第三話 暗闇の出会い
動かない両足。
動かない左腕。
動くのは右腕のみ。
それすら動かすと、猛烈な痛みを感じる。
「うぅ……あぁ……」
現在、ゾイはそれでも頑張って落とし穴を登ろうとしていた。
無論、片手で登れないのはわかっている。
それでも――。
ガリガリ。
メキメキ。
グジュジュ。
聞こえてくるのは爪が剥がれ、肉がする下ろされる音。
そんな音を立てて、必死に壁へと手をかけようとする。
「うぅ……やだぁ……出たい……助けて……死にたくない……」
ゾイは怖かった。
認めたくないのだ。
(僕は……このままここで、誰にも気がつかれないで死んでいくのか?)
そんなのは嫌だ。
ゾイにはまだしたい事が沢山あるのだ。
最悪、死ぬとしてもこんな死に方は嫌だ。
せめて、最後は誰かの傍で幸せに死にたい。
嫌だ……いやだ、いやだ……いやだ。
「生きたい……死にたくない……」
ガリガリ。
グジュグジュ。
と、時折聞こえてくる音。
それがいったい何の音だったか。
ゾイ自身、思い出せなくなった頃。
両手両足がようやく動かくようになったある日。
お腹が減った。
唐突にそんな感情が芽生え始める。
当然だ。
(そういえば……ここに落ちてから、何も食べてない、な)
ゾイはその瞬間、自らの失敗に気がつく。
それは、空腹だと意識してしまったことだ。
「うぅ……」
猛烈に腹が減り始めたのだ。
それこそ、もう我慢できないほどに。
「はぁ……はぁ……食べ物、食べ、物」
ゾイは手探りであたりを探す。
すると、彼の手に何か――薄い平面上のものが当たる。
ゾイはそれを摘みあげ、自らの鼻へとおしあてる。
同時、ゾイが感じたのは――。
香ばしくも美味そうな臭いだ。
すなわち。
「た、食べ物ぉ……はぁはぁ」
ゾイはすぐさま、それを口へと放り込む。
そして、咀嚼。
パリパリ。
ぽきぽき。
触感は軟骨チップスのような感じ。
味は匂いの通り香ばしい。
噛めば噛むほど、癖になりそうな味だ。
だがしかし。
今のゾイにとって、味など二の次だ。
大事なのは――。
(食べられる! これは食べられるものだ!)
さらに、ゾイは重大な発見をする。
信じられないことだが――。
(この落とし穴の壁……味がする?)
なんと、舐めると肉の味がするのだ。
ニュアンス的には、まるでビーフジャーキーを擦りつけたような。
「はぁ、はぁ……うま、い……うまいぃぃいい!」
こうして、ゾイの日常は一変した。
これまで必死に外を目指すだけだったが。
意識ある内はチップスを食べ、ビーフジャーキーを舐める日々が始まった。
最初はそれで満足だった。
けれど、そんな毎日を繰り返すうちに。
「足り……ない、もっと食べ、たい」
それに最近、チップスとビーフジャーキーの量が減ってきたのだ。
もっとも、その代わりに。
(時々、現れる刺激的な味がする水たまりと、柔らかい固形物……あれがあるからまだマシ……かな)
しかし、ゾイはその水と固形物を食べていると、ふと思うのだ。
どこかで食べた事がると――それも、かつて自分はそれを嫌悪していたような。
(気のせい、だよね……こんなに美味しいんだし)
…………。
………………。
……………………。
さてさて。
ビーフジャーキーとチップスがなくなってから――。
謎の水と固形物のみを食べる日々になってから、どれくらいが経ったのか。
この日。
ゾイはとんでもない発見をしてしまう。
それは――。
「肉……肉だ……肉がある……肉肉肉! 肉がある! 肉だぁあああああああああああ!」
香りがするのだ。
ジューシーで美味そうな肉の香り。
それが落とし穴中に充満しているのだ。
さらにさらに。
ゾイはすでに、その匂いの発生源を特定している。
となれば、することは一つ。
「はぁ……はぁ、はぁっ!」
ゾイはすぐさま、それへと歯を立てる。
続けて咀嚼、咀嚼咀嚼、咀嚼。
嚥下する度に満たされていく空腹感。
ただの食事がこれほど幸せだとは、今まで気が――。
「っ!?」
と、唐突に感じる痛み。
発生源は左腕た。
(左腕? あれ、左腕ってなんだっけ? 左腕は左についてる腕だ。つまり、右腕じゃないほうの腕……あ、そうか)
その瞬間。
ゾイはようやく気がつくのだった。
「ひっ! う、うわぁああああああああああああああああああああああああああ!」
ゾイが食べていたもの。
その正体が、自らの左腕だということに。
「あ……うぁ」
そして同時、ゾイは取り戻してしまう。
正気を――。
「な、なんで僕は! なんで僕はこんなところに居るんだ! 嫌だ、助けて! 誰か僕を助けて! ここにいる……僕はここに居るんだ! 誰か! 誰でもいいからぁああああ!」
それからゾイは必死に壁を叩く。
喉が枯れるまで、必死に誰かを呼び続ける。
無駄だとわかってはいるが。
(他にどうすればいいんだ……アオイたちに置いて行かれて、僕はどうやってここから)
そこでふと思う。
アオイ達は今頃どうしているのか。
彼女達のことだ。
きっと魔王を倒し、世界に平和もたらしたに違いない。
ようするに、彼女達は今頃英雄になっている。
容易に想像がつく。
アオイ達はそれほど器なのだから。
「……死ね」
平和ってなんだ。
「僕がこんな状況なのに、平和ってなんだ」
勇者、英雄。
違う、魔王はあいつらだ。
アオイたちこそ本当の魔王……いや、悪魔だ。
「平和なんてクソの価値もない……復讐してやる、絶対に。あいつらの何もかも、めちゃくちゃにしてやる」
絶対にここから出て見せる。
どんなことをしても。
何を犠牲にしても。
(僕はアオイたちに復讐する。そのためなら――)
「とんでもない負の念を感じたから来てみれば……」
と、ゾイの思考を断ち切るように聞こえてくる声。
その声は、ゾイへと言葉を続けてくるのだった。
「勇者の仲間の一人がこんなところで……これはとんだ拾い物かもしれぬのじゃ」
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