第108話 アベル王子の生誕祭〔3〕ローラ・バーミヤン

 次は、あの子だ。


「今宵はご気分でもお悪いのですかな?」


 バーミヤン公爵家のローラである。ゲスの姿が見えないが、どこか見えない場所にでも潜んでいるのだろう。ローラは誰と話すわけでもなくぽつんと立っていた。


「いいえ、このような場に私のような者が顔をお見せするのは大変失礼でございました。気を抜いておりました。申し訳ございません」


「いやいや、別に責めているわけではない。何も異常がないのならそれでいい」


 ローラとはいくつかの言葉を交わしたが、確かにバーミヤン家の最後の良心と言えるだけあって、父親のゲスとも兄のアレンとも毛並みが大きく異なっている。


 婚約者のベルハルトとはまだこの会場に来てから話をしていないように見える。

 先ほどのエリザベスに比べると表情がずいぶんとこわばっている。

 バーミヤン公爵家の勢いがなくなってきたことやゲスやアレンの聞き苦しい評判などもあるだろうし、このアベル王子の生誕祭に来ること自体にも嫌なところがあるのかもしれない。今こうして私と話していることだって彼女にはプレッシャーなのだろう。


 そろそろ離れた方がいい、そんなことを考えていた時だった。


「ローラ・バーミヤン様、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。バカラ・ソーランド公爵の娘、アリーシャ・ソーランドでございます。今後とも公私にわたりまして親交を深めていければと思います」


 私とローラが話しているところにアリーシャが一人やって来てにこっと笑いながらローラに挨拶をした。

 ローラは思ってもみなかったのか、一瞬だけ呆気にとられた感じだったが、すぐに立て直して同じように挨拶をした。

 二人は、アリーシャ様、ローラ様と互いに呼び合い、間もなく始まる学園生活のことを話していた。



「意外でしたか?」


「カーティス……」


 二人を不思議そうに見ていた私のもとへカーティスがやってきた 


 ローラといえばあのアレンの妹である。おそらく二人には面識はないように思う。婚約破棄の場にもローラはいたようだが、そこでは挨拶もしていないし、アレンと婚約してからもアリーシャとローラとの間には何もなかったと聞いている。


「正直な。アリーシャがまさかローラ嬢に自分から話しかけに行くとはな……」


「バーミヤン公爵家が憎いからといって、アリーシャがローラ嬢を憎むとお考えでしたか?」


「いや、そうではない。そうではないが……」


 それでも割り切れないものはあると思う。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとは言うが、さすがに袈裟までは嫌わないにしても、14歳、15歳というのはそういうもんなのだろうか。


 バーミヤン家の唯一の良心だといっても、あのバーミヤン家だ。

 自分の身に起きたことを考えたら、たとえば同じ授業でペアを組みなさいという時のように、強制的な接触みたいな出会いに任せるもんじゃないんだろうか。それなのに自分から接触するというのは、少し考えられない。ああ、でも私も同じことをしたのか。


 遠くにいるはずのアベル王子がなんとなく二人の様子を見ているように見える。顔には笑みを浮かべているが、あの王子は今何を考えているのか。あれはほの字なんだろうか。そこまでアリーシャに惚れているとは思わなかったな。


 王子以外にも、アリーシャとローラの二人が話していることは気になっているようだ。そりゃそうだろうと思う。しかし、アリーシャには気にしているそぶりはない。


「カーティス、お前はどう思う?」


「さあ?」


「さあって、お前はアリーシャの家族なんだろう?」


 なんとなく仕返すために言ってみた。


「ですが、あの二人は今年から私の生徒です」


 嫌な逃げ方をする。でも、補足はした。


「ただ、ローラ嬢はあの一件については心を痛めていたとも聞いています」


 まともな感覚の持ち主だったら、身内が恥ずかしくて二度と外には出られないだろう。


 アリーシャの方が割り切れたとしても、ローラの方はどうだろうか。

 自分の兄が婚約破棄を宣言して傷つけた人間とどういう顔をして親交を深めるというのだろうか。兄だけではないな、バーミヤン公爵家や第一王子派が一体となってソーランド公爵家を貶めたわけだ。

 私がローラの立場だったら、アリーシャには「これは皮肉か? 当てつけか?」と勘ぐってしまうと思う。むしろ恐怖を覚えると思うし、そういうローラの立場や心情を察することができないアリーシャだとも思いたくはない。


「それよりも、ローラ嬢の婚約者殿はいったいどうなってるんだ? 私にはそっちの方も気になるぞ」


 へらへらへらっとベルハルトが笑っている。

 がたいも良いし顔も良い。ああいう子が側に来ると女の子はどう思うもんだろうか。妻なら一蹴、娘なら「うざ」とか言うんだろうか。二人なら言いそうだ。私にも言う。だが、娘はベルハルトについてはそんなに嫌な印象を抱いていなかったようだし、川上さんもそうだった。貴公子たちに対する批判はなかったように思う。


 しかし、なかなか攻略対象というのは一筋縄にはいかないんだな。いきなり「好きです」「わかりました」というものでもないのだろう。


「彼はどうでしょう。前にファラからベルハルトの相談を受けたことがありますが……」


「相談? ファラが?」


「ええ、あの二人は昔はよく一緒に駆け回るくらいには元気も仲も良かったようです」


「あのローラ嬢が? おてんばだったということか」


 先ほどの姿からは容易には想像が及ばない。まあ、アリーシャも作業着で走り回っていたくらいだ。小さい頃はそういう姿を見せることだってあるのだろう。


「今は緊張しているように見えますが、元来はベルハルトを引っ張っていくような子だったと言っていましたよ。ファラも新しく弟ができたと思ったと言っていました。ですが、ここ数年は、なんというのでしょうね、ベルハルトがあんな感じですから……。身体がこの3年間で成長しましたから、ファラもドナン様もどう扱えばいいか悩んでいるようです」


 ふらりふらりとしたベルハルトというわけである。

 今のバカラの身体の方がカーティスよりも大きいから息子に圧倒されるというのはそんなにないと思うが、そうだな、自分の身長に近づくほど息子が成長しても言うタイミングを逸したら、なかなか何も言えないということはあるのだろう。


 ドナンもファラもこの会場では赤髪で目立つのでどこにいるかすぐにわかるが、遠く離れた場所からベルハルトの様子を見ている。ただ、ファラはどうかわからないが、ドナンは頭が固そうであるので、まともに話をしても会話が成り立たないような可能性もある。


 ゲスも父親なら「私の娘を粗略に扱うな」くらいは言いそうだが、まあそんな父親でもないのだろう。

 それにゲスはアレンとは話はするが、娘のローラとはそりが合わないというか、マース侯爵家とのつながりのための道具のように扱っている節はあるように思う。

 ベルハルトには「お前はナイトだ、誰を守るのか」と一度訊ねてみたいところだ。


 しかし、当のローラはベルハルトには何も言わないのだろうか。とても彼女が気の毒に思える。

 あのバーミヤン公爵家とはいえ、アリーシャと同年代の子がそういう扱いを受けるというのは、なんだかせつないものがある。

 ローラはあの婚約破棄の場に居合わせて、何を思っていたのだろうか。彼女だってその時、9歳だった。ゲームの中のアリーシャと同様に、このローラも幸福な人生を歩めないのではなかったかと思うと、この子にも幸せになってほしいなと思う。

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