本編(よく捏ねます)
楽しい楽しい?お泊まり会1
曇らせ展開がアップを始めたかもしれません
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「突然なんだけどねぇ、灰岡くぅん。ちょっと申し訳ないんだけど、来週出張に行って貰いたいんだよねぇ……」
本人の言うように突然、いつもの様に粘度の高い喋り方で言い出したのは、上司の青柳だった。本人の言うように、たしかに申し訳なさそうに見えるし、実際に申し訳なく思っているのだろう。八の字になった眉からもそれは見受けられる。
本当に申し訳ないんだけど、ちょっと大事な要件になるから、拒否権は無いと思って欲しいんだ。と言う上司に対して、僕が返せる答えはYESだけだ。会社の中で仕事をしている以上、大した理由も話さずに嫌だと言う訳にもいかない。
そして、前まで出張と言われても特に拒否することなく受け入れていた僕にとっては、精神的に何かしらの疾患があるなんてことを主張できる訳でもないので、理由がない以上それを受け入れるしかないのだ。
少なくとも今、僕には出張と言われて懸念材料があるが、それはすみれを一人にしてしまうこと、あるいはすみれを自分の元から離してしまうことだ。これが理由として話せれば、この上司であれば普段なら認めてくれそうでもあるが、僕がすみれのことを周りには隠していることや、ちょっと大事な要件ということを考えるに、まともに説得できる可能性はゼロと言っても過言ではないだろう。
すみれが1人になってしまうのを、どうしようかと考えながら話を続けると、僕が出張に出る期間は、2泊3日だと伝えられる。
すみれが一人で外出をする練習を始めてから、既に一ヶ月が経っていて、つい先日には合鍵を作って渡すのと、新しい財布をプレゼントするまでに至っていた。
僕が何もせずとも、問題なくすみれが一人で、少なくとも買い物くらいは満足にできるようになっていたのだ。
そのことを考えれば、すみれを一人家に残して出張することも、難しくはなさそうに思える。家に長時間一人で残すこと自体には、まだ不安があるものの、まあ、無理ではなさそうだと思ったのだ。それに、上司から言われた時点で、拒否するだけの理由をつけられない以上、この先の選択肢はとても限られている。
「あれ、先輩。なんか暗い顔してるけとま、何があったんですか?」
そう言いながら、やってきたのは選択肢の一つこと
そうしてやることを済ませてのお昼時。何があったのかと聞いてくる溝櫛に、少し出張することになったと話すと、察したような顔をされる。すみれをどうするのか聞きたそうにこちらを見ているが、僕もまだ決めていないのでなんとも言えない。
“すみれちゃんの意志次第ですけど、心配なようならうちで預かりますよ”
そのことを察したのか、送られてきたのはこんなメッセージだった。他の人がいる場所で話すのではなく、こうしてくれたのは溝櫛の思いやりだろう。それに感謝して、相談してみるとだけ伝えて、その後何も無く帰宅。帰り際、溝櫛は話したそうにしていたが、同僚に拉致されてどこかへ行ってしまった。
溝櫛からの提案に乗って、すみれを預けるのはありだろう。僕の場所だけではなく、あの子が色々な場所を知って、その結果自分のいたい場所を見つけた方が、きっと幸せになれるはずだ。
そうはわかっていても、あまり乗り気になれないのは、怖いからだ。すみれが僕の元を離れて、他の場所に行ってしまったら、今ある僕の幸せな日常は消えてしまう。きっと残るものは空虚で、味の無くなったガムみたいな生活だけだ。
すみれと溝櫛が仲良くしているのを知っているから。以前冗談半分かもしれないが、溝櫛がうちの子になってくれないかなんてことを言っていたから。そして、自分の元にいるよりもそっちの方がすみれのためになるんじゃないかと思ってしまうから。
一度僕以外の居場所を見つけてしまえば、すみれはきっと離れてしまうだろうから、離したくはない。
その点で、留守番をしてもらうのは安心だ。だって、すみれはずっと家にいてくれるわけで、溝櫛の家に居場所を見つけることにならない。いつもみたいに、家を出るのを見送ってもらって、帰った時には出迎えてくれるのだ。もし一人で夜を越すことを不安がるのなら、音声通話はビデオ通話をすることも出来る。
なんだ、問題ないじゃないかと、溝櫛には、お留守番の練習をしてもらうためとか何とか理由をつけて勝手に断ってしまおうと考えて、
「お兄さん、おかえりなさいっ!」
いつものすみれの笑顔を見て、正気に戻った。
自分のことながら、酷い思考の偏りだっただろう。自己中心的で、人の気持ちを考えなくて、人の善意を踏みにじるところだった。
そのことに気付いて、自分の考えを恥じると共に申し訳なく思っていると、僕の様子に違和感を持ったらしいすみれから、大丈夫かと問われる。
あまり大丈夫じゃないかもしれないと、後で相談することがあると伝えると、すみれは少しビクッとしてすぐに取り繕ったかのように明るく戻った。
まるでやましいことでもあるような態度だなと、ちょっとほっこりして、むしろやましいことが全くない方が不健全かもしれないと安堵する。
やましいことがあることに安心するのもおかしいかもしれないが、すみれなら隠していたとしても大したことじゃないだろうという信頼がある。
すみれに変な心配をかけないために、大したことじゃないから気にしないでくれと伝えて、晩御飯を食べる。この日のメインは酢豚だった。
「相談なんだけど、今度出張に行くことが決まったんだ。2泊3日で、数日開けることになるからどうしようか話そうと思って」
出張という言葉の意味の確認から入って、すみれは驚いたように止まる。
「……それはつまり、その間、わたしが一人で待っていればいい、ということでしょうか?……」
少し不安ですというスミレに、案としては一人で待っていてもらうものと、溝櫛の家に預かってもらうことの二つがあると伝える。
「すみれも突然一人になったら不安だろうし、溝櫛も前にお泊まり会をしたいとか言ってたから、この機会にどうかと思うんだ。僕がいたらしにくい話とかもあるだろうし、きっと楽しいと思うよ」
心情的には、いってほしくないという気持ちが強いが、それではすみれのためにならないだろうから、ぜひ行っておいでと言う。
すみれは少し悩んで、ちょっとだけ寂しそうに笑う。
「わかりました。お兄さんがそう言うのなら、瑠璃華さんにお願いしてみますね」
寂しそうな顔の意味を聞くより先に、ちょっと洗い物してきますとすみれは席を立った。全力で喜ばれたらショックだっただろうが、すみれもそっちの方が楽しいし嬉しいだろうと思っての提案なだけに、少し困惑する。
とりあえず溝櫛に連絡して、よろしく頼むと伝える。直ぐに既読が付いて、こちらは大喜びの返信が届いた。そのまま送る時間や迎えに行く時間、持たせるものなんかの話をする。
“ふっふっふ、これですみれちゃんがうちを気に入ってくれたら、引取りの大チャンスですねっ!せいぜい甘やかしてメロメロにさせちゃうから、奪われる覚悟をしておいてくださいっ!”
最後に送られてきたこんなメッセージに、すみれがそうしたがったらねと返す。
きっと半分くらいはふざけているだけなのだろうけど、僕が一番気にしているところをズブッと刺してくる後輩だ。
そうして出張の前日、僕はすみれを溝櫛に引き渡した。
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