第19話 魔王、の外で起きる嵐の予感なのじゃ

 ◆勇者SIDE


 魔王達が国中を巡って魔物を退治している頃、勇者達もまた魔物と戦っていた。


「くっ、なんて奴だ!」


 だが魔王とは真逆に、勇者達は苦戦していた。

 相手は勇者達のゆうに10倍はあろうかという巨大な魔物だったのだ。

 立ち向かうは魔王封印を成し遂げた勇者、聖女、近衛騎士筆頭の三人。そして騎士団の戦士達。


 魔王を封印した彼等は、国内外の要請を受けて魔族および魔物の討伐に奔走していた。

 しかし今回勇者達が遭遇した巨大な魔物はこれまで戦った敵とは大きく違った。


「まさかこんな所に魔獣が居るなんて!!」


 魔獣、それは強大な力を持った魔物の総称である。

 聖なる力を持った獣を聖獣と呼ぶのなら、邪悪な力を持った強大な獣を魔獣と呼ぶのだ。

 最もこれは人族が勝手に決めたカテゴライズなのだが。


 そしてこの魔獣は見た目の大きさもさることながら、その力も凄まじかった。

 既に現地の騎士団は死者の数こそ少ないものの重傷者多数でほぼ壊滅状態だ。


「魔法使い隊、魔力枯渇でこれ以上の援護が出来ません!」


 始めは魔法使い隊が遠距離からの一斉射撃を行ったがその効果は薄く、すぐに付与魔法による攻撃力や防御力の効果と言った援護に移り、騎士団による直接攻撃を主体とした戦術に移行した。

 だが圧倒的な体格差は多少の魔法強化をあざ笑うように無効化し、魔物の純粋な強さもあって戦線は瞬く間に崩壊した。


 援軍として到着した勇者達の参戦で多少は盛り返したが、やはりこの巨体が相手では通常の攻撃は焼け石に水で、魔法による攻撃も効果が薄かった。

 それもその筈、勇者と言っても実際の実力はそこまで高くないからだ。

 彼が、そして聖女が英雄足り得る理由は、神器に認められたからにすぎない。

 そしてそれを知っているからこそ、教会は聖女にもう一つの力を与えていた。


「蒼天王龍ガイネス、あの魔獣にブレスを!」


「承知した」


 聖女の呼びかけに応じ、空より現れたは、全身が羽毛に覆われた青色のドラゴンだった。

 このドラゴンこそ蒼天王龍ガイネス。世界に数体しかいないとされる聖獣の一角である。


 ガイネスは先の魔王討伐でも大いに活躍し、人を惑わす無限迷宮『魔霧の平原』の霧を晴らして勇者達を運び、魔王城の天然の護衛となっていた魔物達を撃破して勇者達の城内侵入を助けたのである。

 ただ、その巨体故に魔王城に入る事は出来なかった為、脱出口の確保に専念する事になったのは本龍も不満だったようだが。


ガイネスは喉元に濃厚な魔力を溜めると、巨大な魔獣に対して放つ。

後方から見ているだけで分かる凄まじい威力のブレスが大地ごと魔獣を破壊してゆく。


「やったか!?」


 歓声を上げる勇者と騎士団の生き残り達。

 だが、次の瞬間土埃の中から現れた魔獣の姿を見て、全員が絶望に包まれる。


「くっ、撤退だ! 撤退するんだ!」


 騎士団長の号令を受け、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す騎士団。


「我々達も撤退するぞ!」


 仲間に腕を引っ張られ、最後まで残ろうとした勇者もやむを得ず撤退すると、そこには巨大な魔獣の姿だけが残ったのだった。


 ◆


「まさかあんな魔獣が人族の領域に現れるなんて……」


 戦場から離れた場所に再集結した勇者達は、沈痛な面持ちで項垂れる。


「幸い魔獣は町への進路から外れ、東に向かっていったそうだ」


 騎士団の得た情報を得た近衛騎士筆頭が勇者達に伝える。


「その方向に町は?」


「残念ながらある」


「じゃあすぐに追わないと!」


 魔獣を追おうとした勇者の肩を近衛騎士筆頭が掴む。


「いや、その町はカーリホック子爵の領地だ。我々はアルゴ男爵の要請を受けてきた以上、カーホリック子爵からの要請が無いと動けない」


「魔獣が向かっているんだぞ!?」


「それが貴族社会と言うものだ。国に仕える者が無断で他の貴族の領地内に入り魔獣との大規模戦闘を行う訳にはいかない」


 それは事実だった。

 領地貴族は自分が統治する領地を自衛できるからこそ領地貴族なのだ。

 にも拘わらず他の貴族や国に仕える騎士の手を借りたとあれば、その領主は自分の調理を管理する事の出来ない無能と笑われることになる。


 下級の騎士爵や準男爵ならともかく、子爵クラスの貴族になるとその悪評は見過ごせない。

 そして国側としても、無断で戦力を侵入させる事は侵略と取られてもおかしくはない。

 過去には領主同士で領地の奪い合いが起きたこともある為、どの貴族も大規模な軍勢の侵入には敏感になっているのだ。


 だからこそ、お互いのメンツを保つため、貴族側から協力を要請する必要がある。

 唯一、平民である勇者だけが世界の平和を守る勇者というブランドを示す事で、助けを求めても恥ではないとされていた。

 最もこれは貴族達が自分達に都合よく作ったルールに過ぎないのだが。


「それに攻撃が効かない相手にどうする気だ?」


 更に近衛騎士筆頭は現実的な問題も投げかける。

 事実勇者達の攻撃は効果的ではなかったのだから。


「持久戦を挑むにしてもポーションの数が足りない。先の戦争で国内は慢性的なポーション不足だ。特に重傷を治す上級ポーションとなると猶更だな。それでも挑む策があるのか?」


「聖剣の力を使う。あの魔獣を封印するんだ」


「駄目だ」


 しかし近衛騎士筆頭はすぐに勇者の提案を却下した。


「何故だ!? 魔王を封印できたんだ。魔獣だって封印出来る筈だろう!?」


 確かに世界最強と目される魔王どころか、世界の敵である邪神すらも封じる事が出来るのであれば、魔獣程度を封じれぬ理由はない。

 では何故駄目なのか。


「聖剣と聖杖の使用には国王陛下と教会の許可がいる。我々の独断で使う訳にはいかない」


 そう、封印の力の使用には国王の許可が必要だったのである。


「なら許可を取って来る。僕は王城に行く」


「分かった。なら俺も行こう。二人で状況を詳細に説明した方が許可を取りやすいだろう」


「助かるよ。君はどうする?」


 聖女の意思を確認しようとした勇者だったが、そこで彼は意外な光景を目にする。


「先ほどの戦いはどういうつもりですかガイネス!」


 それは聖女が聖獣に物凄い剣幕で怒鳴る光景だった。

 これには普段の楚々とした聖女の姿しか知らない勇者も驚いた。


「それはどういう意味だ、今代の聖女よ」


 聖女の剣幕に対し、ガイネスは首を傾げる。


「しらばっくれないでください! 何で手を抜いたんですか!? 貴方のブレスならそこらの魔物など一撃で倒せるでしょうに!」


「それは誤解だ。私は手を抜いてなど居ない。ブレスの効きが悪かったのはアレと我の属性相性が悪かったからだ」


「属性相性というと、魔法の属性と同じアレかい?」


 二人の会話に勇者が加わる。


「その通りだ。水は火に強く、火は地に強く、地は風に強く、風は水に強い。魔は魔に属する存在だから普通の生き物よりも属性の影響が強くなる。特に我等のような強き者は強いが故に属性の影響が強く出る。強くなることで属性が特化してゆくのだ」


「属性が特化……」


 言われてみれば確かに強い魔物程、属性相性を意識した魔法攻撃が効果を発揮したと気付く勇者。


「稀に満遍なく全体的に属性が上がる者も居るが、それでも多少はなにがしかの属性が特化する。勇者なら風、そちらの騎士ならば水といった具合にな」


「では君も?」


「うむ。我は勇者と同じく風属性、その頂点だ。それゆえ地の属性とは相性が悪いのだ。寧ろなぜ地属性の魔獣の討伐に我が呼ばれたのかと疑問に思っていたくらいだ」


「成る程、だから魔獣を倒せなかったんだ」


「それは言い訳です! 聖獣は神が我々人族の為に地上に遣わしてくれた守護者なのですよ! どれだけ相性が悪くても魔物程度に後れを取る訳がありません!」


 しかし聖女はそれで納得はしなかった。

 彼女にとって聖獣とは神が遣わした絶対戦力であり、それがいかに属性相性があろうとも、魔物相手に後れを取るなど断じて認められる事ではなかったからだ。

 

「それだけあの魔獣が強い存在だったと言う事だ。その上属性が邪魔をしては負ける事はないにしても勝つのは難しい」


 聖獣の理屈はこの世界の法則に則ったもっともなものだった。しかし理屈ではなく感情、事実よりも主義を優先する聖女には伝わらなかった。


「貴方、それでも初代聖女様に仕えた聖獣ですか! 邪悪な者より人々の平和も守る為ならば、自らの命を賭しても戦うべきでしょう!」


「我等と初代聖女は主従の間柄ではない。かの者への恩義で動いているに過ぎぬ」


「ならば貴方がた聖獣の初代聖女への恩義はその程度と言う事なのでしょうね」


「っ!? 貴様!」


 これまで冷静に聖女を諭すように話してきた聖獣だったが、ここに至って初めて怒りの感情を見せる。


「事実でしょう? 相性が悪いからと我が身可愛さに自己弁護をしているのがその証です。貴方が真に聖女の救われた事に恩義を感じているのなら、もっと必死に戦ったはずです。ガイネス、神に仕える者として命じます。貴方は住処に戻って謹慎なさい。神より賜った使命を果たすつもりが無いのなら邪魔です」


「……ならばそうさせて貰う」


 聖女の命令を受けたガイネスは、不満、いや苛立ちの感情を隠すことなく謹慎を受け入れて飛び立っていった。


「なぁ、流石に言い過ぎじゃなかったかな? 彼が居たからこそ、僕達は魔王の城まで妨害なく最短で進めたんだよ?」


 ガイネスが去った後で、勇者は聖女を窘める。初代聖女が関係する詳しい話を知らない勇者は、二人の口論に口を挟むことを危険だと判断して見守っていたからだ。


「それは神に仕える者として当然の事です。彼は最強の聖獣と持て囃されて増長してしまったようです。まったく、神に仕える聖獣だからこそ周りの者が持て囃しているだけなのに、所詮は人に仕える獣である事を理解していないようですね。まったく嘆かわしい事です」


「……それは流石に」


 言い過ぎじゃないか、と言おうとした勇者だったが、その前に聖女が視線を正して言葉を重ねて来る。


「そういう事で申し訳ありません勇者様。ガイネスではお役に立てそうもないです。その代わりと言っては何ですが、別の聖獣を用意いたします」


「別の聖獣?」


「はい。ガイネスの下に行くまで使っていた繋ぎの聖獣です」


「ガイネスの所に行くまでって……ああ、あの聖獣か! でも繋ぎって」


 勇者はガイネスの協力を得るまで共に行動していた聖獣の事を思い出す。

 かの聖獣は旅を始めたばかりの勇者達にとって重要な戦力だった。

 ただその聖獣も何人も進むことなく迷い死ぬ『魔霧の平原』という自然現象相手にはどうしようもなく、その為、魔霧の平原を踏破する力を持ったガイネストと交代で去ることになったのである。


「正直あの聖獣はガイネスに見劣りしますが、属性の話を真に受けるなら格下の聖獣でも役に立つでしょう。すぐに連れてまいりますね」


「う、うん。任せたよ。その後で教皇猊下に聖杖の封印の使用許可の申請を頼めるかい」



「はい、全ては神の御心のままに」


 実際にはその聖獣もガイネスに劣るわけではなかったのだが、広範囲の敵を薙ぎ払う事の出来るドラゴンブレスの威力と即時殲滅能力に目が眩んで、勇者達はその聖獣をガイネス以下の戦力と誤判断していた。


全ては神の御心のままに」


「さぁ、急いで聖獣を迎えに行きますよ! ガイネス、運んでください!」


「え? ガイネスならさっき帰したじゃないか」


「……あ」


 結果、圧倒的な機動力を持つガイネスを帰してしまった事で、勇者達は地上での移動を余儀なくされてしまったのだった。

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