第6話 ステータス、オープン!

「いぇ~い、コーチ! ちゃんと飲んでる~?」

「飲んでるし、食べてるよ」


 チビチビと飲むシオンとは対照的に、なぎさは早くも2缶目に手を伸ばしていた。

 シオンはあえて聞かなかったが、もしかしたら俺にお酒を勧めたのは、なぎさが飲む口実を作りたかっただけなのかもしれない。


「ねぇねぇ、コーチは酔っ払うとどんな感じになるの? なぎささんみたいに甘えてくるの?」

「ちょ、ちょっとロッキー!? 何を言ってるの!? 私はそんなこと──」

「ありますね」

「うん、あるよね」


 あおいやリリーの反応を見ると、どうやらロッキーの言葉は正しいらしい。


「ねぇ、マロン。皆が私のこと虐めてくるの……私、そんなことないわよね?」

「え……えっと……はい」


 そして多分、マロンがダル絡みされるまでが一連の流れなのだろうとシオンは理解した。


「一応聞くけど、皆は成人してるのか?」


 全員が首を横に振る。

 分かってはいたが、全員未成年らしい。

 とは言え、それは驚くべきことではなかった。

 アルスナのようなシューティングゲームは、反射神経が極めて重要になってくる。

 反射神経のピークは10代から20代前半──その影響もあって、アルスナは若いプロゲーマーが大半を占めているのだった。


「よく考えたら、俺はまだ皆のことをほとんど知らない。この機会に自己紹介と行かないか?」

「いいですね、まずはあなたからお願いします。私たちもどこの誰かも分からない相手に個人情報を易々と渡したくはないので」

「それもそうか。人に名を尋ねる時は、まずは自分から──って言うしな」


 もしくは言い出しっぺの法則。

 何を話そうか──シオンが頭の中で言うべきことをリストアップしていると、


「コーチって彼女いるの~」


 いきなりロッキーからの際どい質問。

 シオンが聞いたら、セクハラで即アウトなやつだ。

 シオンに彼女はいないが、ここはあえて見栄を張る事にした。


「──ご想像にお任せする」

「ロッキー、いないって」

「そっか、そうだよね~」

「ちょっと待てや、おい」


 シオンのなけなしの虚栄心は、リリーとロッキーによる波状攻撃であえなく崩れ去ることになった。


「じゃあいるんですか~?」

「……いませんっ」

「見栄っ張りな性格なのがよく分かりました。いい自己紹介ですね」


 リリーの言葉にドッと笑いが巻き起こる。

 顔が熱くなっていくのは、アルコールのせいじゃないだろう。


「じゃあ、俺の自己紹介はこれで終わりでいいか?」

「いいえ、あなたの口からもっとちゃんと、色々なことを教えてください」

「分かったよ──」


 さっきからリリーの瞳の奥に嗜虐的な光が見え隠れしているのは、果たしてシオンの気のせいなのか──

 シオンに分かるのは、リリーがとげとげしいのは敵意故ではなかった、ということだけだった。


「それじゃ、今日から世話になる海堂至恩だ。今20歳で、コーチは来期で3年目になる。前に少し話したが料理には少々自信がある、リクエスト募集中だ。プロリーグのことで分からないことがあったら聞いてくれ。大抵の質問には答えられるはずだ──」


 当たり障りのない自己紹介だが、シオンはそれでいいと思っていた。

 そもそも、選手たちが野郎のプライベートに興味を示すはずもないだろう。

 コーチとしての力量なら練習中に示せばいいのだから、ここで長々と自分語りする必要をシオンは感じていなかった。


「じゃあ、俺はこんな所で……次は皆の話を聞かせてくれ」

「ちなみに──コーチは、私のどんなことが知りたい?」

「そうだな……本名と年齢、あとIGNの由来も聞きたいな──後は趣味とか好きな物とか……何でもいいから、自分のことを最低ひとつは教えてくれ」

「はーい。じゃあ、私からでいい?」


 まずは、シオンの隣に座っていたあおいが先陣を切ってくれるらしい。

 こういう時に自分から手を挙げてくれるのは、とても助かる。


「三澤葵、18歳で多分最年長? IGNは『あおい』から連想して『ソラ』──後は何か私のこと話せばいいの?」

「そうだな、趣味でも好きなことでも──何でもいいぞ」

「じゃ、コーチが知りたいことで」

「無茶ぶりだな……」

「NGなしだから──スリーサイズでも聞いてみる?」

「──んぐっ!」


 危うくビールを噴き出しそうになってしまった。

 咄嗟に口を閉じたおかげで周囲に被害はなかったものの、一歩間違えれば祝いの場が大惨事になる所だ。


「あははっ──いい反応」

「あのなぁ……」

「今のは冗談だから。でも本気で知りたいなら──」

「休日! あおいは休日は何してるんだ!?」


 わずかに微笑を浮かべたまま、澄んだ声色で淡々と話してくるせいで冗談に聞こえないのが余計にタチが悪い。

 これ以上あおいのペースに持ち込ませるわけにはいかない──シオンの第六感がそう告げていた。


「寝てるかな──それで眠くなくなったら散歩に行って、また寝る。そんな感じ」


 あおいはわずかに不満げな顔を浮かべたが、それ以上の抵抗はしなかった。

 また変なことを言うんじゃないか、とシオンはドキドキさせられたが、幸いなことにその心配は杞憂に終わった様だった。


「言いたい事は色々あるが……先陣を切ってくれて助かったよ、あおい」

「ん、これからよろしくね。コーチ」


 あおいは口数が少ないだけで茶目っ気がないわけではないらしい──シオンはあおいへの印象をアップデートしておくことにした。


「じゃ、次は……マロン。お願いしてもいいか?」

「わ、私ですか……!?」

「ああ、頼むよ」

「は、はい……」


 どうやらマロンは自分に振られるとは思っていなかったらしい。  

 すぅはぁ、と一度大きく深呼吸してからポツポツと話し始めた。


「えと、小栗結菜……16歳です。マロンは名字の『栗』から取りました。服が好きだけど……店員さんが話しかけてくるので、大体ネットで買ってます……」

「服か……そう言えば今日は前着てたみたいな、地雷系? みたいな服は着てないんだな」

「今日はこのパーティーの準備があったので……って、分かるんですか!?」


 物凄い喰いつき……何かスイッチが入ったような音が聞こえた気がした。

 先ほどまでの引っ込み思案なマロンの面影はそこにはなく、机の上に身を乗り出さんばかりの勢いで、シオンの方を凝視してきていた。

 その様子はさながら捕食者──マロンの背筋に一筋の汗が流れた。


「いや、なんとなく……聞きかじりの知識程度だが。アルカンジュ? ってブランドが有名なんだっけか」

「アルカンジュっ!! そこまで知ってるんですね? だったら……ル・ノワールは!? スーリールもいいですよね……あの手加減なく甘さに全振りした所とか──」

「す、すまん──そこまでは……」


 言い方は悪いが、オタク特有の早口というやつだろうか。

 普段が大人しいだけで、こっちが素の姿なのかもしれない。


「ご、ご、ごめんなさい! わ、私興奮すると……いつもこんな感じになっちゃって……」

「そういう所もカワイイんだけどね~、マロンは!」


 さっきまでの勢いはどこへやら、急激に萎れて小さくなってしまったマロンの頭をロッキーがポンポンと撫でている。

 他の選手たちも驚いた様子を見せていないところを見ると、皆には既に知れ渡っているらしい。


「じゃあ次はあたしの番ね~! あたしはリズ・ホワイト、カリフォルニアから来た17歳で~す! ロッキーはうちの犬の名前! ほらこれ、可愛いでしょ~?」

「……デカいな」


 写真に映っていたのは、目のくりっとした大型犬とじゃれつかれているロッキーの姿だった。

 長身のロッキーと比較しても見劣りしない体格であるのを見ると、大型犬の中でもかなり大きな方なのだろう。


「そういえば、元から日本に住んでたわけじゃないなら……ロッキーはどこで日本語を覚えたんだ?」

「おばあちゃんが日本人だから、教えてもらった~」

「なるほどね」


 ヤケに日本語が上手いとは思っていたが、身内に日本人がいるのならそれも納得だった。

 せっかく強い外国籍の選手をチームに組み込んだとしても、試合中にコミュニケーションが取れず、力が発揮できない──というのはよくあることだ。

 その心配がないというのは、シオンにとっては大きなプラス要素だった。


「それじゃ……最後はリリー、お願いしてもいいか?」

「──染野麻由里、17歳、IGNに由来はありません。休みの日はずっとソロランクに潜ってます……以上です」

「休みの日もずっとアルスナ漬け……よっぽど好きなんだな」

「ええ、普通に働くより稼げますから」


 何とも淡泊でそれでいてリリーらしい答えだ、とシオンは思った。

 確かに、アルスナのプロになれば若いうちから稼ぐことができる。

 中には10代にして億単位の年俸を手にする選手だっている。

 シオンのよく知る選手も、そうやってアルスナドリームを掴んだ。

 だけど、どこまで行ってもアルスナはゲーム……楽しむためのものだ。

 だから、問いたい。


──リリーは今、アルスナを楽しめているか?


 とは言え、今のシオンにはそのことを聞く勇気も、資格もなかった。


 頭の中を埋め尽くそうとする靄を振り払って、シオンは大きく手を叩いた。

 パチン、という甲高い音に釣られて視線がシオンに集まっていく──


「今日は皆のことを、少しだけど知れてよかった! これから俺たちは来年に開幕するプロリーグ戦に向けて練習を開始するが……目標はもちろん2部リーグ優勝、そしてトップリーグ昇格だ。チームの目標、個人の目標──色々あると思うが、俺はそれを全面的に支援する! 改めてになるが、皆──よろしくお願いしますっ!」


 共同生活を送る選手たちは全員が美少女……未だシオンに上手くやっていく自信はなかったが、なぎさに言われた通りまずは1ヶ月──できることをやっていこうとシオンは心に誓った。



※ ※ ※



「おーい、なぎささーん。ここで寝ると風邪ひくぞー」


 パーティーの後片付けが終わる頃には、なぎさは完全に酔いつぶれてしまった。

 今は机に突っ伏して気持ちよさそうに眠っている。

 あおいがつっついて起こそうとしているが、全く目を覚ます気配はなかった。


「これはダメそうだね~、どうする?」

「毛布だけかけて放置でいいんじゃない?」

「そうだね……! じゃあ私持ってくるね」


 マロンが毛布をかけると、いよいよ爆睡──寝息すら聞こえてくる。

 さほど珍しい光景でもないのか、毛布をかけ終わると皆は風呂に入るなり、部屋に戻るなり、自由に行動し始めた。


「さて……どうしようか」


 取り残された本日の主役──シオンがリビングのソファに腰かけていると、その頬にヒンヤリとした感触。

 横を見れば、あおいが缶ジュースを片手にイタズラな笑みを浮かべている。


「えらく古典的なイタズラだな」


 あおいから缶ジュースを受け取って、早速一口。

 よく冷えたジュースが、アルコールで火照った体に染み渡る。


「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」

「あんまり変なことじゃないなら」

「何で選手辞めちゃったの──ガーベルさん」


 一瞬の静寂が2人を包む。

 シオンは固まったままあおいを見つめるが、あおいは何も言葉を続けて来ない。

 どこか物悲しそうな微笑みを浮かべて、シオンの言葉を待ち続けていた。


 人違いではない、ガーベルという名前は確かに海堂至恩を指す言葉だ。

 だが、何故あおいがその名前を知っているのか。

 いや、知っているのはまだしも何故ガーベルがシオンだと分かったのか──


 ガーベル──それはシオンが選手引退と共に完全に捨て去った名前だった。



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