第86話 精神の狭間で

「ゆ・・・」


 思わず名前を呼びそうになる。

 しかし、


『名前を絶対に間違えないで下さい。そこで間違えたら終わりです。』


「っ!!」


 リーリエの言葉を思い出し、口を噤む。

 

 危ない所だった。

 だが、目の前にいる彼女はどこからどうみても百合さんにしか見えない。


 まぁ、格好はなんというか・・・見たことが無い格好をしているのだが。


 白いローブのようなものの上から胸当てをしており、手には薙刀を持っている。


 いったいどういう事なのか・・・


 いや、それどころでは無い!



 こうしている間にも、ルールーやレイリー達は戦っている筈だ!


 俺は更に集中する。


 深く

 深く


 そして薄っすらと何か文字が浮かんで来た時だった。


『・・・』


 突然の殺気。

 

 慌てて意識を戻すと、薙刀を振り下ろす百合さんが!!


「くっ!?」


 なんとか躱すも、あまりの鋭さに胸付近の薄皮を斬られる。


『・・・』


 無言で薙刀を横薙ぎにしてくる百合さん。


「ちぃっ!!」


 その薙刀をバックステップで躱した。

 間合いが広い!

 距離を取る・・・なっ!?


 百合さんの前に、多重の魔法陣が現れる。


『・・・【光の剣舞】』

「うおおおぉぉっ!?」


 魔法陣の中から多数の剣を象った剣が襲いかかってくる。


 俺はそれを気功術で弾き飛ばそうと・・・ぐっ!?斬られた!?


 最初の一本目を弾こうとしたが、そのままスッと剣で肉を斬られる感触がしたので、回避に移行する。


「くそっ!!」


 とんでもない速さだ!!

 一体どういう事だ!?


 なんとか剣が消滅するまで躱し続けるも、体中傷まみれだ。


 しかし、百合さんはそのまま手を前に向ける。

 まさか二発目か!?

 

 慌てて飛び込み間合いを詰めると、百合さんは薙刀で迎撃して来た。


 くそっ!どうすれば・・・


 ここで、天啓のようにヴィクトリアさんの言葉が脳裏に浮かんだ。


『幻想級は己が生み出したからと必ず従うわけでは無い。認めさせねばならぬ。それを、しっかりと理解しておくのだ。』


 俺を認めて無いって事か!?


 ならば・・・認めさせるまで!!


「【鬼神の血】【気闘術】!!行くぞ!!!」

『・・・』


 俺は百合さん・・・いや、目の前の女性とぶつかった。


 








「はぁ・・・はぁ・・・捕まえた・・・」


 この女性は強かった。

 薙刀の練度は高く、距離を取れば光魔法が襲ってくる。

 

 途中、魔法ではないよくわからない力で切りつけられた時、防御を貫通して危うく真っ二つにされる所だった。


 何度かこちらの攻撃を当てる機会があったが、どうしても攻撃できなかった。

 女性に手を出すのは・・・正直出来なくはない。


 キョウカの時にも殴り合っているし、訓練でみんなとやり合ったりしているからな。


 だが、この女性にはどうしても出来なかった。


 その姿に暴力を振るう事は。


 だから捕まえた。

 背後から抱きしめるように。


 目の前の女性は振り払おうともがいている。


 今のうちに名前を!!


 ・・・いや、違うな。


 戦う事で見えてきた。

 彼女の目の奥で藻掻いている存在がいる。


 その存在からは、俺を傷つける度に、泣き出しそうな慟哭が感じられた。

 その存在は、俺と向き合うと不安そうな気配を出していた。

 その存在は、こうして抱きしめると安堵しているような心を発していた。



 






 だから分かった。







 それは生前にいつも感じていたもの。

 俺が買い物を終え、村から離れる時にいつも感じていた悲しそうな、不安そうな視線。

 俺が村に来ると、ホッとしたように、嬉しそうにする表情。


 それは今も感じているもの。


 日々の暮らしで俺を気遣うもの。

 強敵と戦う度に不安そうな声音になるもの。


 ・・・俺をいつも助けてくれる気配。


 これは・・・この人は・・・


「・・・君はリーリエ、だな?・・・そして、百合さんでもある。」

『っ!!・・・あ・・・あ・・・』


 がくがくと女性の身体が震える。

 

 抵抗する力がどんどん弱くなっていく。

 

 そして、薙刀が手からこぼれ落ち、自らの手を、そっと抱きとめる俺の腕に添わし、


『忍様・・・忍さん・・・忍さん!!!!』


 涙を流しながら俺の方に身体を向け、抱きしめてきた。


 俺も抱きしめ返す。


『ああ・・・会いたかった!ずっとこうしたかった!!頑張ったんです!ずっとずっと頑張って来たんです!!あなたにもう一度会うその為に!!!』

「俺も会いたかったよ・・・百合さん、いや、リーリエか?」

『忍さん・・・私は既に百合ではありません。百合は死にました。あの頃、両親や村長の息子のせいであなたと離れ離れにされた時に、あなたの家に行こうと崖から転落し命を落としたのです。』


 ・・・そうだったのか。


「すまなかっ」

『言わないで!謝らないで!!あなたは何も悪くない。』

「・・・わかった。」


 こすりつけるように顔を寄せられる。


『今の私はリーリエです。魂こそ百合と同一ですが、サマーニャ様に新たな命を与えられたリーリエ。』

「そうか・・・リーリエ、ありがとう、今まで支えてくれて。」

『いいえ。私はその為にいるのです。あなただけの為に・・・』


 しばし抱きしめあう。

 

 心が落ちつく・・・


『・・・さぁ、名残惜しいですが、まだ戦いは終わっていません。ここは精神世界です。現実に出なければいけません。忍さん。続きを。』


 そっと手を離し、俺を見るリーリエ。 

 俺も頷く。


「ああ、わかっている。まずは・・・【覚醒】!」


 リーリエが光って・・・ん?

 羽が生えた?


『ありがとうございます。これで、サマーニャ様のところで得た全ての力を奮えます。先程まではロックされていましたから。さぁ、次は少し大変ですよ?』

「任せてくれ。」


 俺は目を閉じ集中する。

 

 額から汗が流れ落ちる頃、リーリエを縛り付ける鎖が見えた。

 かなり強力な鎖だ。


 これを斬るには俺の全存在をかける必要がありそうだ。


 だが、俺を今まで支えてくれたリーリエの為にも・・・斬る!!


 

「行くぞリーリエ!!」

『はい!来て下さい・・・忍さんっ!!』


 両手を広げて俺を待つリーリエ。


 俺は【鬼神の血】と【気闘術】と【解放】を発動する。

 これでは足りない!!

【切り開くもの】!俺に答えろ!!


 俺に惚れた女を救わせる為の力となれっ!!!

 

 


「おおおおおおっ!!!」


 手刀を振り下ろす!!


 しかし鎖は微動だにしない!


「あああああぁぁぁぁっ!!!」


 火花が散る!!

 


『忍さん!!忍さん!!!』


 リーリエの声!!


 負けられるか!

 俺は・・・俺は・・・俺はリーリエをっ!!!!

 一途に俺に寄り添ってくれている百合さんと共にありたい!!!!!


Pon!


 なんだ!?

 スキル獲得音・・・いや、これはスキルじゃない!?

 

 身体の内からこみ上げてくる力・・・称号か!?

 頭に浮かんでくる!?

 精神世界だからか!!


【御神の血族】


 なんだこれ!?

 いや、なんでもいい!!

 よくわからんが・・・これならっ!!!


「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 ギギギ・・・ギ・・・バキィィィィィ・・・ィンッ!!!!!


 鎖が粉々に砕け散る!!


 ぐっ・・・身体が・・・


 倒れそうになる身体。

 そっと抱きとめられる感触。


「ああ・・・忍さん・・・これでずっと・・・ずっとあなたの元で・・・ありがとうございます・・・」


 急激に世界に色と音が戻る。

 

 ヴィクトリアさんと死闘を繰り広げるルールー、キョウカ、チユリさん、ヴィヴィアンさんと・・・男のエルフ?

 それに額に汗を垂らしながら詠唱をしているリュリュとレイリー。


______忍さん、喚んで下さい。私を。_________


 頭の中に声が響く。


 ああ、喚ぶとも。

 

 魔力を集中させる。

 既に、限界は越えている。


 だが、それでも!!


「『我が内より来たれ!その力を以て我が身を助けよ!!』顕現せよ!リーリエッ!!」


 突然の俺の叫びに全員が俺を唖然として見た。


 そして光が迸り・・・光が収まると一人の女性の姿があった。

 その人は、長い黒髪を翻し、


「忍さんの求めにより、今こそそのお力に!ヴィクトリアさん!!あなたをお救い致します!!!」


 力強く宣言するのだった。

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