なんざ気にすらならない。
——————まあ、思ったより長くなったが、結局何が言いたいかと言うと、
「俺はお前ら陽キャ女子にバツ也って言われても微塵も気にしてないからな…!」
俺が毅然とした態度で言い放つと、向かいに座る派手な女-園崎千春は少し焦ったような仕草を見せる。
「いや、めっちゃ気にしてるじゃん。」
「別に、なんとも思ってないけど。」
「だからごめんって、謝るから機嫌直して?」
…………断じて、気にしてない!
———————ちなみに、さっきのランキング第一位は「えーと、誰だっけ」だ。
♦♦♦♦♦
「ふう……」
やっぱり面白かったな、綾村先生の新作。シリーズ物は間延びしがちってよく言われるけど、流石大御所は土台がしっかりしてる分安定した面白さがあるな……やっぱり人生経験の深さがこうさせるんだろうな。敬遠してたけど別シリーズの作品も読んでみようかな、確か図書館にあったような——————
「達也、何よんでんの?」
俺が読後のすがすがしい気分に浸っているのを妨げるかのように、爽やかな声がかけられた。菅野壮太、声と名前が爽やかな男だが、逆に言えば声と名前だけが爽やかななんとも評価しずらい男だ。親戚にゲーム会社の人がいるらしく、その人のコネで元々オタクグループでえばってたらしいのだが、その親戚の会社がつぶれ、コネと同時にグループでの居場所も失ったという珍しい人物だ。そこで俺に近づき始めた、という誰も幸せになれない接触方法を図った彼だが、ぞんざいに扱うのもあまりに可哀そうで、反応だけはしている。
「ああ、別に、本だよ、本。」
「何だよ本って。」
なんとなくごまかしながら答えると、キング自身も別に気になっていたわけではないようで、そのまま流れる。
「昨日ガチャのフェス来てたから引いたんだけどさ~全然でなくて、結局1万くらい課金してやっと出たんだよな~。」
「ふーん、そうなんだ。」
「そう!でそのキャラがめちゃくちゃ強くてさー、やっぱ引いてよかったって感じなんだよな。」
「ふーん。」
キングは聞いてもないソシャゲの話を始める。自分の運のなさを嘆きたいのかこの年から課金ができる自分の家の裕福さを自慢したいのか。おそらく後者だろうが自分の自慢ではないところがまたなんともといった感じだ。後、俺はそのソシャゲはやってない。
「あ!それで当たったのがコイツなんだけどさ、見てよめっちゃ可愛くない?」
「そうだな。」
あまりスマホの方には見向きもせずに返答をする。何かゲームの話ではしゃいでる
「オタク」っぽい奴とは違いあいつはなんだか冷めたニヒルな感じを出している。そんな感じを演出して自分を相対的に上げようとする業である。なんだかせこいような感じもしないではないが、こうすることで自分の身が守るのであればキングの一つや二つ安いものだ。
「うーわ、セミかよ。」
ごくごく短いその一言は喧騒に塗れる教室の中でぴしゃりと流れた。恐らくクラスの女子、声から考えるに瀬川里香だろう。それまでの原稿用紙何枚分かに及ぶ熱量でしゃべっていたキングをほんのわずかな言葉で冷まさせたその技量は非常に大したものだ。だが、今回ばっかりはキングに同情せざるを得まい。
アイツら一軍女子はホントに質が悪い。さっきのだって無邪気に言った一言何だろうが、キングの心に深いダメージを負った。無邪気なんて言葉はなまっちょろい。無邪気皮をかぶった邪気たっぷりの言葉、何が一軍だ、何がスクールカーストだ、バラモンもクシャトリアの意味も知らないくせに一人前の面をするな。
「いや、ホントに何でもないから!」
そんな負の連鎖思考に陥っている俺の脳内を、女子にしては少し低めの声が支配する、園崎千春だった。女子にしては高めの身長にカールのかかった髪、正直IQの高い会話をしているとは思えないグループにいるにもかかわらず、その目はどこぞのジャニーズではなくそれよりのもずっと深く所を見つめているようで、深く引き込まれるような気がする。中学の頃はもっと目立たないタイプだと思っていたが、カースト上位に行ってしまったのは僥倖なような残念なような……。
「あ、そうだ達也。今日帰り用事ある?」
昼休みに帰りの時間の話とは、大分気が早い気はする、だが……
「いや、今日は帰りに図書館だから。」
「そっ、か……お!もう授業始まるから、じゃあな。」
早めに声をかけてしまったばっかりに失敗したからだろう、声にも明らかに気まずさがにじみ出ている。やめてくれ、そんな声出されたら流石に俺も罪悪感を感じる。別に悪いことしてないのに。だけど悪いなキング、俺は今日は図書館で綾村作品を読まなければならないんだ!———————
♦♢♦♢♦♢♦
「やっっっと、自由だ……」
長かった午後の授業も惰性と気合で時間をつぶし、やっと待ちに待った放課後になったのに、教師から提出物の再提出を求められてなんだかんだ遅れてしまった。はやる気持ちに連動するように足も次第に早歩きから小走りに、廊下は走らないギリギリの速さになっていく。ついに図書館に着いた、はやる気持ちを落ち着けるため、ドアに手をかけたまま一つ大きな深呼吸をする。準備は良いか?よし、万全だ。そんな自問自答を繰り返す。
さあ、俺はドアを勢いよく開き、本の世界へと飛び込んでいく————————
「うわ、バツ也じゃん。」
———————飛び込んでいく、はずだった……。
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