匂いと匂わせ

「ねぇ、瑠夏」

「今度はなに……?」

「私が髪、洗ってあげようか?」

「ぶっ‪……!?」


俺は梨音の突然の提案に驚き、某新婚番組の司会者のようなずっこけ方をした。


「ど、どうしたの瑠夏!? 瑠夏さんいらっしゃい!?」


彼女も考えることは、同じだった。


「どうしたもこうしたも、梨音が急に変なこと言うから……」

「だって私、髪洗う自信あるからね! この前だってお母さんの髪洗ってあげたし」

「そ、そう……」

「それに、こういうの恋人って感じがしていいんじゃない?」


恋人っていうより、兄弟なんだよな……と、あえて言わない俺であった。


「と、とにかくいいよ洗わなくて! 俺自分で洗えるから!」


と、俺は断ったが……


「嫌だ!」


断るのを断られた。


「お願いー! 洗わせてよー! 背中も流させてー!」

「なんか要求増えてない!?」


多分、言っても無駄だろうな……


「わかった。いいよ」

「やったー! じゃあ、早速洗っちゃうわよー!」

「おわっ!?」


俺から承諾を得た瞬間、梨音はハイテンションで湯船から上がり、そのまま俺に抱きついてきた。

それにより、高級クッション並みに柔らかいものが背中に当たったような感覚を味わった。


「ちょちょちょ……待って……!?」

「ん? どうかした?」

「い、いきなり裸で抱きつかれると……その、色々当たって……」

「え? なにがー?」


わざとらしく言いながら、彼女はさらに柔らかいものを背中に押し付けてきた。


「えっと……だからその、おっ、おっ……」

「ごめんごめん。いじりすぎちゃったわね」


俺がその柔らかいものの正体を言おうとしたが、梨音に打ち止めされ、事なきを得た。


「で、瑠夏。シャンプーなんだけどさ、たまには違う匂いのものを使ったほうがいいんじゃないしら?」

「違う匂い?」

「ええ。私、お泊まりのためにこれを持ってきたのよ」


と、言いながら彼女はシャンプーを出してきた。


「瑠夏の家のシャンプー、アジサイの香りでしょ?」

「そ、そうだけど……」


俺はそう答えたが、シャンプーの香りなんて考えたことなかった。シャンプーは家族共有で母が買ってきている。

そしてアジサイの香りということも、自分の匂いをかいだとかではなく、パッケージにそう書いてあっただけである。


「それもいいけど、私のおすすめはこのラフランスの香りね。ふふふ……」


と梨音は少し怪しげな笑みを浮かべながら、手に持っている文字を指差した。水に濡れてよく見えなかったが、ラフランスの香りって書いてあるのだろう。


「ラフランスの香りね……」


と、俺はポツリと呟いた。しばらくすると、梨音は手にシャンプーをつけ、俺の髪に手を置き、擦り始めた。


「うわっ!?」

「ほら瑠夏、鏡を見なさい!」


と、梨音は身体ごと俺を鏡の方に回した。そして、段々と泡立ってきたことが、鏡を見てわかった。


「じっくりとていねいに洗ってあげるわ!」

「あ、ありがとう……」


異性に髪を洗ってもらっている……この状況が俺にとってはあまりに現実離れしすぎている。だから、不思議な気分だ。


「かゆいところはございませんかー?」

「床屋かよっ!」

「一度言ってみたかったのよねー」

「そ、そう……」


もはや既にハイテンションな彼女についていくことは困難だ……


「あのさ。これ、梨音が使っているやつでしょ?」

「えっ……そ、そうよ」


ここで俺は、このシャンプーで気になっていることを聞くと梨音はあっさりと認めた。意外だ。一、二段階くらいはぐらかすと思っただけに……


「なんで分かったのよ?」

「梨音の怪しい笑みもそうだけど、ラフランスの香りってのを見てもしかして……って思ってさ。ラフランスって洋梨でしょ?」

「なるほど。梨(音)だけにってことね」

「……」


その言葉を聞いた直後、俺は下を向き、両手で顔を覆った。


「る、瑠夏。どうしたの?」

「……なんでもない。ただ、自分で言って恥ずかしいと思っただけ……」

「あらあら。かわいいわね」


こうして、俺はからかわれながら、髪を洗われた。


「はい。流すわね〜」

「わかった」


梨音はシャワーを俺の頭にかけ、泡を流した。


「じゃあ、リンス塗ろっか」

「いや、いいって……そこまでしなくて」

「ダメよ。髪はちゃんと綺麗にしなきゃ。私も普段つけてるわよ」

「は、はい……」


って言われてもな……俺普段リンスつけないんだよ。

でも、言っても聞かないと思うので、俺はお言葉に甘えることにした。


「あ、リンスは母さんのあるからそれを……」

「ダメよ」

「え……」

「私のリンスを使って」


そう言いながら、今度は自分のリンスを取り出した。そして、さっきのシャンプーと同じく、それを手につけ、俺の頭に塗りたくった。


「こ、これもラフランスの香り?」

「ええ。そうよ」

「そ、そう」

「ふふふ……これで瑠夏の髪は私の匂いと同じになったわ……私の匂いと同じの瑠夏、ああ。もう想像しただけでも興奮するわ」

「……」


風呂場であるはずなのに、俺は寒気を感じた。


「じゃあ、地肌に馴染ませるから……その間に身体洗っちゃいましょうか。ボディーソープはどれ?」

「あー、これだよ」

「ありがとう」


俺は3つ並んでいるボトルの一番右側を指しながら、教えた。

ボディーソープは自前じゃないんだな。


「じゃあ、身体洗うわよ」


梨音はボディーソープをつけた手で俺の脇腹を触った。


「ひぃん……」

「ふふふ……やっぱり」

「や、やっぱり!?」

「瑠夏の弱点は脇腹だったわね」

「!?」


なんで知ってるんだ……男友達の充希ですら知らないんだぞ、この弱点は!


「なんで私が知ってるかは、そのうち分かるわよ。じゃあ、おふざけはこのくらいにして、続けるわね」

「あっ、ちょっ……」

「それよりも、今日の夕食は何を作ろうかしらね」

「!?」


梨音は聞く隙を与えぬまま、露骨に話を逸らした。まだ気になることはいっぱいある。だが、そんな考えを吹き飛ばすような話題が襲いかかってきた。


「あ、あのさ……梨音! 梨音はお客様なんだし、俺が作るよ!」

「えー? でも、私の料理食べてほしいなー」


ダメだ……またコゲコゲのダークマターを作るかもしれない! 爪とか入れるかもしれない! それを阻止するためには、俺が飯を作るしかないんだ! 大丈夫! 最低限のレシピはわかる!


「り、梨音。俺、料理が趣味だから……頼むから俺に作らせて! あっ、梨音に俺の料理、食べてほしいなー」

「そ、そう……(また私の爪とか髪とか入れようと思ったのに……くっ)」

「ど、どうかな……」

「分かったわ。瑠夏……じゃあ、私の言うこと聞いたら料理させてあげるわ!」


な、なんで俺の家なのに指揮取られてるんだ……


「私と一緒に湯船に浸かって」

「え……」

「そうしたら、瑠夏に作らせてあげるわ」


そ、そんなことをしたら俺の理性が飛ぶ……どうしてそこまでして俺に作らせたくないんだ……まさか、俺の目論見が読まれてるとか!?


(爪とか髪を仕込めないのは残念だけど、瑠夏の身体を密着できるなら安いものよ。どっちに転んでも私に得しかないわね!」


「わ、わかった……一緒に入ろう」

「やった! これで決まりね!」


――このあと、めちゃくちゃ混浴した。




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