第34話 鬼の刃

 額から流れ落ちる血が視界を霞ませる。全身から切るような痛みが走り、手足の痺れと倦怠感が酷い。唯一呼吸だけは正常で、落ち着いていて、それだけが今の体を支えていた。


 眼前では、私が間合いに詰めて来るのを待つ漆黒の侍が1人。


「ヒヒヒヒ」


 閣の守護者の核から出現した真なるボス。クラスやレベルとは関係なくスキルを取得する為の方法、スキルのスクロールを用いて得た[解析]によると、黒い侍の名は[飢渇の浪人]。レベルは110、真ボスは元のボスの1割レベルが高いのが基本なので想定通りだ。


 奴と戦いを始めて既に数刻が経過した。夜明けまでに街へ戻らないといけないため、早めに決着を付けたかったが、それは叶わないらしい。


 初見とは言えレベルアベレージ100のダンジョンだ。そう苦戦することなく、攻略できるだろうと踏んでいた私は呆気なくボコられた。


 まず何を取っても奴の動きが早い。動体視力と反射神経には自信のある私が反応出来ず、且つこちらが攻撃の動作に入った時には、相手の刀が既に体へ触れかけていた。途中からそれを更に読んで回避に専念したが、そうすると攻撃の回数が減る。


 そしてなけなしの機会に放った攻撃は殆ど当たらない。当たったとてかなり浅い部分で済まされた。奴が意図して、そうするように剣の軌道を誘導したのだ。どう見ても明らかに技術の質が違う。


「あーもうほんっと楽しいなぁ」


 ただ、それが非常に楽しい。人型且つ自分より技量が上の相手との戦いなんて久しぶりだからな。昂ぶらない訳がないのだ。


 ランドは既にMP切れで部屋の隅にぶっ倒れている。ヘイトが完全にこちらへ向いているため、攻撃される心配は無いが、私が死ねばあいつも死ぬだろう。一応ここから逃がす手段は渡してあるので、いざとなれば問題はない。


「[朱剛絢武]!」


 右脚で踏み込み、上段から袈裟斬りの一撃を振り下ろす。


「チッ……」


 それよりも侍の突きが早く、即座に攻撃を中断して回避へと転じた。伸びた腕が横薙ぎに振るわれ、剣の腹で受ける。


 剣と刀が離れ、また金属音を奏でて火の花が咲く。先程から延々とこの繰り返し。深く踏み込もうものなら、カウンターを返されてざっくり行かれるのは腕の傷で実証済みだ。


「くそ、埒が明かない」


 何か攻略の糸口がある筈。どんな相手にも勝ち筋は存在する、全てにおいて絶対を持つ者などいない。私が見落としているだけで、このボスを攻略するためのギミックが何処かにある。


 よく観察しろ。手足の動き、指の向き、視点、剣の高低全てを。


 動きに躊躇してはいけない。それは相手の動作に余裕を生む。全力で攻撃を叩き込まなければ、勝ち筋は見えてこない。


「これ、なら、どうだっ!」


 体を捻り、腕を隠して肉薄。相手に剣の軌道を悟らせず、鞭のようにしならせて切り込む。


「くっ」


 初撃は避けられた。しかし、そこから更に軸足を変えて踏み込み、返す刀で逆袈裟の一閃。侍はそれを刀で弾くが、そこに生じた一瞬の空白を狙う。


「[雷鳴壱火]!」


 剣に闘気を纏わせ、全力の突き。空気を裂いて侍へと放たれたそれは、僅かに逸れた。直後、



「ゔっ……お……」


 


 私の腰から肩口までを一直線に刃が通り抜け、少し遅れて血飛沫が舞う。痛みと熱が全身を苛んだ。一瞬意識が飛び、激痛で引き戻される。


 ただ、この浅からぬ一撃の代償は大きいぞ。しかと、その動きの起りから終点まで見させて貰った。そして、


「分かった……!」


 侍、[飢渇の浪人]が私よりも速い理由。それは動作の起点だ。


「……成程、後の先って奴か……」


 奴は私が攻撃を放つ動作を読み、その直後――最も隙の出来る動きの起点を狙ってカウンターを放っている。だからこちらの攻撃が当たらず、敵の攻撃だけ先に当たるように錯覚していた。


「つまり、私はお前が後の先を取るなら、その後の先を取ればいいッ!」


 対策はこちらも相手が攻撃を仕掛けて来るのを待ち構えること。

 

「…………」


「…………」


 剣を構え、間合いギリギリを維持して機を伺う。


「…………」


「…………」


 ジッと、相手が攻撃してくるまで我慢。


「…………」


「…………」


 我慢、我慢。


「…………」


「…………」


 我慢我慢、我慢我慢……。













「いや、これどっちか動かないと一生始まんね―じゃん!?」


「……」


 私がそう叫ぶと、侍は心做しか呆れたような態度を取った。そりゃどっちもカウンター狙ってたら動かんわ……。


「ああくそ……出血で頭回ってないなこりゃ……」


 傷の深さは大した事無いが、出血量が拙い。今まで散々血を流したのに加え、先程の一撃だ。これ以上長引くといよいよもって不利になる。


「……いいぜ、じゃあ私が攻撃したのをお前がカウンターするのを更にカウンターすればいいだけだ」


 こうなったらもうこちらか仕掛けて、反撃を反撃するしかない。自分でもちょっと何言ってるか分からなくなってきたが、これが最善だ。


 要は相手のカウンターも広義では攻撃動作である以上、必ず私と同じ動きの起点――大きな隙がある筈。そこを狙って一発叩き込む。人にやられて嫌なことはやり返すに限るからな。


「[弐公重撃][肆風裂孔]」


 まずは奴が始動で潰さざるを得ない速度、且つ出来る限り威力の高い攻撃を放つ必要がある。ダメージ、速度を上げるバフを炊き、[桜穿舞天]をキャスト。詠唱時間がある代わりに、発動すれば通常攻撃より速度は出る。


「おらぁ!!」


 桜舞う神速の突きに、侍は先程と同じように回避の動作に入った。それと同時に納刀、腰を深く屈め、抜刀の予備動作に入る。これが、カウンターの一連の動作。良く見れば毎回同じ動きだった。


 つまり、これはスキル、或いはそれに近しいボスの扱う技なのだろう。そして今のを含めて、二桁は同じ動作を目に焼き付けた。元々私は、1度見れば同じ動きを8割の精度で模倣出来る。


「完璧に憶えたぞ――――」


 ここからは先の再演とはいかない、いかせない。


 奴が抜刀モーションに入った瞬間、鞘、そして剣と腕の向きを見る。それから私も攻撃をキャンセルして即座に納刀し、鏡合わせのように構えを取った。


 既に軌道を定めてしまったせいで、左の脇に空白がある。致命的な隙だ。鞘から鈍色の刀身が見えた瞬間、合わせて剣を抜き放つ。


 そこで始めて、侍から動揺が感じられた。


 直後、







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固有技能ユニークスキル解放:[武技創生アーツクリエイト]

対象:フラムヴェルク・フレアウォーカー


[武技創生]により新たな[スタイル]を獲得

カテゴリ:[居合抜刀]


[型]の獲得に伴い自動的にクラスアップをします

クラスアップ:[修羅剣豪]


クラスアップに伴い剣術の新たなスキルツリーカテゴリが解放されました

カテゴリ:[六界輪廻]

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 頭の中に謎の言語が流れ込んで来た。システム的な、ゲームだった頃のLAOでモーションアシストを使用したような感覚。新しいクラスになった時、あるいは新しいスキルを覚えた時と同じそれだ。


 まるで濁流のような、雪崩のような情報の氾濫は、しかし私の動作を一分も揺らがせることはない。



【六界、輪廻、衆生の因果】



 全身から目の前の侍と同じ黒い粒子が吹き荒れる。得て気付いたが、これは闘気の一種だ。黒いが、消して邪悪ではない。闇を由来とする、純粋なエネルギーである。



【消して満たされぬ欲の炎に焼かれ、餓えし亡者は嘆く】










「六道閻鬼、居合の太刀――――」



 抜刀、黒々とした炎を纏った刃が、その体を撫でると同時に交差する。感触としての手応えは殆どなかった。しかし、確かに私は斬った。横目に見えるつわものの体が漆黒の炎に包まれ、轟々と低く唸るような亡者の怨嗟が響く。


「【鬼哭啾々きこくしゅうしゅう】」


 一瞬の静寂の後、私が剣を逆手に持ち替えて鞘へと収め、鍔が甲高い音を鳴らすと同時に背後で何かが倒れる。


「紙一重、だったな」


 振り向くと、そこには黒炎に燃やされながら霧に還る[飢渇の浪人]の姿があった。刀と鞘、そして赤い核を残して体が消えていく。どうやら今回のドロップアイテムは3つらしい。


 倒したことを確認した瞬間に全身の力が抜ける。その場に座り込み、大きな溜息を吐いて前髪を掻き上げる。額と胸の出血は止まって、既にHPの自動回復が始まっていた。


 倒れたままのランドはグースカ寝てるし、私も流石にちょっと疲れた。街へ戻るのは少し休憩してからでも良いだろう。……ソフィアが怒るかもしれないけど、朝までまだ多分時間あるし。




「……しかしなんだったんだ、今の」


 何故突然システムの介入があったのか。固有技能ユニークスキルも取得して、勝手にクラス覚醒させられたし。[修羅剣豪]なんてクラスも[スタイル]なんて要素も見たことがない。


 少ない材料で推察するなら、ボスの放とうとした技を私がトレースしたことが固有技能取得の条件達成となり、矢継ぎ早にスキルとクラス覚醒が行われた可能性がある。



 そもそも元のクラスから繋がりがあるのかも分からない。特定のスキルを覚えることで取得可能な独立したクラスもあるにはあるが、それはスキルスクロールなどを使用する。


 今回私がやったのは単なる模倣。いや、これは結構特技として自信があるんだけど、ゲームの時にはNPCの技をパクっても特に何があるわけでもなかった。


 [飢渇の浪人]が即死したし、このボスはそうやって倒すギミックだったのだとは思う。私の知らない未来のLAOでは、敵の使う技を覚えるシステムが実装されているなんて話なのかもしれない。


 しかし、LAOに存在する固有技能の数は非常に少ない。且つ先着1名様限定のスキルだ。全員が享受出来るシステムと言うよりかは、[武技創生]や[型]システムは私のみの特権と考えるべきだろう。


 そう考えるとNPCのスキルパクってるだけでは? ああでも、侍は居合の時に剣に黒い闘気の炎は纏っていなかった。あれはやっぱりシステムに組み込まれたウェポンスキルではなく、単なる剣技だったのかもしれない。


 つまり他人の動作を模倣して、それをスキルではなく、私専用の剣術の[型]へとリワークしている可能性が微レ存。そうなると、他の人の技を無限に奪えることになる。まるで某RPGのラーニングの出来るジョブみたいだ。


 ただそれだと効果や仕様が既存のスキルと剥離しすぎている。あの居合は[居合抜刀]の[型]によるダメージバフと、納刀時に追加炎・闇ダメージを与える【鬼哭啾々】の副産物に分かれていた。


 つまり居合自体は単なる通常攻撃に過ぎず、それを[型]という謎システムで強化しているのだ。ダメージバフが乗る条件はあるが、詠唱も無くクールタイムも無い。攻撃の挙動が居合であればいつでも発動するため、一見して強すぎる。


 これでなんのデメリットも無いのは、流石にバランスが悪い。見落としているだけで、何か落とし穴があったり…………


「うあーーー!! 分からん!」


 そこで私は考えるのを止めて、大声を上げて倒れ込んだ。


 さっきも言ったが、そもそも判断材料が少な過ぎる。今あれこれ思考しても、結局単なる推測にしかならないのだ。なら、取り敢えずは一段回強くなれたと考えるだけで良いと思いました、まる。


 そう、私はまた強くなった。それが大事なのだから。








◇TIPS


[修羅剣豪]


羅刹、夜叉、魑魅魍魎を束ねし化生の剣客。

闇すらも黒く染め上げる炎を纏いて復讐の剣を振るう。


幾つ輪廻を繰り返せど

消える事の無い憎悪と闘争心に滾り

また何者にも負けぬ強靭な魂の持ち主のみが

修羅の道へと足を踏み入れることが出来る。

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