第二十話 覇王の胎動

 時はゾイがゴブリンに拷問され始めてから、数え切れないほど。

 場所は変わらず洞窟最奥。


「申し訳なかったのじゃ、ゾイ」


 聞こえてくるマオの声。

 きっと幻聴に違いない。

 などなど、そんな事を考えながら顔をあげると。


 そこには本物のマオが居た。

 そんな彼女はニコニコしながら、ゾイへと言ってくる。


「ゴブリン共に『我の部下であるゾンビが行くから、トレーニングしてくれ』と言ったのじゃが……いや、参った!」


「…………」


「ゴブリンには言葉が通じないのを、すっかり忘れていたのじゃ! くははっ、本当にすまんのじゃ」


「…………」


 どうして、マオはこんなにも楽しそうなのか。

 謝罪している様には、到底思えない。


 同時、ゾイの中にはとある感情が湧いて来る。

 それすなわち。


 殺したい。

 殺したい殺したい。

 殺し――。


「むぅ……なぁゾイよ」


 と、ゾイの思考を断ち切るように聞こえてくるマオの声。

 彼女は若干申し訳なさそうな様子で、ゾイへと言葉を続けてくる。


「まさかうぬ、我に対し怒りを感じておるのか? だとしたら本当に申し訳なかったのじゃ……どうじゃ、許してくれるかの?」


「は……い、許し、ます。というより……そ、そう、僕は全然怒ってませんよ」


「本当かの?」


「はい、全く怒っていません! だってマオ様だってわざと間違えたわけじゃないですし、これは間違えたって仕方ないことですよ!」


 うっかり間違えるなど、誰にでもあることだ。

 あるある、それは普通のことだ。


 本当に?


 魔王なのに、ゴブリンに言葉が通じないのを忘れるか?

 ないだろ。


 ふざけるな。

 こいつは絶対わざと――。


「あぁ、そういえば。あと一つ忘れていたことがあったのじゃ」


 と、再びゾイの思考を絶ち切って来るマオ。

 ゾイはその声で、はっと思いなおす。


(僕は……なんてこと考えてたんだ!?)


 マオはゾイを助けてくれた恩人。

 その人に対し、憎悪を向けるなんて最低最悪だ。

 などなど考えている間にも。


「我はゴブリンにしっかりと要件が伝わったと思っていた。じゃから、うぬがどうしてゴブリンのところから帰ってこないのか……それがわからなかった」


 と、言ってくるマオ。

 彼女は済まなそうな様子で、ゾイへと言葉を続けてくる。


「なんせ、ゴブリンに頼んだトレーニングは三時間ほどで終るものじゃったからな……それでの――我はてっきり、うぬが我を裏切って逃げたと思ったのじゃ」


「そんな……僕は絶対に逃げたりしません!」


「うむうむ、わかっているのじゃ! じゃが……その、実はなゾイ」


 と、どうしようもなく嬉しそうな様子のマオ。

 彼女はニコニコと、ゾイへと言ってくる。


「うぬが魔王城を後にしている間、あの狐……名前は何と言ったか。とにかくあやつに、お前の代わりに罰を受けさせてしまったのじゃ」


「……は?」


「あぁなに、死ぬような拷問ではない! 触手の自由にさせたりしていただけじゃ! いや――くふっ、本当に申し訳――くふ、くははははははははははっ!」


 マオはその後も、ゾイへと何かを言って来ていた。

 しかし、ゾイにはその内容を理解することが出来なかった。


 頭がくるくる。

 目の前がくるくる。

 感情がくるくる。


 ただただ。

 ゾイはその場に突っ立っていたのだった。

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