閑話 チユリの気持ち 上

 ボクは絶望の中にいた。


 あの日


 あの滅びの日をなんとか生き延びたものの、寄り添って作られた集落は、虎の獣人のクヴァイに支配されていて、お母さんは病気になり、ボクがどうにかしなければいけなかった。


 お父さんは、滅びの日にボクとお母さんを魔物から庇って死んでしまった。


 守ってくれる人は誰もいない。


 ボクは、お母さんによく似ていて、容姿は優れている方だと思う。

 でも、だからこそ、あのクヴァイはボクを狙っていた。

 いや、ボクだけじゃない。


 お母さんの事もだ。


 お母さんが病気じゃなかったら、多分もっと強引な手でボク達母娘を手に入れようとしていたと思う。


 でも、ボクには、獣人の中でもトップクラスに強かったお父さん譲りの強さもあった。

 だから、なんとかクヴァイの課すノルマをこなせられていた。


 あの時、他の獣人の女の子が逆らえないのを良いことに、無理やり襲われそうになっていたから、襲っていた虎の獣人からその子を庇った。

 その事自体は責められなかった。

 いや、そういう事になっていた。

 

 代わりに課せられたのが追加のノルマだ。


 それを聞かされた時、ボクはついにきたるべき時が来たのだと悟った。


 クヴァイ達がボクをどう見ていたのかは知っていた。

 

 だから・・・綺麗な身体でいられるのも、これが最後だと、お母さんに隠れて泣いていた。


 だって、そんなノルマはこなせないのが前提だったから。


 でも、逃げ出せない。



 お母さんは動ける状態じゃなかったから。


 お母さんは気丈だ。

 だから悟られてはいけない。

 もし、自分が足かせになっているって思ったら、多分お母さんは自ら命を断つから。


 そんな絶望の中、一縷の望みをかけて森の奥で狩りをしようと決めた。

 

 死ぬ事はできない。

 

 ボクが死ねば、お母さんは・・・


 だから、なんとかこなそうと決めた。


 魔物が相手であっても、一対一ならそうそう負けないだけの強さはあったし、最悪逃げる事くらいは出来る、そんな自信もあったから。


 でも、まさか魔物の群れに出くわすとは思っていなかった。


 ボクは絶望した。

 これでボクは終わり。

 汚されずには済むけど、代わりに食い散らかされて死ぬ。

 それを知ったお母さんは、多分自分が許せなくなって自殺する。


 ボク、そんなに悪いこと、したかな・・・


 そんな時、どこからともなくやって来た魔物・・・お馬さんがボクを助けてくれた。

 その身体を盾にして、イービルウルフの群れから守ってくれた。

 

 悔しかった。

 ボクのせいで、犠牲が増えるのが。


 そして現れたのだ。

 

 あの人達が。


 

 ニンゲン・・・シノブさんは強かった。

 そしてそのお仲間のエルフであるレイリーさんも、人魚であるリュリュさんも、鬼であるキョウカさんも。


 お馬さんは精霊であるルールーさんと警戒し合っていたけれど、戦いは始めなかったから一先ず安心した。



 その後、皆さんとお馬さんと戦い始めそうになったから、慌てて止めたけど。


 その後、シノブさん達と話をしたけれど、シノブさんはニンゲンとは思えないくらいに優しかった。

 そして、気がついた。


 レイリーさん達のシノブさんを見る目は、完全に恋する乙女の目だって事に。

 その目は、まだ平和だった頃の友達たちが、好きな雄を見る目に良く似ていたから。


 最初は驚いたんだ。


 だって、レイリーさんも、リュリュさんも、キョウカさんも、ルールーさんも、信じられないくらいに綺麗だし可愛いから。

 そんな人達が、ニンゲンであるシノブさんを好きだなんてって。 


 でも、すぐに納得した。


 シノブさんが、汚染された魔力で魔物化していたお馬さんを、暖かい力で助けてあげていたから。

 あの、暖かい力がこの人の本質なんだろうなって。


 だから、お馬さんもシノブさんを好きになっちゃうのも仕方がないなって思った。

 

 シノブさんにじゃれつくお馬さんを見てなんだか羨ましかったし。


 そして、その後だ。

 

 浮かない表情が出てしまっていたのか、心配そうにボクを見るみなさん。

 本当は、巻き込みたくなかったけど、でも、自分ではどうしようもなくて、相談してしまった。


 まぁ、リーリエさんには驚いたけれど。

 お話する能力の窓なんて初めてだし。


 シノブさん達は、ボクの話を聞いて本気で怒ってくれていた。

 そして、すぐに助けるって判断もしてくれたんだ。


 すごく嬉しかったと共に、とても申し訳なくなった。

 

 だって、クヴァイは強い。

 それに、他の虎の獣人もいっぱいいるから。


 でも、心配はいらなかった。


 シノブさん達は、簡単に虎の獣人達を一蹴してしまった。

 皆さん、とても強い。


 特に、シノブさんは凄かった。


 あのクヴァイを完全に格下扱いしていたの。


 その強さ、それにあの優しさ、あの暖かさ・・・


 トクンッと胸が疼くのが分かった。

 最初は、それがなんなのかわからなかった。


 でも、レイリーさんとルールーさんにお母さんを診て貰って、魔法で症状を和らげて貰った後、席を外してくれたレイリーさん達がいない中、お母さんと話をした時に、それがなんなのか教えて貰ったの。


「チユリ?あなたもしかして、好きな人出来たのかしら?そのシノブさんの事を話す時、笑顔が輝いているわよ?」


 最初は驚いてしまった。

 でも、よくよくなんでか聞いて見ると、ボクはかなりシノブさんを褒め称えながら、うっとりしていたらしい。


 ・・・なんだか、恥ずかしい。


「あらあら、真っ赤になっちゃって・・・あのチユリがねぇ・・・」


 お母さんがそう言うのにはわけがある。

 

 ボクは、胸をジロジロと見てくる雄が嫌いだった。

 だから、今までどれだけ言い寄られても相手にした事が無かったの。


 だけど、シノブさんは違ったんだ。

 変な目で見ず、ちゃんとボクの目を見て話をしてくれるんだ。


 ・・・まぁ、シノブさんは明らかに鈍感だとも思うけど。

 だって、あれだけ熱い眼差しを送るレイリーさん達の気持ちに、気がついていなさそうだから。


 でも、だからこそボクは決めた。

 

 今はまだはっきりとわからないこの気持ち。

 シノブさんと一緒に旅をして、もしこの気持ちがレイリーさん達と同じだったら・・・


 ボクもレイリーさん達と一緒に頑張ろうって!

 

 もし自分の気持ちが皆さんと一緒だったら・・・きちんと話して許して貰おうっと!


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チユリの気持ち 下 は次章になります

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