第37話 柚梪の過去 その3

 私は夜、皆が寝静まった頃に、お手洗いで目が覚めて、廊下を歩いている時のことでした。


 足元が暗く、寝起きだった私は、少しふらつきながらも、トイレへと向かって歩いていました。


 曲がり角を曲がると、片足を引っ掻けてしまい、私は体勢を崩してしまうのです。


 近くにあった壺を飾る台座に手を添えて、倒れることを防ぎましたが、頭が壺に少し当たってしまい、飾ってあった少し大きめの壺を、割ってしまったのです。


 パリーーーン!!!


「……っ! あ……どうしよう……」


 廊下中に壺の割れる音が鳴り響き、私は目を瞬時に覚まして、状況を把握しました。


 しかも、不運なことに……私が割ってしまった壺は、お父様が一番お気に入りの壺でした。金色で竜の絵が書かれた壺を、修復が難しいくらいまで割ってしまったのです。


 割れた壺を隠せば、屋敷中が大騒ぎになってしまいますし、私も……間宮寺家の娘としての意義を失ってしまいます。


 ですので、私はお手洗いを早々に済ませると、私はお父様の部屋へと向かいました。


 時刻は夜中の2時頃でした。お父様も眠りに入ってます。そんな中、部屋を訪ねるのは、よっぽどの緊急事態の時だけです。


 でも、私はすぐに謝るべきだと判断した私は、お父様の部屋の扉を、ゆっくりと開くのでした。


 暗い部屋の中にある、金の塗装がされた大きなベットで眠るお父様に近づき、恐る恐る声をかけるのでした。


「お父様……お父様っ」

「……」


 声だけでは起きるはずもなく、私はお父様の肩を揺さぶりました。


「お父様……」

「んん……あぁ? なんだ? こんな時間に部屋へ来るとは、何事だ?」


 ゆっくりと目を覚ましたお父様は、とても不機嫌そうでした。しかし、起こしてしまったからには、言わざるをえなかったのです。


「お父様……あのね、廊下にある……壺を……割ってしまって……」

「なんだと? ついにお前は物まで壊すようになったのか? それで、どんな壺を割ったのだ?」

「金の……竜が書かれた……壺です」

「……なんだとぉ?」


 それを聞いたとたん、お父様はすぐに立ち上がり、壺の飾ってある場所へと向かいました。


 壺を照らす用のライトをつけて、割れている壺を見たお父様は、破片を手に取り模様を見ました。確かに金の竜が描かれた壺でした。


 それを見たお父様は、今までにないほどの怒りを見せてくるのです。


「真矢……お前と言う奴は……今まで何も出来やしなかった上に、俺の大事な壺をも割るとは……っ!」

「違うんです……わざとじゃないんです……!」

「うるさいっ! もう、お前には間宮寺家を名乗る資格などない! 我慢の限界だ!」

「お父様……! 待って……きゃっ!?」


 怒髪天をついたお父様は、私の胸元の服をがっしりと掴んで、私をある部屋へと連れて行きました。


 それが、使われていない地下にある汚い部屋でした。


 お父様は、私をその部屋へと放り込みました。


「お父様……! 待ってください!」

「もうお前にはうんざりだ。せいぜいこの部屋で、自由に過ごすんだな」

「お父様っ!!!」


 お父様は扉を閉めると、外側からしか開けられない鍵を閉めて、完全に私を閉じ込めました。


 地下にある一室。埃がすごく、クモの巣も張られており、部屋に置かれているのは、骨組みだけのベットが1つだけ。


 壁に窓はありません。外の酸素を送るための小さな空洞が2つあるだけ。


 さらに、部屋の隅には、床に少しだけ大きめの、丸い深い穴がありました。大きさは、今の私の腕が入るくらいです。


 それは、いったい何の穴だと思いますか?


 その穴は、尿や便をする用の穴なんです。


 トイレットペーパーは、汚れたものが5つだけ部屋の角に置かれていました。


 足の裏を見ると、埃によって真っ白に染まっているほど、たくさんの埃が散らばっています。


 太陽の光が一切入らない部屋で、私は過ごすことになりました。


 お父様が出て行ってから、食事と入浴の時以外、誰1人として部屋の扉を開ける人は居ませんでした。


 食事は、お父様やお母様に姉様が残した残飯。お米は当然ありません。もやしや食べかけのピーマン、玉ねぎなどの中途半端な野菜がメイン。


 入浴は、メイドの人が木材で出来た中くらいの桶を持って来ます。その桶の中に入っている、ぬるくなったお湯を、一緒に持ってこられた小さめのタオルに濡らして、服を脱いだあと体や顔を拭いたり、髪を濡らしたりするだけでした。


 何もすることが無く、ただただボーッとするだけの退屈な時間を、私は9年間ずっと過ごしてきました。


 とっくに私は、食事が来たら口に食べ物を入れ、桶に入ったぬるいお湯が来たら、ボロボロになった服を脱いで体を拭くだけの、人形みたいになってしまいました。


 この時には、すでに希望を失いかけていました。


 しかし、ある日……私の居る地下室に、ある人が来たのです。


「真矢? あらら、こんなに汚くなっちゃって」

「お姉……様……?」

 


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