第五話 少年はゾンビになっていた
「うっ……」
最初に視界に入ってきたのは、天井だ。
まるで城のような、豪華で美しい装飾の施されたそれ。
だが、それよりも。
「これ…は」
なんと。
ゾイは今、ベッドで寝ているのだ。
なんという幸せ。
思わず涙が出そうになる。
なんせ、ゾイはもうベッドで寝れないと――。
「そ、そうだ! そういえばあの時見た化け物――」
と、ゾイは唐突に思い出してしまう。
当然、その化け物の正体も。
「…………」
ゾイはゆっくりと、手を顔の前へと翳す。
するとそこには――。
「あ、れ? 普通の……手?」
となれば。
あの穴の中で見たのはなんだったのか。
と、ゾイが考えたその時。
聞こえてくるのは、部屋の扉が開かれる音。
ゾイは咄嗟に布団を跳ね上げ、ベッドから飛び起きる。
この状況――警戒した方がいいに違いないのだから。
だがしかし。
「起きたようじゃな」
と、ゾイを気にした様子もないマオ。
彼女はゆっくり彼の方へ近づいて来ると、そのまま言葉を続けてくる。
「あぁ……うぬが言いたいことならわかっている。体の事じゃろ? それなら今回に限り我が修復しておいた……次から自分でやるよう心がけるのじゃ」
「え……あ、ありが……とう?」
「ふむ……それで? 何か聞きたいことは? 我がその質問に答える形で、状況を説明してやろう。下らぬ質問をして、我を失望させぬよう注意することじゃ」
そんなの沢山あるに決まっている。
と、ゾイはマオへと言う。
「僕は、僕はどうなったんですか?」
「ん、それは簡単じゃよ。うぬはあの勇者たちに置き去りにされ、八百年をあの穴の中で過ごした……そして、過ごすうちに人間をやめたというところじゃな」
「は、八百……年?」
ありえない。
ゾイはあの穴の中でそんなに過ごしたというのか。
いや、それよりも。
「僕が……何をやめたって?」
「人間じゃ」
と、言ってくるマオ。
彼女はつまらなそうに、ゾイへと言葉を続けてくる。
「正確な年月はわからぬが、あの勇者たちがかつての我を倒した時から換算するに。うぬはおよそ八百年、あの穴の中で過ごしていたことになる」
「そ、そんなの」
人間にできるわけがない。
いや、そうだ……。
と、ゾイは思い至る。
マオはその答えを言っていた。
ゾイはもう人間ではない。
「うむ、理解したようじゃな」
と、にこにこ言ってくるマオ。
彼女はそのままゾイへと、言葉を続けてくる。
「うぬはゾンビに変化した。恨みと、絶望と、恐怖……常人では狂ってしまう程のそれらを抱き、長きにわたってあの魔力漂うダンジョン深くで過ごしたうぬは、ゾンビに変化しのじゃよ」
「ゾ、ゾンビって……でも、今は僕の体は腐ってもいないし、普通の人間と同じで」
「喋るな、煩わしい。今は我が喋っているのじゃ」
と、ゾイの方を睨んで来るマオ。
彼女は機嫌悪そうに、彼へと言葉を続けてくる。
「ゾンビには二種類いるのじゃ――すなわち、始祖かそうでないか」
「始祖? それって――」
「黙るのじゃ――まず説明していくのは、一般的なゾンビの方じゃ。考えるオツムもなく『あぁー』とか『ウゥー』とか言って、人肉を求めて徘徊し、噛んだ相手を一定時間後に更なるゾンビとする奴じゃ」
「…………」
「さて、次はおぬしの場合じゃ」
と、ゾイの頬を撫でてくるマオ。
彼女は嬉しそうな様子で、彼へと言ってくる。
「最初の一体、感染源――自然に生まれ発生してきたものを始祖ゾンビという。そして、始祖ゾンビには噛んだ相手をゾンビにする以外にも、特殊な力がある」
と、マオは始祖ゾンビについて説明してくる。
それをまとめるこんな感じだ。
●人格を有し、思考能力がある
●動力となる目的意識が消えぬ限り、不老不死である。
●食った対象のジョブを奪い取ることが出来る。
●魔力を消費するものの、体を普通の人間と同じ状態に保つことが出来る。
「始祖ゾンビなど、少なくともここ千年は現れなかったレアな個体じゃ。我はうぬに期待している……あの勇者たちへの復讐、手伝ってもらうぞ?」
と、言ってくるマオ。
ゾイはそんな彼女へと言う。
「あの……勇者、達?」
「大魔術師アオイ、剣聖ネイカ……そして、大神官ライヒの三人。かつて我を倒し、その報酬として女神から不老を与えられ、今ではそれぞれの国の王となった者たちじゃ」
アオイ。
ネイカ。
ライヒ。
覚えている。
忘れるはずがない。
殺したい。
苦しめたい。
奪いたい。
「ふ、くっくっ……これはこれは、いい感じに心が染まっているようじゃ……洗脳の必要はない、か」
と、言ってくるマオ。
彼女はゾイの額にてを置くと、そのまま言葉を続けてくる。
「その調子ならば、うぬは我に協力してくそうじゃ……早めにプレゼントをやろう」
「っ!」
直後、流れ込んできたのはドス黒いナニカ。
ゾイはこれを知っている。
これはまるで、そう。
復讐心を凝縮したような――。
「触れた対象に一度だけ、その者に由来するスキルを新たに付与する――そんな『魔王』というジョブのみに許されたスキルを使ってやったのじゃ」
と、ゾイの思考を断ち切るように聞こえてくるマオの声。
彼女はゾイの額から手を放すと、そのまま言葉を続けてくる。
「さぁ、どんなスキルが付与されたのか、確認の仕方はわかるな?」
「新しい、スキル……?」
そんなことが出来るのか。
とはいえ、マオは魔王。
きっと、人智が及ばぬこともできるに違いない。
と、ゾイは自らのスキルを確認するため。
自らの額に手を当て、意識を集中させる。
すると、見えてきたのは。
●身体強化(負)
▴このスキルを発動させた際、蓄積された負の感情に応じて全ての身体能力が上昇する。
▴このスキルの持続時間は負の感情の量と、力を放出する度合いによって異なる。
▴効果が切れた際は、負の感情を再び蓄積しなければならない。
いまいち強いのか弱いのかはっきりしないスキル。
ゾイがそれに対し反応する前に。
「では、さっそく実戦といってみるのじゃ。どういうモノかはわからぬが、その力を試してみたかろう? それに、我もうぬの力が見てみたいのじゃ……どの程度役に立ってくれそうかをな」
と、言って部屋を出て行ってしまうマオ。
何がなんだかと言った感じだが……。
ゾイはとりあえず、そんな彼女へとついて行くのだった。
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