第38話 魔王、の敵は困惑するのじゃ

◆国王SIDE◆


「報告は聞いたぞ。何の役にも立たなかったそうだな勇者よ」


 遠征から戻って来た勇者達は、すぐさま国王に呼び出しを喰らっていた。

 そして開口一番これである。


「それは、妨害があったからです」


「報告は受けている。強大な魔法を操る少女との事だが、その少女が魔物を討伐してくれたのだろう? それは妨害とは言わん」


 現地での途中経過を知らず、報告書の結果から判断した国王が勇者の反論を封じる。


「何よりあれだけ複数の領地をまたいでいたにも関わらず足止めすらできなかったのはどういう事じゃ!?」


 寧ろ国王としてはそんな事よりも救援要請を受けて向かわせたにも関わらず、結局は魔物が領地を通り過ぎるのをむざむざ見過ごした勇者への怒りの方が大きかった。

 各地の領主達からは、土地を荒らしたばかりで何の役にも立たなかった。王家は家臣を守る気が無いのかと苦情が殺到したからだ。


「そもそも魔王を封印したのにも関わらず、何故魔物が活性化しているのだ! 本当に魔王を封印したのだろうな!」


「なっ!?」


 任務の失敗だけでなく魔王討伐まで疑われた事に勇者はショックを受ける。


「陛下、勇者と聖女は確かに魔王を封印しました。それは我等が確認しております」


 近衛騎士筆頭の告げた我等とは、勇者の監視役である自分と斥候の事である。


「本当にそうだと良いのだがな。しかし密偵の報告では魔王国では魔王の封印による動揺が殆ど無いそうだ。これがどういう意味か分かるか?」


「え? えっと……」


 突然予想もしていなかった話題で質問された勇者は困惑する。


「この混乱の少なさ、新しい魔王が即位した可能性が高い」


「何ですって!? いくら何でも早すぎます!」


 王が消えた以上、次代の王を決めるのは当然の事だ。

 しかし魔族は力こそ至上の考え方をする者達が多い。

 その事から新魔王の選出にはもっと時間がかかり、その隙を付いて国王達は奪われた領土の奪還と新たな領土の獲得を目論んでいたのだ。


「歴代最長の在位期間を誇り、最強の呼び名も高い魔王ラグリンドだ。策謀にも長けた奴ならば、自身の身に何かあった時の為にスムーズに後継者に王位が譲られるよう策をめぐらせていてもおかしくない」


 全くもって勘違いなのだが、魔族側の事情を知らない国王は新たな魔王の誕生を確信していた。


「勇者に命じる! 新たな魔王を見つけ出し、封印するのだ!」


「「「はっ!!」」」


 こうして勇者達は存在しない新たな魔王討伐の旅に出る事となったのだった。


 ◆


「はぁ、まさか新しい魔王が生まれていたなんて」


 追い出されるように謁見の間から出た勇者は、一人溜息を吐いていた。

 既に聖女と近衛騎士筆頭は旅の準備のために教会と近衛騎士団の宿舎に向かっており、勇者だけ浮いてしまったのだ。


「勇者様!」


 そんな彼に声をかける者が居た。


「姫!?」


 そう、勇者に声をかけたのは彼の婚約者である王女だった。


「もう! 王都に戻ってきたのなら何故わたくしの所に来てくれなかったのですか!?」


 婚約者である勇者が真っ先に自分の下に来てくれなかった事に文句を言う王女。


「申し訳ありません姫。国王陛下からの急な呼び出しがありまして」


「なら今はもう暇なのですよね? 丁度料理長が南部群島国の果物をふんだんに使ったデザートを作ってくださったのです。一緒に食べましょう」


 そう言うと王女は勇者の腕に絡みつき、彼を自分の部屋に連れて行こうとする。


「す、すみません。実は陛下から火急の任務を与えられまして……」


 流石に世の中が平和になった矢先に新たな魔王が生まれたとは言えない為、肝心な部分は誤魔化す勇者。


「そうですの、お父様が……分かりました。それでは仕方がないですよね」


「申し訳ありません」


「いいえ、お気になさらないでください。勇者様は世界の為に働いているのですもの! ですがどうかお体にはお気を付けくださいませ。わたくしは勇者様の旅の安全をいつも祈っております」


「ありがとうございます姫。すぐに戻ってきますよ」


 いつもは我が儘な王女があっさりと引き下がった事を不思議に思ったものの、その方がありがたいと判断した勇者は特に深く考えずにその場を後にした。


そして勇者の背中を見つめていた王女は、つまらなそうにため息を吐く。


「……はぁ、せっかく婚約者にしてあげたのにつまらない人ね。まぁ良いわ。他の人と遊びましょ。そうだわ、確かベムベアー伯爵のご令嬢が婚約したんでしたわね。そのお話を聞かせて貰う事にしましょう! どんな殿方なのかしら? 素敵な恋のお話が聞けると良いですわね!」


 その姿は先ほどまでの勇者の身を案じていた人物と同じとは思えない程にキラキラとした笑顔であった。

 

◆宰相SIDE◆


 魔王城の謁見の間では、ヒルデガルドを始めとした魔王国の幹部が勢ぞろいしていた。

 だがその中心たる玉座に魔王の姿はない。


「では皆様、勇者を討伐した者が次の魔王になると言う事でよろしいですね」


 そう、幹部達が集まった真の理由は、誰が次の魔王になるかの取り決めを行う為だったのだ。


「うむ、異議はない」


 幹部の一人である武人風の魔族が言葉少なに頷く。


「へへっ、口うるさいだけの女かと思ってたが、意外に話が出来るじゃねぇか」

 

「私は思慮深いだけです。何でも殴って終われば済むと考えているあなたとは違うんですよ」


獣人魔族の挑発的な軽口に対し、ヒルデガルドもまた挑発で返す。


「へっ、思慮深くて強い宰相様を勇者を倒す前に倒しちまってもいいんだぜ」


「あら、わたくしの玉座を貴方達の臭い血で染めるつもりですの? それは勘弁してほしいですわ。殺し合いがしたいのなら魔王都の外でやってくださいまし」


 殺気を膨れ上がらせた獣人魔族とヒルデガルドにうんざりした様子で苦言を呈したのは吸血鬼魔族だった。


「然り。先代魔王様は思慮深きお方だった。あの方の玉座を思慮浅い者達の血で汚す事は避けて頂きたい」


 そしてもう一人、一見すると人族にしか見えない幹部もまた二人の争いに待ったをかける。

 口調こそ違うものの、二人の幹部に窘められた事で、ヒルデガルドと獣人魔族は渋々拳を収める。


「ちっ」


「まぁ良いでしょう。王都の運営や周辺国との折衝はこれまで通り私が魔王代行として行います。皆さんも自領の管理はこれまで通りでお願いします」


「承知した」


「はーい」


「つまりいつも通りと言う事ね」


 他の幹部達もいつも通りと言うヒルデガルドの提案を受け入れると、話は終わったと玉座の間を出て行った。

 残されたのはヒルデガルドただ一人である。

 

「ふふ、これで私の狙い通り。他の連中は今までどおりでしたけど、私の場合は違う。古臭い考えで私の政策をいくつも邪魔してきた先代魔王が居ないのです。それがどれだけ王都を繁栄させることか」


 笑みを浮かべながらヒルデガルドは主無き玉座を撫でる。


「主を失った後も私の新政策を邪魔していた先代魔王派は理由をつけて城から追い出した。今は私の配下がその後を引き継いだ事で政策も自由に行える」


 今まさに魔王城はヒルデガルドの手中に収められようとしていた。

 そう言う意味ではメイド達を早々に辞めさせたメイアの判断は正しかったと言えるだろう。


「何が勇者を倒した者が次の魔王だ。お前達が勇者と戦って削り合っている間に、私は王都で力を蓄える。そしてお前達が領地を留守にしている間に、帰るべき場所は私の魔物達の手で失われるのだ! 勇者の討伐などその為の時間稼ぎに過ぎないのですよ! 私の真の目的は、お前達が居ない間にお前達の領地を奪う事なのだから!」


 そして、勇者との戦いで疲弊して帰って来た幹部ならば、単体の戦力で劣っていても数で削り切れるとヒルデガルドはほくそ笑む。


「戦争とは個の武力ではないという事を時代遅れのロートルに教えてあげましょう。知恵と数こそが戦争を制するのです。そう、これは戦争なのですよ!」


何も知らない幹部達が自滅してゆく姿を想像して愉悦の笑みを浮かべるヒルデガルド。


「こうして城に居るだけで私は勝利を手にする事が出来る。これこそ真の王の器というもの。ふふふ、ふはははははははっ!」


 敵も味方も利用し尽くす作戦にヒルデガルドは高らかに笑い声をあげた。

 だがそこに血相を変えた文官が飛び込んできた。


「大変ですヒルデガルド宰相! 人族の国で新たな魔王の存在が確認されたそうです!」


「……は?」


 意味の分からない報告にヒルデガルドの笑いが止まる。


「その情報を得た人族は再び勇者を我が国に派遣する事を決定したそうです!」


「はぁ!?」


「更に人族の領域と我が国の敵対幹部の領域で育成させていた魔物の大半が突然消滅したそうです!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 一瞬にして全ての策謀が水泡に帰したヒルデガルドは、訳も分からず叫ぶ事しか出来なかったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る