第80話 夕日の照らすゴンドラ内で
片手にクッキー箱の入った紙袋を持ち、もう片手では柚梪の手を握る。
遊園地の中で、最も大きく目立っている観覧車に向かって、俺と柚梪は肩を並べつつ、歩いて向かう。
現在の時間は16時30分ほど。
太陽も沈みかけているこの時間帯なら、綺麗な夕日を見ることが出来るだろう。
だんだんと観覧車に近づくにつれ、俺の心臓は徐々に鼓動を早くする。
「……近くで見ると、すごい迫力ですね。あんなに高い位置まで登るんですね」
「まあ、景色を眺めるための乗り物だからね」
到着してしまった。今、俺は柚梪と一緒に観覧車の前まで来ていた。
人が並んでいないことから、すでに全員乗った後なのか、ただただ偶然誰も来ていないだけなのか。
とにかく、考えても仕方ない。柚梪が早く乗りたそうな顔をしてるし、早速行こう。
「2人で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
柚梪と一緒にフリーパスをスタッフさんに見せ、俺がそう言い放つ。
すると、スタッフさんは次に来たゴンドラの取っ手を握ると、ガチャッと扉を開く。
「お待たせしました。どうぞ、お早めにお乗りください」
「行くよ、柚梪」
「は……はい」
優しく柚梪の手を引きながら、ゆっくりと進むゴンドラの中へと入り、腰掛けスペースに柚梪と隣同士で座る。
俺と柚梪がゴンドラ内に入ったことを確認したスタッフさんは、ゴンドラの扉を閉めて、2人だけの空間を作ってくれた。
2人だけの小さな空間。ゴンドラはゆっくりと上へ上へと登っていく。窓から下を見れば、だんだんと遊園地全体を見渡せるようになる。
「柚梪、下を見てみ? 遊園地内が見渡せるくらいまで登ったぞ」
「うわ~! すごいです……人が小さく見えます!
こんなに広かったんですね」
高さ的には、まだ4分の1しか登っていないけど、元々この観覧車自体が大きいため、それほど登っていなくても、遊園地全体を見ることは出来る。
窓から夕日の光が差し込む中、目を輝かせながら、景色を堪能する柚梪の後ろ姿。
こうして、柚梪が喜んでくれると……自然と心が満たされる。
柚梪の笑顔をもっと見たいって思うし、守ってあげたくなる。
あと数分もすれば、ゴンドラは一番高い位置まで登るだろう。ならば、今こそ……その時だ。
「柚梪……ちょっといいか?」
「……? はい、なんでしょうか?」
窓の外から、俺の方に顔と体を向けてくる柚梪。
「えっと……あのだな……」
「……?」
ダメだ……いざ言おうとするば、照れくさくて口に出来ない……こうしてつまずいている間も、ゴンドラは進み続けているんだぞ。
柚梪ははっきりと思いを伝えてくれたのに……はっきりと……?
そうだ……柚梪だって、気持ちを伝えるのは恥ずかしいと言っていた。だけど、恥ずかしい中でも……俺に最後まで思いを伝えてくれたじゃないか。
柚梪は頑張って言ってくれたのに、男の俺がこんな所でつまずいてちゃ、情けねぇよな。
伝えるんだ。柚梪に、俺の気持ちを。後悔のしない告白を……するんだ……!
「柚梪、よく聞いてほしい」
「……はい」
ゴクリと唾液を飲み込む柚梪。真剣な眼差しを向けられ、よっぽど大切な話なのだと確信したのだろう。
確かに、すごく大切な話ではあるがな。
そして、俺は右手を胸に当てて、深呼吸をした後……柚梪に思いをぶつける。
「柚梪……俺は、お前の事が……好きだ」
「……!」
俺は今、オレンジ色の夕日の照らすゴンドラ内で、柚梪に思いを告げた。
目を見開く柚梪。お互いに見つめ合いながらも、俺は思いを全力でぶつける。
「俺、嬉しかった。柚梪が好きって言ってくれて。こんな俺に、好意を抱いてくれる人が居るんだって思うと、涙が出るくらい嬉しかった」
「柚梪がどんどん成長して、一緒に暮らして、一緒にご飯食べて、一緒に遊んで、一緒にお風呂入って、一緒に寝て、一緒にお出掛けして、楽しいことばかりだった」
「なんでだろうな……柚梪を世話していただけのはずなのに、気がつけば……自然と柚梪に惹かれた。だから……」
そうだ。止まるな俺。今止まってしまえば、恥ずかしさで言えなくなるだろう。
最後まで、最後の最後まで柚梪に思いを伝えるんだ。恥ずかしがるのはその後。
バクバクと鼓動をならす心臓に、打ち勝つ……!
「柚梪……! 俺は、柚梪が好きだ! こんな俺でよかったら……つ、付き合ってください……!」
「……っ!」
俺は言いきった。最後まで、ちゃんと言いきれた!
一瞬ぎこちない所もあったけど、俺の気持ちを全部柚梪に言えた。これだけでも、すごい達成感があった。
一方、俺の告白を聞いた柚梪は、胸元の服を握り締めていた。
「龍夜さん」
「……え? な、なんだ……?」
下を向きながら、少し小さな声で名前を呼ばれる俺。まさか……告白に不満を感じる場所があったのか……? 俺は、無意識で柚梪には関係無いことを言ってしまったのか?
しかし、次に告げられた言葉は、全く違うものだった。
「付き合って……と言うのは、『恋人として』と言う意味……ですよね?」
「……え?」
「ど、どうなんですか!」
「……も、もちろん。そうに決まってるだろ……だって、告白だし……」
「そう……ですか……」
しまった……っ、恥ずかしさのばかり、ため口になってしまった……! せっかく告白したと言うのに、台無しではないか……!
「柚梪……! ため口になって、ごめ……っ!?」
俺は、照れ隠しでため口になってしまったことを謝ろうとしたその時、柚梪は両手で俺の頬を優しく挟み、体をぐいっと寄せ、流れるように顔を近づけてくる。
目と鼻の先に柚梪の顔がある……そして、俺の唇に柔らかい感触とほのかな水気が襲った。
この時、俺は確信した。今、柚梪とキスを交わしているのだと。
柚梪がゆっくりと唇を離す……
「……柚梪」
「やっと……私を受け入れてくれたんですね……ずっと、その言葉を待ってたんですよ」
僅かに涙目になる柚梪。同時に、顔もほのかに赤らめ、超至近距離で柚梪と見つめ合う。
「龍夜さん……もう少しだけ……いいですか?」
また顔を近づけてくる柚梪。唇と唇が合わさるほどの近い距離で、柚梪が口づけを求めてくる。
そんな尊い顔と言葉に、断る理由なんて……存在しないだろう。
「もちろん」
そして再び、柚梪とキスを交える。
肩と腰が密着している状態から、柚梪の体を両手で抱きしめ、さらにぐいっと俺の方へと寄せ、お互いにギュッと強く抱き合う。
口を通して、柚梪と舌を絡め始める。ゴンドラ内にキスの甘い音を響かせながら、ただひたすら舌を絡ませあい、お互いを求め合う。
女の子の唇って、すごく甘くて柔らかい……もっと、長く味わっていたいくらいだ。
その頃、ゴンドラはすでに最高位置まで登っていた。
やがて、お互いの唇を離すと、俺の下唇と柚梪の下唇から、舌を絡ませたことで2人の合わさった細い唾液の糸が引く。
「龍夜さんに……ふぁーすときすって言うのを、あげちゃいました……///」
「……/// それより、返答の方は……どうなんだよ……」
俺は少し照れくさそうにしながらも、ギュッと抱きしめる柚梪の目を見て、そう聞く。
「……もちろん、お付き合いするに……決まってるじゃないですか……!」
「ほ、本当か……!?」
「はい。だって……龍夜さんは世界で一番、大好きで大切な人なんですから!」
柚梪はとんでもなくまぶしいほどの微笑みを見せる。
こうして、俺には世界で一番可愛い彼女が出来た。
俺みたいなボッチが、彼女を持つ日が訪れるなんて、思ってもいなかった。
そんな俺でも、柚梪は受け入れてくれた。ならば、その気持ちに応えねばならない。
彼氏として、柚梪には最高に幸せな時間を過ごせるように、最善を尽くす。柚梪の笑顔を……守るために。
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