第49話 魔王、の魔法の効果なのじゃ
テイルに耳と尻尾が生えた。
何故か知らんが生えた。
「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然の出来事に動揺するテイル。
まぁわらわもビックリしておる。だってわらわの教えた魔法にそんな効果ないもん。
じゃがテイルの頭と尻に生えた耳と尻尾は、あやつの感情を反映しているかのようにピンと立ち、ブンブンと揺れておる。
間違いなく実体じゃな。幻などではない。
じゃとすれば何故生えた?
物事には原因がある筈じゃが……
「し、ししし師匠!? これどうすればいいんですかっっ!?」
混乱の極致にあったテイルがわらわに泣きついてくる。
「うむ、では予定通り魔法を使ってみるか」
「師匠ーーーっっ!?」
本気で泣きの入った声を上げるテイル。
「まぁ落ち着け」
「これが落ち着いていられますかーっ!! 耳ですよ! 尻尾ですよ! 生えたんですよぉーっ!!」
「うむ、そうじゃな」
「そうじゃなってそんな他人事みたいに」
実際他人事じゃしなぁ。
とはいえただ他人事として流した訳ではない。
「まぁ聞け。確認じゃが、お主リインカーネーションはまだ発動しておるか?」
「え?」
わらわの問いにテイルが首を傾げる。
「お主の頭と尻に生えたソレはリインカーネーションが原因で出来たものじゃ。もしリインカーネーションが原因なら、それを解除すれば良いのではないか?」
「あっ、そっか! えーっと……あれ?」
希望が見えた事で急ぎ魔法を解除しようとしたテイルじゃったが、すぐにキョトンとした顔になると、震えながらわらわの方に顔を向けてくる。
「あの……私今魔法を使ってないんですけど、っていうかコレに驚いて集中が途切れちゃったみたいなんですけど……!?」
自分の耳を指差しながら、とっくに魔法は解除されているとテイルは震える声で告げてきた。
「ふむ……」
やはり魔法は解除しておったか。まぁ、とっくに魔力は途切れておったしの。
「し、師匠ぉ~」
「情けない声を出すでないわ。それならまずは検証じゃ」
「検証ですか?」
「うむ。さっきも言ったがお主の異常はリインカーネーションが原因じゃ。であればもしかしたらその耳と尻尾は無意識に魔法が発動し続けている証なのかもしれん」
「無意識ですか?」
テイルが再び話を聞く姿勢になった事で、わらわはこれからするべき事を説明する。
ってもやる事は最初から変わらんのじゃけどな。
「極稀にじゃが、特定の魔法に対して特別な適性を持つ者がおる。その場合発動した魔法は本来の用途、効果以上の力を発揮する事があるのじゃ。ならばお主もまたリインカーネーションに何らかの特別な適性があるのかもしれん。それを確認する為、魔力が空になるまで魔法を使い続けるのじゃ」
「そんな事で何とかなるんですか?」
「もしお主が無意識にリインカーネーションを使っているのならば、魔力が切れた時点でリインカーネーションの維持も出来なくなる。その耳と尻尾が魔法由来で維持されているのならば、魔力が切れた時点で消滅するじゃろう」
「な、成程、そう言う事ですか! 分かりました、やってみます!」
魔力を使い切れば耳と尻尾を無くせるかもしれない、そう言われた事でテイルはやる気を出して呪文を唱え始める。
「テイルよ、魔法を使うなら空に向けて放つのじゃ」
山頂の大地にバカスカ魔法を撃ったら地崩れを起こしかねんからのう。
「はい! 炎の精よ、我が敵を貫く鋭き一撃を放てファイアアローッ!!」
耳と尻尾を無くすため、テイルは空に向かって魔法を発動し始めた。
「……じゃが、多分無くならんじゃろうなぁ」
なんとなくではあるものの、ある種の確信を感じていたわらわは小さく呟いたのじゃった。
◆
その後もテイルは魔法を使い続けていた。
「凄い! 全然失敗する感じがしない! 凄いですよ師匠!」
「ふむ、やはりリインカーネーションを使わせたのは成功じゃったか」
テイルの言う通り、耳と尻尾が生えてからは全ての魔法が成功しておった。
まったく危なげなく魔法式は起動し、術が発動して折る。
「あはははははっ、たーのしー!!」
これまでまともに魔法が使えなかった反動か、ちょっと怪しい笑い声を上げながらテイルは魔法を放ち続ける。
火、水、風、土、氷、雷、様々な属性の魔法を放ち続けるテイル。
「結構色々使えるんじゃのう」
「それはもう! どれか一つくらいはまともに扱える魔法があるかもと思って目につく魔法を手当たり次第勉強しましたから! ウチにある魔法の本は全部読みつくしましたよ!」
ううむ、涙ぐましい努力じゃのう。
じゃがその苦労が今まさに報われたのじゃから、テイルの努力も無駄ではなかったようじゃな。
「ホント、凄い……私、魔法を使えてる……」
テイルの頬にキラリと一滴の水が流れるが、わらわはそれを見なかった事にする。
「よーし、そろそろ次の段階に行くぞ! 今度は呪文を唱えずに魔法を発動するのじゃ!」
「ええ!? そんなの無理ですよ!?」
「何を言う、魔族は呪文を使わずに魔法を使うぞ! 今のお主はリインカーネーションで疑似魔法器官を発生させておる。つまり魔族同様呪文を使わずに魔法を発動させる事が出来るのじゃ!」
「そ、そうでした!」
「ではやってみせよ!」
「は、はい! ん~ファイアーボール!」
呪文を省略して術の名のみを叫ぶテイル。
するとポンという音と共に小さな火の玉が生まれるとふよふよと進んで消えた。
「え、えっと……」
「うむ、成功じゃな!」
「ええ!? 今のでですか!?」
明らかに失敗したと思っていたテイルは、わらわの言葉に驚く。
「呪文を省略して発動したという事実が重要なのじゃ。後はそれを普通の魔法同様に発動させる事が出来るようにすればよい!」
「わ、分かりました!」
最初のうちは小さな火の玉を生み出し続けているばかりテイルじゃったが、少しずつ普通の大きさのファイヤーボールを生み出し始め、数十回を超える頃にはほぼすべての魔法が普通に発動するようになっておった。
「はわわ、私本当に呪文無しで魔法を発動させちゃった……」
自分の成し遂げた結果にテイルは感動とも驚きとも困惑とも取れぬ表情を浮かべておる。
しかしその奥に見えるのは喜びの感情。魔法の発動に成功したという長年の悲願の達成の喜び。
「ふむ、これはもう確定じゃな……」
呪文無しで魔法を発動させているテイルの姿にわらわは確信を強めるのじゃった。
◆
「はぁはぁはぁ……もう、無理ぃ……」
魔力がスッカラカンになるまで魔法を使い切ったテイルは地面に突っ伏しておった。
「ど、どう……ですか……師匠……?」
テイルのどうとは、耳と尻尾が無くなったかという事じゃ。しかし……
「いや、バッチリ残っておるな」
「そ、そん……な……!?」
てっきりこれで何とかなると思っていただけに、テイルのショックは強い。
すまんのー、上手くいかなくてすまんのー。
「こ、これじゃ町に戻れませんよぉ……」
人間として暮らしておったテイルに耳と尻尾が生えたら周りも驚くじゃろうからのう。
じゃがそれについてはわらわも予想しておった事。
「安心するが良い。今日のところはわらわの城に泊めてやろう」
「本当ですか師匠!?」
「うむ、お主はわらわの弟子じゃからな。問題が解決するまでは面倒見てやるわい」
「ありがとうございます師匠ぉ~」
ヨロヨロと起き上がったテイルがわらわの体に倒れ込むようにしがみ付いてくる。
「よしよし、では行くぞ」
◆
「付いたぞ」
「え?」
転移で島にやって来たわらわじゃったが、突然周囲の景色が変わった事でテイルが目を丸くする。
そして魔法の使いすぎて疲れている事も忘れて周囲をキョロキョロと見回した。
「え!? どこですここ!? 私達山の上に居た筈なのに!?」
「転移魔法でわらわの城まで跳んだのじゃ」
「て、転移魔法!? 伝説の魔法じゃないですか!?」
転移魔法を使ったと聞いたテイルは大げさに驚きの声を上げる。
「転移なぞ伝説でもなんでもないわい。十分な魔力と術式制御さえできれば誰でも使える普通の魔法じゃ」
「いやいやいやいや、全然普通じゃないですよ!? 失われた魔法ですよ転移魔法は! もう数えるほどしか動いていない古代文明の転移門と同じ技術なんですよ!? 発動には巨大な魔法施設と莫大な魔力が必要なんですよ!? それを個人で使えるなんて!?」
それをテイルはありえないと悲鳴を上げる。
「そんな事はないぞ、数百年前は人族も転移魔法を使っておった。ただ過去の戦争で魔族領の奥地へ兵を送る危険な任務に大量投入しすぎた所為で術者が全滅してしまったのじゃ」
「す、数百年前に転移魔法の使い手が居たんですか!?」
「ただし部隊が全滅するたびに転移魔法を使える術者を強引に協力させた所為で、後継の育成も出来ずに知識が失われてしまったのじゃよ。人族の国が後継の育成をしっかりしておれば、転移魔法が失伝することもなかったじゃろうにな。あと同じ理由で魔力の多い者が激減したのも多い」
そうなんじゃよな。術を使える者を一人残らず戦場に放り込んだらこうもなるわい。
「じゃがテイルよ。お主の魔力なら、しっかりと修行を積めば転移魔法を使えるようになるとわらわは見ておるぞ」
「わ、私が転移魔法をですか……!?」
「しっかり修行を積めばじゃがな」
伝説と思っていた転移魔法を自分が使えるようになるかもしれないと聞いて、テイルは耳と尻尾が消えなかった事も疲れ果てていた事も忘れて興奮する。
くくっ、魔法馬鹿じゃのう。
「ほれ、何時までも城の前に立っておらんで、さっさと中に入るぞ」
「は、はい! ってお城だ!」
言われてようやく気付いたのか、テイルはわらわの城を見て驚きの声をあげる。
「お帰りなさいませリンド様」
「「「お帰りなさいませ」」
城内に入ると、メイアとメイド達がわらわ達を出迎える。
「うむ」
「わわわメイドさんだ!? もしかして師匠ってお姫様だったんですか!?」
メイア達を見たテイルは、何故かわらわを王女か何かと勘違いする。
そこは女王とかではないのか?
「あらあら、お召し物が汚れていらっしゃいますよ姫様。すぐにお着替えをしませんと」
しかもテイルの勘違いに合わせるように、メイアが悪ふざけを始める。
「ドレスの」
「用意は」
「整っております!」
「はわわわわっ!? すっごいドレス!!」
「お主らわらわの弟子で遊ぶのは止めるのじゃ」
メイド隊まで悪ふざけを始めたら収集が付かんじゃろうが!
「失礼いたしました。ようこそおいでくださいましたテイル様」
「え? あ、はい。こちらこそ?」
いきなりスンとテンションを変えたメイアに面食らうテイル。
こやつ、こういうところあるんじゃよなぁ。
「それよりもメイア、準備は出来ておるか?」
「はい、滞りなく」
島に戻る前に通信魔法で連絡しておいた件を確認すると、準備万端とメイアが頷く。
「うむで、ではテイルよ」
わらわはテイルに向き直り告げる。
「は、はい!?」
「メイアと一緒に検査を受けてこい」
「け、検査ですか?」
「テイル様、こちらです」
何の? と聞く前にメイアがテイルの手を掴む。
「え?」
「ささ、こちらでございます」
そしてうむ言わせず歩き出した。
「え? え? え?」
「ささささっ」
さて、後の事はメイアに任せておけば良いじゃろう。
ではわらわの方は……
「ではリンド様は沐浴を致しましょうか」
と、思ったらメイド達に囲まれた。
「お召し物が汚れているのは事実でございますよ」
「可愛いパジャマの新作も出来ておりますよ」
そう言ってメイド達が取り出したのは色とりどりの可愛らしパジャマの数々。
ただし到底魔王が着るようなデザインではないのが……
「あああああ~」
ガシリとメイド達に腕を掴まれたわらわは、浴場に連行されたのじゃった。
◆
「ふ、ふえぇ~」
しばらくすると疲労困憊な様子のテイルが帰って来る。
「おお、戻ったか。お疲れじゃったな」
「い、一体何だったんですか師匠ぉ~……師匠?」
やや恨みがましかったテイルの声のトーンが途中で変わる。
「何ですかその格好は?」
そう言ってテイルが指差したのは、わらわのパジャマから生えた大きなリスの尻尾じゃった。
うん、風呂上りにわらわが着せられたのはミニマムテイルの着ぐるみパジャマだったんじゃよ。
「気にするな、わらわにもいろいろあるのじゃ」
「いや物凄く気になるんですけどその……その?」
「気にするな」
あれか? テイルに合わせてミニマムテイルのパジャマって事か? やかましいわい!
「さて、お主に受けて貰った検査じゃが、これはお主に生えた耳と尻尾に関わる事じゃ」
「!?」
突然話題が変わった事に面食らったテイルじゃったが、それ以上に気になる内容に真剣な顔になる。
「結論から言おう」
緊張した様子のテイルに、わらわは衝撃的な事実を告げる。
「テイルよ、お主は魔族じゃ」
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