第2話 園崎千春-1

 ダサい、という言葉がはやり始めたのはいつからだろうか。里香の推しのジャニーズの話を聞きながら、私———園崎千春はそんなことを考える。今の高校生には特に「ダサい」という言葉が何よりも効く。例えば部活、世界史ではカースト制度は悪だと皆口をそろえて言っているくせに、部活カーストなんて言葉を皆当たり前のように受け入れる。差別なんてかっこ悪いと言いながら、みんな血眼になって自分よりダサい人間を探してる。ダサさに絶対的な基準はなく、あくまで相対的だ。だからこそ誰もが自分よりダサい人間をつくろうとして必死にあがく。ダサいことは恥であり罪であり、カッコ悪いよりカッコ悪い。私たちは常にダサくないことを徹底しようと考え、ダサくないアピールをするのに必死になる。


「ねえ~ハルもそう思わない?」

「あ、うん、そうだね。」



 そんなとりとめもないことを考えていると、私は気づかぬうちに里香に話しかけられていたようで、少し言葉に詰まる。おそらく同意して間違えることは無いだろうと思い、適当に相槌を打っておく。



「やっぱり!流石ハル。ね、やっぱり海斗しか勝たんよね~。」


「うんうん、やっぱ里香は見る目があるね、私も里香に教えてもらってからずっと海斗担だよ!」



 海斗、というのは最近彼女が推しているアイドルグループの一人だ。里香自身かなり最近このグループにはまっているようで、グッズなどにもかなりつぎ込んでいるようだと聞く。まあ、かくいう私も里香に言われてグッズを買っているのだが。「ねえ、琴乃はどう?」



「私はアイドルとかにはあんまり興味ないから。」


「え~、そんなことつれない事言わないでよ琴乃~」



 ふんわりとした口調だが、それでいて断定的。やや冷たい対応に見えるが、里香は琴乃のつれない反応すらも嬉しそうだ。これが私や、或いは翔子だったらこうはいかないだろう。


 琴乃は私たちのグループの最後の一人だ。私たちのグループは、一応皆バドミントン部に所属しているのだが、ご想像通り里香を中心に成り立っている。里香がお姫様の里香のお城。私たちはそれぞれ理由があって、里香に気に入られて琴乃はバドミントンの県選抜プレイヤーという事で、里香は琴乃にベタ甘だし、私は自分で言うのもなんだが美人といってもいい容姿をしていると思っている。ママ譲りのぱっちりした目と軽くウェーブがかった髪は他の皆からも可愛いと評判がいい。



「あ、そうだハル、うちのお姉ちゃんの友達が海斗のグッズ間違えて二個って買っちゃったらしいんだけど、いる?」


「え!いいの?欲しい欲しい!」



 別にグッズは欲しくはないが、そこで断って里香の機嫌を損ねるほどのことも無いので、素直に欲しがっておく。横で翔子が鋭い視線を送っているのだろうが、それには里香は気づかないふりを多分しているのだろう。こういう所が里香を女王様たらしめている理由なのだろう。まあ、それに気づいていながらわざとこんなうれしそうな声を出している私も大概なのだが。


 翔子はもともと私と同じ中学の出身だった。私も翔子も中学では美術部だった。少人数ではあったが翔子はすごく絵が上手だったし、私も翔子の絵を見るのが好きだった。


 話が変わったのは高校に上がってから、園崎千春と瀬川里香、私たちの席は前後だったし、そこで里香は私に目を付けた。琴乃と里香は中学からの友達だったらしいが、そこに私が加わる形となり、さらになし崩し的に翔子がグループに入ることとなった。その結果がこの翔子の視線だとしたら里香のグループに入った私の行動はあまり褒められた話ではないだろう。しかし私は「ダサく」なりたくなかったし、翔子も「ダサく」なりたくないから居心地がよくなくても、里香からグッズがもらえなくても、こんな風に口に出して文句を言ったりはしない。


 何度も繰り返すようだが、高校生にとって「ダサい」というのは致命的なのだ。だが、ダサいという言葉があくまで絶対的ではなく、相対的であるため、自らダサくならないことを諦めてしまう人々も存在する。


 そんなことを考えながら私はクラスの隅の方をながめる。私が見ているだなんて微塵も気づいてなさそうな彼らは今日も半径1メートルの自分たちの世界に没頭している。すると琴乃が私の視線に気づいたのか、声をかけてくる



「どうしたの千春?そっぽ向いて、なんか物憂げな感じだけど。」


「どしたのハル?……って、うーわ、セミかよ、あいつらがどうかしたの?」


「い、いや、なんでもない。」


「何?なんか変な事とされたとかなら私がアイツらぶっ飛ばすよ?」


「いや、ホントに何でもないから!」

 ありがとう里香、というとやっと里香は落ち着いてくれた。


 彼らのことを私たちはセミ系男子と呼んでいる。単品だと全然騒がないのに突然騒ぎはじめ、少し経ったら途端にまた大人しくなる。ダサい話題は声を潜めて話し、勉強なんかの話題になったら急に声が大きくなる。自分の好きな話題くらい少しは自信もって話せばいいのに、私はそう思うのだが彼らにはそうはいかないらしい。


 そんなセミ系男子の中心にいるのはキングだ。もはや本名も覚えてない。キングというあだ名をしているが別に名前に王とかそんな字は入っていた覚えはない。親戚にアニメ会社の人がいるとかで、その自慢話ばっかりして、周りもその話を聞きながら流石とか、すごいとか返事しているその返答はあまりにも適当なのだが、返事をくれるだけでキングは満足らしく、嬉しそうに話を続ける。最早キングの部下すらも話を聞いていないようだが、その声の大きさが童話の悪王みたいだという事でキングと呼ばれている、とか確かそんなところだったはずだ。


 そんなキングの取り巻きは何人かいるのだが、その中に相葉達也、通称バツ也はいた。私は里香の話にうんうんと無価値な相槌を打ちながらも、時折こっちを見ているなんて思いもしていないであろう彼の方に向かって視線を向けていた——————。


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