最終話 ゾンビの王

 俺は研究所のドアの前に立ち、ブザーを押した。

 研究所の入り口では、中にいる誰かがカメラを確認してからカギをあけることになっている。

 そして研究所内では俺は監視され、調理場など一部の区域は立ち入り禁止だ。


 このルールは、俺が決めた。

 結生も中林先生もゾンビになってもOKな気分でいるから、俺が気をつけないといけないのだ。

 みんながゾンビになって困るのは、ひとり取り残される俺だから。


 中に入ると、俺はいきなり、かん高くうるさい声に挨拶をされた。


「フミアキだ! オハヨウ! オハヨウ! フミアキ、オハヨウ!」


 結生の肩の上で、オウム型ロボットが俺に挨拶をしている。

 中林先生が作った案内ロボットのオーム君だ。

 オーム君は結生の目の前にある物を教えてくれる。

 ちょっとハイテンションでうるさいのが困ったところだけど、物体認識能力は優秀だ。

 このオーム君がいれば、結生は一人でなんでもできる。

 といっても、オーム君がいなくても、研究所内だったら結生が困ることはないみたいだけど。


 俺は挨拶を返した。


「おはよう」


「オハヨウ! フミアキ、オハヨウ!」


「おはよう、文亮くん」


 いつのまにか、結生は俺のことをみんなと同じように名前で呼ぶようになっていた。

 俺は結生の顔を見て、渡そうと思っていたものを思い出した。


「そうだ、結生。この前出かけた時に、これを見つけたんだ。手をだして」


 俺はポケットから、この世界ではもう何の価値ももたない物を取り出した。

 これこそ、旧人類の感傷の代物って感じのもの。


「はい」


 結生は手を差し出した。

 俺はプレゼントを右手に持ち、左手で結生の指に触れた。とたんに、オーム君が騒ぎ出した。


「ユビワだ! ユビワだ! ダイヤのユビワだ! プロポーズだ!」


「おい、言うなよ。プレゼントがサプライズにならないだろ!」


 俺が慌ててオウムロボットに言うと、結生はくすっと笑って言った。


「オーム君は、これが仕事なんです」


 たしかに、結生の目の前にあるものを教えるのがこのロボットの仕事だけど。


「プロポーズだ! プロポーズだ!」


 オーム君は、そこそこ優秀なAI搭載だから、物の名前を教えるだけじゃなくて、勝手に推測してしゃべってしまう。

 けたたましい大声で。

 これは……オーム君がいる限り、まともにプロポーズすることは不可能だ。

 今度中林先生に頼んで、こっそりオーム君のAIを変えてもらおう。


 俺は結生の手の平に指輪を置きながら、慌てて否定した。


「別に、プロポーズじゃないって。ただのプレゼントだよ。すごそうな指輪を見つけたから」


 この前、別の都市に行った時に、超高級そうな宝石屋を見かけたから、その中でもひときわ立派な大きなダイヤのついた指輪を持ってきたのだ。

 別に今の世界でこんなものに価値はないんだけど。ダイヤ=ただの石、だけど。

 結生は、ダイヤを指で探りながら笑った。


「大きなダイヤですね」


 結生は指輪を指に通してみた。だけど、サイズが大きすぎて、ぶかぶかだ。

 しかも、ダイヤが大きすぎるから普段つけるには邪魔そうだった。残念。


 自己学習能力を持つオーム君は首をかしげながら、俺に尋ねた。


「ダイヤのユビワ、プロポーズじゃない? じゃ、プロポーズはなにあげる?」


「え?」


 オーム君は、「プロポーズ」という慣習について学習を行おうとしているだけだけど。

 そんなことを聞かれても困る。

 指輪が定番とか言ったら、また警報音のようにうるさく「プロポーズだ!」って叫びだすだろうし。


 結生が困惑した俺をからかうように冗談を言った。


「それじゃ、プロポーズには、ティアラをお願いします。ゾンビの王様」


 即座に、オーム君が翼をバタバタさせて騒ぎ出した。


「おねがい! ゾンビのオーサマ! プリンセスのティアラおねがい!」


「えぇ? ティアラ?」 


 ティアラなんて、どこにあるんだろ。皇居とかかな?


 それはそうと、結生が言っている、ゾンビの王様。

 これは、何ヵ月も前、停止直前の日本のSNSで話題になっていた存在だ。

 ゾンビの大軍団をテレパシーのような力で操り、日本を滅ぼす「ゾンビの王」。

 日本の感染拡大の背後にいる大いなる意志、それが「ゾンビの王」。

 そんな噂が流れていた。


 じきにネットに日本語で書きこめる人がいなくなったから、「ゾンビの王」の話題は途中で停止したままだけど、今もどこかに記録は残っているはずだ。


 もちろん、「ゾンビの王」なんていない。

 いないけど、ネット上の噂によると、そのゾンビの王の名前は「キネ」というらしい。


 もちろん、俺じゃない。

 だって、俺は何もしていない。

 だけど、何もしていないけど、俺はたまに不安になることがある。


 ゾンビたちは意識の深層で繋がっていて、互いにコミュニケーションをとっている。

 だからこそ感応現象が起きるのだ。


 そして、ゾンビでありながら強い意思や感情を持ち続ける俺は、たぶん常に少しずつゾンビの行動に影響を与えることができた。

 俺にはみんなの声が聞こえないけど、みんなには俺の声が聞こえているのだから。


 だから、俺は疑問に思うのだ。

 もしも俺が本気で感染拡大を止めようとすれば、ひょっとしたら、止めることができたんじゃないだろうか?


 もちろん、俺ひとりにそんな大それた力があるとは思えない。

 だけど、俺ひとりじゃ無理でも、感応能力を使える状態にある感染初期状態の人達が全員で必死に願えば、ひょっとしたら、感染拡大は止められたんじゃないだろうか?

 俺と寧音の願いが、あの日公園で、非感染者の結生を前にした状況でゾンビ達の動きを止めたように。

 

 でも、実際の俺は、人類に絶望していた。

 人類なんて滅んでしまえと思ったことが何度もあった。

 それに、はっきり意識していなくても、心のどこかでは、俺を追いまわして殺そうとする奴らにゾンビになってほしいと願っていたかもしれない。


 だから俺は疑問に思うのだ。

 俺の人類への絶望は、この辺りで感染拡大が急速に進んだことと本当に関係なかったのだろうか?


 そして、今、俺はたしかに感染拡大で恩恵を受けている。

 非感染者がいなくなり自由になった俺は、ゾンビに支配されたこの島のどこへも行くことができ、なんでもすることができる。

 この島のあらゆる物資が、俺のものだ。

 さらに治療薬ができれば、俺は元に戻す人間を選ぶ絶対的な権力を持つ。


 俺は今、このゾンビアイランドで、たしかに王様のような絶大な権力を持っている。

 そして、俺は疑問に思うのだ。


 俺は本当に、こうなることを望んでいなかっただろうか?





 終

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ゾンビになったと追放された俺は人類を救えるかもしれないけど人類は救いようがない しゃぼてん @syabo10

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