14話 アサヒ法律事務所<1>

「先生! 今日、こんなに忙しいのに多田ただのヤツ早退したんですよ。いくら雑用って言っても仕事は有るんですから、もうちょっと叱ってくださいよ」

 大声で不満を言っているのは、多田ただが働いている法律事務所で、同じ様に働いている葛城雅人かつらぎまさと

 多田ただの先輩であり、万年浪人でもある。

多田ただくんはちゃんと自分の仕事は明日の分まで終わらせてますよ。文句を言う暇があれば貴方も手を動かしなさい」

 葛城かつらぎの文句を丁寧に躱すのは、このアサヒ法律事務所の代表でもある、あと五日程で喜寿を迎える春日源三郎かすがげんざぶろう

「そうは言いますけどね、先生。この前から意味不明の事件が相次いでるじゃないですか」

「事件というのは無い方がいいですが、どんなときでも起きるのが事件ですからね」

「じゃなくって! あの事件のせいで、届け出だ確認だ書類作成だとこっちの仕事が増えまくってるんですよ」

「仕方ないですね、容疑者は特定されてませんし、かといって怪しいのをほうっておくわけにも行きませんし、やってないことをやってると疑われたら疑いをはらさないといけませんし、人間、権力に疑われると不安にもなりますし、そのための弁護士でもありますし。あ、それにちゃんとお断りはされてますよ。高野こうやくんに」

「だったら、多田ただだって残業してもいいでしょ。どうして僕だけ」

「……だから、多田ただくんは自分の仕事は終わらせてますよ。貴方も終わらせれば帰れたのにダラダラした結果でしょう」

「はぁ、僕だって終わらせたいですよ。週末は洋子ようこちゃんとデートなんですから」

 洋子ようこという名前を聞いて源三郎げんざぶろうははたと手を止めた。

「もしかして、佐々木洋子ささきようこさんだったりする?」

「え! 先生、どうして知ってるんです?」

「なるほど、だったら安心していいと思いますよ」

 ほほえみながら言う源三郎げんざぶろうに、何を言っているんだと言わんばかりの表情で首をかしげる葛城かつらぎ

「おそらく彼女も仕事に追われていることでしょうからね」

「え?」

「彼女、高野こうやくんの補佐してますからね、貴方と同じような仕事を彼女も抱えて大変だということです」

「あれ、高野こうやって確か警察署の」

「そうそう、署長さん」

「ってことは、洋子ようこちゃんって警察官?」

「おや、知らなかったんですか? 彼女は非常に優秀でね、高野こうやくんの補佐なんて勿体ないくらい」

「えぇー、いや、公務員的なってのは聞いてんたんですけどぉ、まさかの」

 ちょっとしたショックを受けている葛城かつらぎを見て、源三郎げんざぶろうはフムと鼻息を小さく一つ吐いた。

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