第三十七話 ゾンビは絡まれる②
「おい、いい御身分だなガキ……女二人侍らせて、昼間っから酒場で一杯ってわけか?」
と、言ってくるのはガラが悪そうな男。
奴はゾイの方へ近寄って来ると、そのまま言葉を続けてくる。
「何とか言ったらどうだ? それともビビって声がだせねぇか?」
ゾイはそこでようやく気がつく。
どうして先ほどから、周囲の注目を集めていたのか。
(いつも傍に居るから忘れがちだけど、クレハとマオ……二人の容姿はかなりいい。魔人だからどうので見ていたんじゃなくて、二人が可愛いから見ていたのか……そして)
当然、この男もその一人。
もっとも、こいつの場合は見ているだけでなく――。
「おいこら! 黙ってんじゃねぇぞ!」
と、ゾイの胸倉を掴んで来る男。
嫉妬で暴力とか、本当に情けない奴だ。
(って、落ち着いて考えてる場合でもいないか。苦しいし、何より殴り合いになったら僕じゃ絶対に勝てない)
このまま騒がれて、ゾイ達が酒場出禁になるのも嫌だ。
そうなれば、せっかくとった宿屋がパーになる。
(とりあえず、こいつを落ち着けるか)
と、ゾイが男に声をかけようとした。
まさにその時。
ゾイは見てしまった。
クレハが小太刀を抜こうとしているのを。
「クレハ、駄目だ! 我慢し――」
「この無礼者め!」
と、ゾイの声を断ち切るように響くマオの声。
彼女は男を睨み付けながら言う。
「我が主に我の許可なく触れるだけでなく、そのような狼藉を働くとは……くくっ、どうやらうぬは滅ぼされたいようじゃな」
「あぁ? なんだてめぇは!」
「そんなこと、どうでもいいのじゃ! 重要なのは一点のみ――我が主に働いたその無礼! それは許されない罪だということじゃ!」
「偉そうに……顔がいいからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
と、ゾイから手を放し、マオへと手を振りかぶる男。
まったく、面倒なやつだ。
ゾイはそんな事を考えたのち、マオを庇うため彼女の前に立つ。
そして、襲い来る痛みを待っていたのだが。
「…………」
いつまでたっても、痛みは来なかった。
理由は簡単。
「ゾイを殴るなら……あなたを殺すわ」
と、男の腕を掴んでいるクレハ。
彼女が小太刀を奴の首に、突きつけていたのだ。
一色触発。
このままでは最悪のパターンに――。
「おい、情けねぇぞ!」
「女の子にやられてんじゃねぇ!」
「あんたから絡んだんだから、収まりなさいよ……情けない」
と、ゾイの思考を断ち切るように聞こえ来るのは、酒場の人たちの声。
すると――。
「う、うるせぇんだよ、てめぇら! 今から本気だすところだったんだよ!」
と、ゾイから意識を逸らしてくれる男。
退散するなら、いましかない。
「クレハ、マオ。少し早いけど、もう宿に行こう」
これ以上問題を起こすのは、さすがに面倒すぎる。
と、ゾイがそんな事を考え、歩き始めた。
まさにその時。
ガシャンッ。
と、聞こえる何かがわれる音。
同時、ゾイの背中に感じる冷たい感覚。
「おう、悪いな。手が滑って酒瓶を投げちまった」」
ニヤニヤと、ゾイへと言ってくる男。
ゾイはそんな彼へと言う。
「いえ。手が滑ったのなら、お気になさらず。こちらも、あなたの気分を害してしまったようで、本当にすみませんでした」
「腰抜けが、へらへらしてんじゃねぇぞ」
「あはは……本当にすみません。何かしらお詫びをさせていただきますので、今日のところは許していただけませんか?」
「ちっ……つまらねぇ男だな」
と、ようやく気がすんだに違ない男。
奴はゾイへと背を向け、カウンター席へと去って行くのだった。
●●●
時はその日の夕方。
場所は宿屋――ゾイ達の部屋。
「やっぱりムカつくのじゃぁああああああああああああああ!」
「やっぱりムカつくわ……」
と、聞こえてくるマオとクレハの声。
マオはクレハへと、更に言葉を続ける。
「ふん、駄狐のくせにまともな意見じゃな」
「マオのくせに私と同じ意見……意外だわ」
「…………」
「…………」
ガシっ!
と、互いに手を組むマオとクレハ。
仲良くなったようで、なによりだ。
にしても。
(あのクソ男のせいで、今日は疲れたな……ベッドでゴロゴロしてたから、身体の疲れは取れたけど)
精神的疲れはどうもにも。
と、ゾイがそんな事を考えていると。
「ご主人様、でもよいのか?」
と、聞こえてくるマオの声。
彼女はゾイへと言葉を続けてくる。
「あの男をあのまましておいて――なんならこの我が、闇の業火で塵にしてやってもいいのじゃ」
「私もあの男は嫌いよ」
と、ゾイよりも早く、マオへ返事をするクレハ。
彼女はマオへと言葉を続ける。
「ゾイに意地悪する人はみんな嫌い、塵にしたいわ。でもマオ……マオにあの男を塵にすることは出来ないわ。だってマオ……弱いもの」
「な、なんじゃと!?」
「正論よ……マオが塵にされる可能性もあるわ」
言って、ベッドの上で乱闘し始める二人。
ゾイはそれを見ながら、一人考えるのだった。
(まぁ、あの男にも言ったけどさ)
お詫びはする。
とびっきりのお詫びを。
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