第二話 置き去りにされる少年②

 それからも数時間後。

 今もゾイ達はダンジョン内を、歩き続けていた。


 魔物が出ればアオイとネイカが瞬殺。

 少しでも二人が傷つけばライヒが回復させる。

 まさに盤石の態勢。


 無論、このダンジョンの敵は全員強い。

 それを意に介していない三人が、異常なのだ。


 まさに選ばれし存在。

 魔王を倒せるのは彼女達しかいない。

 そう信じざるを得ない存在。


(彼女達が本当に魔王を倒してくれるなら、この世界を平和にしてくれるなら。ちょっとくらい僕が貧乏クジを引くのは我慢できる)


 ゾイは本気でそう考えていた。

 それに。 



(きっと世界が平和になったら彼女たちも変わるよね。きっと僕とも仲良くしてくる……だって一応、僕も一緒に冒険した仲間なんだから)


 などなど。

 そんな事を考えていた、まさにその瞬間。


 パーティーの先頭を歩くアオイ、

 彼女が先ほど踏んだ地面が、わずかに発光した気がしたのだ。


 けれと、当のアオイは気がついた様子はない。

 三人でおしゃべりするのに夢中なのだ。


 やばい。

 ゾイは直感的にそう思い。


「っ!」


 気がつけば走り出していた。

 リュックと手に持つを放り投げ――。


(届け!)


 ゾイは全力で、アオイへと手をのばす。

 その直後。


「きゃっ……!?」


 聞こえてきたのは、そんなアオイの声。

 同時、ゾイを襲ったのは浮遊感。


 どこまでも落下していく感覚。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


「うくっ……」


 しばしの記憶の欠落の後。

 ゾイは体を起こそうとし――。


「痛ぅ……ひっ!」


 全身に走る激痛。

 見れば、手足がおかし方向に折れ曲がっている。


 いったい、なにがどうなったのか。

 ゾイは痛みをこらえ、ゆっくりと周囲を見回す。

 すると


 見えてくるのは壁、壁、壁。

 最後に上を見ると、遠くに見える明かり。


「そ、そうだ……僕はアオイを助けようとして、ダンジョントラップに引っかかったんだ。あ、アオイは……ここに居ないってことは、無事……か」


 で、だからどうすればいいのか。

 ゾイの両足と、左腕は折れてしまっている。

 もっとも、無事であってもこの壁は登れそうにないが。


 けれど、救いはある。

 それはアオイ達が上にいることだ。

 きっと、彼女達は今もゾイを助ける算段を――。


「あ、起きてるし! ねぇねぇみんな、あいつ起きてるよ! 最後の挨拶するっしょ?」


 と、思考を断ち切るように聞こえてくるアオイの声。

 けれど、ゾイは思わず唖然としてしまう。

 なぜならば。


 アオイは確かに言ったからだ――『最後の挨拶』と。


 ゾイがそれについて考える間もなく。

 ひょこひょこ穴を覗いて来るのは――。


「あはははははっ! ゾイの奴本当に穴の中に居るのだぜ! しかも手とか折れててかっこ悪いのだぜ!」


「最後なんだから笑ったらかわいそうだよ……あ、ゾイくんごめんね。ゾイくん役立たずだし、気持ち悪いからここでそろそろお別しようって、アオイさんが」


 そんなネイカとアオイだ。

 それに対し。


「へ?」


 ちょっと待った。

 意味が分からない。


「ゾイさぁ……あんた何?」


 と、言ってくるのはアオイだ。

 彼女はゾイへと、言葉を続けてくる。


「あんたが突き飛ばしたせいで、膝すりむいたんですけどぉ。しかも汚い犬の分際で、うちの背中を押すとか生意気すぎっしょ?」


「で、でもそれは……アオイを助けようとしたからで――」


「別に助けてなんて頼んでないしぃ~。あんたに助けられるとかマジ屈辱だし、膝もすりむいたりでほんっと最悪」


 と、機嫌がわるそうなアオイ。

 彼女はそのまま、ゾイへと言葉を続けてくる。


「だからさっき、みんなに『あいつもう要らないっしょ?』って持ちかけたら、みんな頷いてくれて~……あんたをここで捨てていくっていう、うちの法案が通ったわけだし!」


「は……へ?」


「なにその顔? 本当にキモイんですけどぉ……あ、そうだ!」


 と、何か思いついたに違いないアオイ。

 彼女は笑顔でゾイへと言ってくる。


「この穴危ないし、あんたの顔キモイし、蓋してあげるっしょ!」


「なっ……ちょ、ちょっと待っ――」


 直後。

 ドスンっと聞こえてくる音。

 同時、ゾイの視界は闇に包まれる。


「ちょっと……待ってよ……ちょっと、話を聞いてくれるくらい……いいじゃないか」


 どうして。

 どうして、こんな目に合わなければならないのだろうか。


 いや。


「きっと、きっと後から助けにきてくれる……だって僕は彼女達の、彼女達の――」


 彼女たちのなんだ。

 ゾイは彼女達にとって何だったのだ。


 遊び道具?

 奴隷?

 それとも、ゴミ?


 ゾイには何故かおもい出せない。

 ゾイは彼女達にとって、なんだったのか。

 わからない……わからないわからないわからないわかんらいらいあけあいらいだぁあ。


「い、いやだ……いやだぁあああああああああああああああああああああああああ! 出して、出して! 出してください! ここから出してぇえええええええええええええええええええええええええええ! 暗いとこは嫌だ、助けて! お願いだからおいていかないで! どうして! どうして? どうして僕がぁあああああああああああ! 一人は嫌だ! 僕を一人にしないで、こんなところで、こんなところで置いてけぼりは嫌だ……だから、だから誰か……僕を」


 こうして。

 ゾイの長い長い孤独な闘いが始まるのだった。

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