第17話 袖振り合うもなんとやら

 人を斬ってしまった。


 この世界にいる以上は経験することになると思っていたが、こうもあっさりと殺るものなのかと内心で驚いている。しかもちょっとだけ経験値入ったし。


 襲撃者の外見が明らかに盗賊で、非戦闘員の女性を襲撃していたから躊躇はしなかった。躊躇しないだけでメンタルには結構来たけど、私はそういう感情とは別に体を動かせる。


 助けた相手はこの先の都市エリアにある商会の娘。自由都市ディアントと言う名で、複数の商会主などで構成された議会に統治されている都市だ。


 ゲームを開始すると、どの初期地点からでも必ず初めに訪れることになる。私たちが目指しているのもここ。


 彼女――ラナは何が理由で襲われていたかは知らんが、取り敢えず無事で良かった。やはり美少女は助けるべき、死んだ賊には悪いが命の重みは平等ではない。力なき者を襲おうとして、より力ある者に蹂躙されたことを悔やんでくれ。


 死体を集めて燃やした後、無事な幌馬車に賊の置いていった馬を繋いだ。今はそれでディアントへと向かっている。旅は道連れとも言うし、目的地が同じなら態々歩く必要もない。


 ラナはランドに対応させているが、彼女は一目であの猫が気に入ったようだった。抱きかかえて、馬車の前方で親交を深めている。まあ、あのサイズで喋る猫とか女の子絶対好きだもんね。


「あ、一応聞くけど、これ罪に問われないよね?」


「問題無いわ、襲われたのはこっち。もし秩序の騎士団に何か聞かれても、ちゃんと説明すれば大丈夫」


 先程魔法を使っていた少女――ソフィアはそう答え、乾燥させた果物を齧る。ストロベリーブロンドの髪と翡翠色の目が特徴だ。私の好みはラナのような清楚な美人だが、ソフィアも文句のつけようの無い美少女である。


 そして秩序の騎士団とは、LAOにおいて過剰なプレイヤーキル、あるいはNPCキルなどを行ったプレイヤーを粛清する為の暴力装置だ。上述のPKや都市部でのアイテムの略奪行為を働き、罪業の数値である[カルマ値]を一定まで溜めると指名手配犯となり、彼らに追いかけ回される。


 一度指名手配されると都市エリアに入っただけでNPCに通報され、ショップや宿などが使用不可になる。しかも撃退しようにも騎士団のNPCはレベルが高く、特別なスキルを持っているので殆どのプレイヤーは太刀打ち出来ない。


 一度捕まって刑期を終えればカルマ値は戻るので、指名手配されたら大人しくお縄に掛かるのが賢明だ。


「ところで聞きたいのだけど、あなた一体何者? 純血の吸血鬼が、何でそんな草臥れた旅装をしてるのかしら」


「さあ……なんでなんだろう?」


「いや、あたしが質問してるんだけど?」


 だって、ねえ? 純血の吸血鬼なのに駆け出しっぽい旅装で喋る猫を連れてるなんて、一体何者なのか皆目検討もつかないでしょ。因みに純血はかなり高貴な身分なので、本来はこんな所でエンカウントする存在ではなかったりする。


「長生きしたければ、しない方が良い質問もあるもんさ、お嬢さん」


「それは脅し……?」


「さてどうでしょう。シンキングタイム中に、ランドとラナさんの様子を見に行ってくるわ」


「……上手くはぐらかしたわね」


 私はそう言うと、訝しむソフィアを置いて馬車の前方へ。そこにいるのはランドを抱えたラナと僅かに1人生き残った従者、それからもう1人雇われた冒険者のみ。


「どう? 仲良くやってる?」


「あ、フラン! 早く助けるにゃ、この人なんか怖いにゃあ!」


「まあまあ、そんな事を言わずに。ああ……ランド様はとてもモフモフでいらっしゃるのですね……」


 声を掛けた途端、ラナの腕の中にいたランドが藻掻き始めた。そんな様子もお構いなしに、彼女は頬ずりをして幸せそうな表情を浮かべている。


 裏山けしからんが、私は女子に耐性が無いのでこんなたわわ美女に頬ずりされたら多分死ぬ。さっきも手を握られて胸元に手繰り寄せられただけで、もう発狂しそうだった。


「いいじゃん、念願の純粋な人だぞ。もっと邂逅を喜べよ」


「……人間怖いにゃ」


 猫面にあるまじき凄い渋い顔になっているが、今しがた酷い目に遭いかけたラナのメンタルケアだと思って観念して欲しい。


 ラナの態度を見るに、結構余裕ありそうだけど。もしかすると、頻繁に襲われて慣れているのかもしれない。政敵が多いみたいな話を少し聞いたし。


「先程の戦いぶり、見事だった。俺はケイン、Cランク冒険者だ」


 そう言って手を差し出したのは、生き残りの護衛の片割れである黒髪の偉丈夫。身長は目算でも185cmはあり、肩幅も広く筋肉量も申し分ない。アーモンド色の目は知的で冷静、非常に落ち着いた雰囲気を纏っている。


 軽鎧と背中に円盾、腰にショートソードを提げているため恐らく[剣士]系統のジョブだ。先程の戦いを一瞬見たが、動きに無駄がなく相当戦い慣れている様子が伺えた。


「ソフィアやラナ氏が既にしたと思うが、重ね重ね礼を言う。本当に助かった」


「別にいいよ。私がやりたくてやったことだし」


 私の信条として、戦う力のない者に対して不当な暴力を振るう輩が許せなかっただけだ。カタギに手を出すヤクザが不義理であるのと同様、非戦闘員に手を出す奴はカスである。


 殴っていい相手は殴られる覚悟の出来ている戦士だけ、それ以外に手を出すのは絶対に許さない。


「正直あんたが来なければ俺たちは死んでただろうな」


「いやぁ、キミたちの実力を鑑みると、結構勝ち筋あったと思うけど」


「それは本気で言ってるのか? 流石にあの状況では勝ち筋など……」


「盾持ちの剣士ならパリイが使えるだろ。ソフィアに援護して貰って、正面だけに集中すればワンチャンあった」


「まさか、それで全部……? いやいや、高位の冒険者ですらそれは難しいぞ」


 パリイは前衛職が出来る行動の中でも、攻撃とガードに次いで重要だ。タイミングさえ合わせれば、多段ヒットするもの以外の攻撃全てを弾ける。上位プレイヤーともなれば、パリイ出来ることは大前提。特に対近接において、パリイを狙って睨み合いになることは珍しくない。


 とはいえ集団戦では横を抜けられたら終わりだし、相手がラナを狙っている以上そんな悠長なことはさせて貰えないだろう。今のは理想の形で、数人倒せれば形勢はもっと変わっていたという話だ。


 結局、現場の判断は本人がするしかないからな。リスクを考えて出来ないと判断したケインに否はない。実力で言えば、賊よりもよっぽど上だったから勿体ないとは思う。後はまあ……純粋に技術不足の可能性もあり得るか。


「あ、ディアントが見えて来ましたよ」


「にゃっ!?」


 そんな話をしている間に、馬車はディアントのすぐ近くまで来ていた。道の先に高い外壁が見え、ランドが身を乗り出して目を輝かせる。


「あれが、人間の国……」


「やっと来れたな」


 国というか都市だが、とにかく憧れた場所に辿り着いた感動はひとしおだろう。嬉しさで全身の毛がモファっている。こうも素直に喜んでいると、私まで笑顔になってしまうな。


「喜べランド、なんとこの街にはカジノが存在する」


「カジノ!? それってもしかして、人のやるすっごいハードでハレンチな遊びにゃ!?」


「そうだ。それに世界で2番目にデカい図書館があるし、超有名なファッションブランドの支店もある。美味い食べ物は沢山、まさに酒池肉林の楽園だ」


「ふにゃああぁぁ! 行きたい、行きたいにゃっ!」


 ディアントには数多存在する主な施設が全てあり、1つの都市で生活が完結するようになっている。勿論他の都市には上位互換の施設もあるが、活動の拠点としては1等地。ゲーム時代も、数多のプレイヤーが居を構えていた。


「勿論全部行くが、まずは――冒険者登録からだな」


 そして主な施設の代表である、冒険者ギルドが立地的に最も通いやすい。プレイヤーの設定は世界を旅する冒険者だ。それを遵守し、まずは私とランドの冒険者登録を済ませてしまおう。







◇TIPS


[自由都市ディアント]


ローンデイル大陸中央部に位置する

ザグリス王国から独立した都市。


その自由と自立を尊重する気風から

数多の冒険者や在野の人材が好んで滞在している。

名物ははちみつ揚げパン。

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