第6話 TNTNが丸出しのオークは18禁同人誌だけにしろ

 オスカントの森は、単なる森と言うよりも樹海だ。隣接するエリアに[ギオーラ火山]という場所があり、ここはその溶岩流の上に成り立っていいることから、正しくそう呼んでもいいだろう。


 私はその樹海を、前回よりもよっぽど深くまで探索していた。


 鞄にはすぐに取り出す必要のある物を、インベントリには今まで集めた残りのアイテムを、腰には剣と油の入ったランタンを提げている。見た目だけで言えば、一端の冒険者のようだ。


 あの都市にはもう帰らない。森を抜ける最中にレベルを上げきり、そのままオスカントを脱出する。故に、モンスターとエンカウントする必要があるのだが――


「探すといねーじゃねえかアイツ!!」


 見事に物欲センサーが発動していた。


 特に初日に私へ屈辱の敗北を叩きつけてくれやがったあのクソクソダニゴミウンコカスカス虫こと、アークマンティス。あれをブチ殺して人としての尊厳を回復するまで、私はこの森から出る気はない。


「ったく……」


 上記の致し方ない理由から機嫌の悪さを露骨に出しながら、ノシノシと森を歩いていた所、漸く木の陰から何かが姿を現した。


「ブフォ……!」


 全体的に筋肉質で剛毛に覆われた体に、猪を思わせる頭部をくっつけたような姿。全裸で、濁った黄銅の瞳には一切の知性が感じられない。


 これは―――――ちんちんが丸出しのオークだ!


「えっ、あれ、なんか凄いモノがブラブラしてるんですけど?」


「ブフ……ヴァファ!!」


 私の目は自動的に股間へモザイクが掛かるフィルターを内蔵している為セーフだったが、これは公然わいせつ罪だろ。何で服着てないんだよ、ゲームだとちゃんとしてたじゃん!?


 これはあれか? 『森の中でエンカウントする野生のモンスターが服を着てる方が不自然』という部分に世界が配慮した結果、こうなったのか?


「いやいやいや、そういうの良いから! 服を着る知性くらい与えとけや!」


 そう叫ぶと、オークは姿勢を低くして足を後ろへ蹴り始めた。明らかに言葉は通じてない、普通に攻撃態勢に入ったのだろう。しかし、その蹄で地面を掻くのはやめろ、連動して股間のソーセージも揺れてんだわ。


「ブルルルァッ!!!」


「ッ!」


 何だか調子を狂わされてはいるが、いよいよ突っ込んで来たオークの速度は尋常ではない。この勢いでぶつかられたら、フッ飛ばされるのはこっちだ。


「あーもう! おやめくださいお客様ァ!」


 直前で横に飛んで躱すと、オークはそのまま走り抜け、大木にぶつかって止まった。その数瞬後、木の幹に亀裂が入り、森の中に横たわる倒木が一つ増えた。


「威力は洒落にならないな……」


 諸に喰らえば、確実に内蔵が破裂する威力だ。絶対に正面から戦わない方がいいだろう。


「ふぅぅ……」


 私は漸く剣を抜いて、大きく息を吐いた。まずは脱力だ、なんかテレビで凄い剣道の先生が大事って言ってた。それから、静かに構えを取る――――



「ブモッ!?」



 その直後、オークの目が見開かれる。今更ながらに、相手が抵抗してくると分かったのだろうか。


 LAOのモーションアシスト無しだが、私は元々オフでやるのがポリシーだった。今更あろうがなかろうがあまり関係無い。動きなら


 エンカウントしたのがアークマンティスじゃないのは残念だが、まあスキルの試し打ちもしたかったところだ。この戦闘で勝負勘を取り戻させて貰おう。


「[血の魂契ブラッド・ソウル]」


 発動すれば効果は永続、与ダメージ1.2倍、被ダメージ1.5倍のリスク・リターンを兼ね備えたスキル。おまけで色々効果はあるが、今は取り敢えずそれだけ分かっていれば良い。


「ブ……ブモォォオオオ!!」


 いきり立ち、何処か鬼気迫る勢いでオークは私に突進してくる。


 丁度吐いた息を吸った直後、呼吸のタイミングは完璧。視界も良く開けて、相手の動きも捉えられている。コンディションとしては、程々に良好。後は体がちゃんと動くかだが、それについても問題は無さ気だ。


 無意識に口角が吊り上がる。まるで映画の悪役のように、歯を剥き出しにして笑ってしまう。オークはそれに気付いたのか、一瞬目が合った。


「じゃあ、目でいいか」


 ぶつかるまであと少しという所で、私は突進の進路上から横に逸れる。腕を鞭のようにしならせ、すれ違いざまにオークの眼球へと下から斜め上に剣を突き刺した。


「おっ……!」


 筋繊維をブチブチと裂く感覚がする、思った以上に硬い。いや、猪なんだから当然か。


 しかし、私のSTRは670、80レベルのオークと仮定した場合、奴の補正ステはSTRとVIT。DEFは恐らく1500前後で、STRとの差が3000以上無い場合仕様上ダメージはきっちり入る。


 加えて攻撃した箇所が急所の場合は弱点特効が発動、DEFを無視してダメージ計算が発生し、且つ[血の魂契ブラッド・ソウル]で威力は更に伸びる。


 その上速度の乗った状態で、眼球に剣を差し込まれたらどうなるか。相手から死にに来るようなものだ。一応途中で頭蓋骨にぶつかるのを危惧して、少しだけ向きを修正。


「フゴッ――」


 そうして、剣先が決定的な何かに達した。直後、私は剣を持つ力を強め、足を踏ん張る。凄まじい突進力に体ごと持っていかれそうになるが、次第にそれも弱まっていき、更に剣が奥へと突き刺さった。


 完全に脱力してその場に倒れ込むオークから、剣を引き抜いて血を払う。この辺、ゲームだと出血のエフェクトはあっても血糊は付かなかったから初体験だ。鼻腔に擽る血の香りは、なんというか……豚骨スープみたいな匂いがした。


「改善の余地あり、って感じだな」


 脳を刺し貫かれたオークは絶命した。いとも簡単に、この世界では戦闘処女の女に敗れた。私の戦い方は稚拙極まりなかったが、それ以上に相手に知性が無かった。恐らくもっと賢い相手では、こうも行かないだろう。


 ただ、なんかもっとこう――興奮するかと思っていた。やらしい意味じゃなくて、ゲームだとオークのAIはもっと手強かったし、色々絡め手も使ってくる。それを考えると、今の奴は余りにも手応えがなさ過ぎた。


 加えて、一度でも脳に致命的なダメージを受ければ生き物は死ぬ。そういう現実的な部分が、今の戦いに顕著に出ていた。HPとDEFが幾らあろうと、一瞬でそれがゼロになる。


 ゲームよりシビアだが、故に呆気ない。


 闘争とは、生物の本質だ。闘争無くして人間は生きられない。現代であっても、それは暴力以外の形を取って社会に組み込まれている。


 私は、LAOに闘争を求めて遊んでいた。仮初めだろうと、乾いた現実生活の中でLAOをやっている時だけは満たされていた。肌のヒリつくようなギリギリの戦い、不利な状況から盤面を覆して勝ち筋を掴むあの感覚。


 恐怖もある、死にたい訳では無い。だがしかし、あの遊びを本当に本気で出来るのなら、この世界は私にとってこの上なく最高の場所だ。



「……よし!」



 ここを出たら世界中にいる強いNPC、全員シバき回しに行こう。












===================

Level:28→39

HP:1530→2789

MP:330→460

EXP:245/56700


STR:670→1120

VIT:289→456

AGI:803→1340

MAG:57→86

DEF:55→92

MND:160→201

===================


 





 それはそれとして、殺したオークの肉は果たして本当に猪や豚のような味がするのか興味があった私は、開けた場所を探して野営することにした。


 1世紀前のキャンプアニメが再流行して、その影響でソロキャンしまくってたお陰か野営も苦ではない。手際よく竈と火の準備を済ませると、切り取ったブロック肉を剥ぎ取り用ナイフに刺して焼き始める。


 本当は血抜きをするべきなんだろうが、私はちょっと試したい事があった。吸血鬼として、血の味がどう感じるのかが知りたいのだ。ただ、流石にいきなり生の血を飲むのは憚られるので、生焼けで肉を食べることにした。


「じゅる……」


 ただ、そんな事は杞憂かも知れない。血の匂いを嗅いだだけで、空腹が刺激される。今まで一度たりとも食欲が沸かなかったにも関わらずだ。


 動物の生き血でも、吸血鬼の欲求は満たされるのだろうか。


 生焼けの肉の上に、浮いてきた血と脂が渾然一体となって凄まじく良い香りを発している。これはもう、肉が早く食えと訴えかけて来ていると言っても過言ではない。


「頂きます」


 辛抱堪らなくなった私は、肉に齧り付く。その瞬間、血と脂が渾然一体となった物が口の中いっぱいに溢れて、旨味を直に伝えてきた。


「うっっっっっま!?!? なんじゃこれ!?!?」


 これは肉自体と言うよりも、血から感じる味の方が強い。ただ、普通の人が感じる生臭さは一切なく、ただただ生命の旨味が濃縮されたような味がする。


 まるで、命のスープだ。


 思わず検証のために血を溜めておいたカップを手に取ると、一気に飲み干した。やはり美味い、若干の雑味はあるが、それを補って余りあるコクがガツンとくる。


 それから暫く、私はオークの血肉を貪り続けた。生で食べる内臓は特に美味で、ほっぺたが落ちるかと思うほど濃厚な味わいだった。


「うめ、うめ……!」




 人の形をしているが、オークは美味い。私の奴らを見る目が若干変わった瞬間であった。

 







 それから長時間火を炊いていると生き物が寄ってきそうなので、一晩中真っ暗な森の中でジッとして朝を迎えた。日が昇ると共に動き出した私は、とても大変なことに気付いた。


「方角が分からない……!!」


 そう、今自分がどこへ向かって歩いているのかが一切分からないのだ。ゲームだとあったマップ機能は失われ、ここは深い森の中。吸血鬼になったことで人間より多少感覚は敏感になったが、それでも「どっちが北か」なんて分かる筈がない。


 森を進みつつアークマンティスを探すという計画だって、そもそもあれから1年経った。もしかするとこの辺りにはもういない可能性だってある。


 完全に行き当たりばったりであることがバレた瞬間と言っていい。だがしかし、行き当たりばったりで始めたのなら、最後までそれを貫き通すのが私のポリシー。


「よし!」


 取り敢えずその辺で拾った木の枝を地面に立て、倒れた方向へと進むことにした。頼っておいてアレだが、これリアルで真面目にやったことある奴絶対いないだろ。


「おっ、最初は右だな」


 ともあれ、何かあるまで右に直進して何もなかったら……その時はその時だ。







◇TIPS


[弱点特効]


主に眼球や内臓などの急所を攻撃した際に、与ダメージが上昇する。

防御力を無視した倍率での計算になるため

一撃死も珍しくはない。


尚この世界において急所を攻撃されることは

より確かに死を意味するであろう。

生命の根幹を成す物を破壊されては

羅列された数値など何の意味も持たないのだから。


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