第5話 王太子と聖女

 体調が良くなっているおかげで行動範囲が部屋の外まで広がると、ティータイムを薔薇園で過ごさないかとミハイル様に誘われた。


 それはおよそ六年ぶりのことだ。


 だからとても楽しみで、ミハイル様が誘ってくださったことでも、とても浮かれていた。


「ユーリアが元気になってくれてよかった」


 ミハイル様は本当に喜んでくださっていた。


 綺麗に咲き誇る薔薇に囲まれて、たくさんのお菓子が用意されて、お茶を美味しいと思えるのも久しぶりのことだったのに、私の気持ちは密かに沈んでいた。


 二人で過ごせると思い込んでいた自分を笑いたい。


 私とミハイル様との間に、もう一人、ヴェロニカさんが座っていたからだ。


 彼女は、何の邪気も含まない微笑みを浮かべて私のことを見ていた。


 側から見れば、私の回復を喜んでくれているようにしか見えない。


 当たり前のようにこの場にいるヴェロニカさんに、何も言うことなんかできない。


「ヴェロニカも君のことをとても心配していて、最優先に治療にあたってくれていたんだ。何日か学院を休ませてしまったけど、こうしてユーリアが元気な顔を見せてくれていることが私は嬉しい」


「……ご心配をおかけしました。ヴェロニカさんもありがとうございます」


「いいの。ミハイルの頼みだもの」


 また胸が締め付けられたように感じられたのは、病のせいではない。


 ミハイル様とヴェロニカさんが、お互いを見て微笑みあっている。


 二人が私の回復を喜んでくれているのは嘘ではない。


 でも、次の言葉でミハイル様から何を言われるのか、私はずっと怯えていなければならなかった。


 それだけこの場にいる二人は、私に仲睦まじい様子を見せ続けていたのだから。


 おそらく無意識だったのだと思う。


 あからさまに触れ合ったりなどはもちろんしていないのだけど、ふとした時のお互いの視線で、誰がどのように想っているのか知ることができた。


 だからこの場では、私は仮面をかぶってずっと微笑みを絶やさなかった。


 この場の空気を壊さないためにも。

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