死ニタガリと書キタガリ

尾乃ミノリ

第1話 プロローグ

 なるほど、という部長の言葉で俺は現実に引き戻される。いや、正確には後ろの席のヒトに背中を突疲れること我に返る。後ろから清水さんが



「達也君、今寝そうになってたでしょう。」


 と、なんだかうれしそうに言ってくる。ちがう、と反射的に言いたくなったが、彼女のどうだと言わんばかりの表情に反対の言葉は喉を通り過ぎていった。舞台上では今も部長がさっき発表された脚本に対する講評の言葉や質疑応答が交わされていく。人の意見は耳をタコにしてでも聞けと、いろんな人から、それこそ耳にタコができるほどきいたセリフは、今となってもまるで俺の血肉とはならず、さっきの脚本に対する周りの講評じみた声は最早言葉としての原形すら保たず聞こえてくる。だから俺は三流なんだろうな、と一人で悲しく納得する。


  そんなことを考えているといつの間にか俺の晩が来ていたらしく、「達也君の番だよ」と、親切にも声をかけてくれる。いよいよ腹を決めなくては、最早後ずさりなんてものはできやしない。そう言い聞かせながら怯えを悟られないように立った俺に誰かが横からつんとわき腹をついてくる。向けば小太郎がぐっと親指を突き立ててくる。真剣な場で声に出して応援がしにくい中での友人に対する彼なりの激励の合図なのだろうが、今の俺には糸を切らせないでくれといった感想しか浮かんでこない。俺の脚本がどんなものなのかを知りもしないでそんな風に指を伸ばしているのだと考えると不思議と笑えて来た。そのゆでたウィンナーのように曲がる親指を背にして俺は講堂の階段を降り、発表台へと向かっていく。後ろの方の席にすわったため発表台のあたりにいる部長は普段より小さく見えた。そうしながら俺は脚本の事を思い返していた。恋愛、SF、西部劇みたいなものも書いたな、鳴かず飛ばずのままではあったが、これで最後の作品となってしまうのかと思うと少し寂しい気もした。だがその割にはあっけなく回想は終わってしまう。脚本の事を考えると降りる階段はもうない。くるりと向き直り、演劇部部員数十名を漠然と見つめる。



「文学部3年、相葉達也です。ひとまず皆さん、先に送った脚本のファイルを開いてください。」



 数瞬の沈黙の後、どこからかひえっというような言葉とともに一部部員の表情が固まる。小太郎はさっきの脚本同様へえといった顔、清水さんはうつむいてよく表情は見えないが彼女の事だ、きっと唖然として、すぐに俺に対する怒りを向けるだろう。同じ側に立つ部長の顔は見えないが、眼鏡の奥の瞳は普段よりもキュッとつまっていると信じたい。



「今回発表する脚本のタイトルは、」



 そこで一つ大きく息を吸う、園崎千春という少女に対して俺が今まで感じてきたものすべて、彼女から知った全てを一息で出し切れるように奥歯を歯ぎしりするほど強くかみしめ、声を継ぐ。良いんだな、園崎?なんて聞いたら、彼女はきっといつも通り快活に、なぜそんなことが分からないのかと言わんばかりの笑顔で、良いよと答えるのだろう。



「『園崎千春と彼女の死について』、です。」



 もう後戻りはできない。いや、思えば彼女に話しかけられた時、あの時既に運命は決まっていたんだなんてそれっぽく一人ごちてみる。俺の脳裏には彼女と初めて話したあの日の事が思い起こされる。その思い出は頭を軽く振ったくらいじゃ拭えないくらいにはこびりついているみたいだった。

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