第二部 序章
39 第二部オープニング ~ 妖精の子
「あの子が大人になれずに死んでしまうというのか!」
男は目の前の祈祷師に叫んだ。男は裕福そうな身なり。それもそのはず、王都で高級服飾店を営む家の主である。
一方の祈祷師は一般人には見えないものを見る”恩恵”を持つ者。うさんくさいが、この国では珍しくない職業だ。
「誰もいない家の中で、一人で誰かと話をしていたことなどなかったですかな?」
「確かにあったが、子供というのはそういうものでは……」
娘は体の弱い女の子だった。母親に似た黒髪、肌は白くて、透き通るような雰囲気の少女。家の中で一人で遊ぶのが好きな子供。
「すぐに死んでしまうわけではありません。とにかく13歳までに体を鍛えなさい」
祈祷師はそう言って帰り支度を始める。彼にできることは見る事だけだ。もっとも助言ぐらいはできる。礼金は多めに受け取っている。
「あと一つ」
「なんでしょう?」
「こういった事は教会のほうが専門だ。訊ねてみなされ」
・・
「娘のメイのことで相談がありまして」
男はようやく会えた目の前の司教に、すがるように話しかけた。人と恩恵の神教会とは服の納入で取引があった。そこから伝手を辿り、なんとか上位の司教まで繋いでもらったのだ。祈祷師から言われたことを伝える。
「なるほど。妖精の子ですか。それは確かにこの教会のほうが専門ですね」
司教は黒髪の娘を見ながら父親に話す。
「なんでしょうか、それは」
司教は解説する。妖精が見えてしまう子供。体が弱く、存在感が薄い。そういった子供がある程度いて、妖精の子と呼ばれているとのこと。
「妖精の子は14歳になる前に死んでしまいます。ただ……」
「ただ?」
「大人になれた例もないわけではないのです」
「それはどうすれば!」
司教が言うには、まず体を鍛えろ。そしてダンジョンに入れ。
「ダン、ジョン?」
「ダンジョンでなくともよいが、とにかく魔物と戦って倒し、経験を積むのだ」
「この子が、魔物と戦って倒すのですか?」
「それも一体ではなく、恩恵を授かるまで倒すのだ」
「それで、そのダンジョンに行けばよいのですね」
「そうなのだが、問題がある」
司教は説明する。
「まず、娘さんは自分の力で魔物を倒さねばならない」
父親は考える。果たしてこの子にそんなことができるのだろうか。
「そしてもう一つ、王都のダンジョンには子供は入れないのだ」
大人になるにはダンジョンに行かないといけないのに、ダンジョンには子供は入れない。これは詰んでいるのでは。
「ダンジョン以外でどうにかならないでしょうか」
「娘さんは体が弱い。山を巡って魔物を倒す冒険などは無理だ。まずは体を鍛えなさい」
・・
それからしばらく、男はとにかく娘には栄養のあるものを食べさせ、剣の稽古をさせるなどしてみた。しかし雇った剣術の師範は娘には剣の才能がないという。せめてゴブリンぐらい倒せるようにならないものかとは思うのだが。
そんなある日、男は新しいダンジョンが発見されたという話を耳にした。聞いたこともない辺境の男爵領。しかしそこならば子供も入れるかもしれない。男は引退した元番頭に会いに行く。
「ダストン、メイのことで頼みがある」
初老の元番頭は、メイを新しいダンジョンに連れて行くという男の頼みを承諾した。
「メイちゃんのことなら私の命に代えても」
「すまない、ダストン。頼む」
男は金を用意し、護衛の冒険者を手配する。そして条件を伝える。
「メイが自分で魔物を倒さねばならんのだ。手伝ってもよいが守っているだけでは駄目らしい」
「しかしどうやって」
「考えたのだが、投げ矢でどうだろうかと」
「……とにかくやってみるしかないですな」
「頼む」
急いでメイは出発することになった。14歳までのいつが制限時間なのかは分からないのだ。その日は明日かもしれない。
「お父さん、お母さん、メイは行ってきます」
メイは明るく手を振る。
「メイ……」
両親はその姿を見送ることしかできなかった。
――
メイの挿絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652420970107
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