閑話 とある村での出来事

「どうして!!何故!?」

「お前のためを思ってだ。」

「そうよ。あなたも大人なんだからわかるでしょう?」


 とある時、とある村。

 一つの商家で娘と両親が言い争っていた。


「何故私が村長の息子と結婚しなければいけないのです!私には・・・」

「彼はもう来ない。」

「・・・え・・・?」


 父の言葉に、娘は言葉が詰まり呆然となる。

 

「彼は今後村には来ないし、あなたにも会わないみたいよ。」

「そんな・・・」

「彼の両親には品卸などで世話になった。だが、それももう良いだろう。」

「彼からは伝言を預かっているわ。『幸せになってくれ』だそうよ。」

「どう・・・して・・・」

「そもそも、彼にお前をやるつもりはなかったんだ。」

「そうよ?なんで娘が苦しい思いをするのが分かっていて嫁がせるなんて・・・」


 愕然としている娘の耳に、色々と話しかけている両親の言葉は届かない。

 

 彼女とその想い人は、口には出していないものの、それぞれお互いに想いを持っており、将来を共にしたいと漠然と考えていたのだ。

 娘は村住まいと思えないほど器量が良く、性格も良かった。

 当然、村でも人気があり、想いを寄せる者も多かった。

 しかし、彼女には想い人がいたため、誰の想いにも答えるつもりはなかったし、現にそうしていた。


「お前、村長の息子からの求愛も、想い人がいると言って断ったらしいじゃないか。それに怒った村長があの男の村への出入りを禁止にしたのだ。」

「そうよ?良い話だったのに、一歩間違えたらこちらまで飛び火して村に住めなくなる所だったわ。」

「まったくだ。あいつみたいに一人で籠もって暮らしているような貧乏人のせいで、こちらまで被害を被るのは堪らん。責任取ってあいつに伝えろとまで言われて・・・とんだ迷惑をかけられたもんだ。」

「本当よね。だから、娘の幸せを願うのであれば、二度と村に来ないように、そしてあなたとも会うなって言ったのよねぇ。あなたからは言いづらいだろうし、お礼を言われても良いくらいだわ。」


 しかし、そんな彼女も、両親のあまりの言い草に流石に反応を見せた。

 

「なんという・・・勝手な・・・なんという・・・酷い・・・」

「何が酷いのだ?」

「そうよ?村長の家は裕福だから、あなたは一生幸せに生きられるわよ?あんな貧乏人と一緒の苦しい暮らしをしなくて住むの。羨ましい位だわ。」


 だが、両親には届かない。

 娘は泣きながら両親を見た。


「幸せ?裕福なだけで幸せ?何を言っているの?私は、あの人と一緒に生きて行くために、身体を鍛え、知識を得て、料理も覚えたのです。それを・・・」


 娘の涙ながらの憤り、しかし、それも両親は嘲笑って言葉を返した。


「馬鹿な事を。あんな山猿のような暮らしをしてまで一緒になるだって?」

「まったくだわ。あなたも大人なんだから、もうちょっとよく考えなさいな。」


 それが決定打だった。


 娘は両親に頭を下げた。


「今まで育てて頂きありがとうござました。私はこの村に・・・この家にはもう居られません。あの人の所に行きます。」

「な!?」

「え!?」


 唖然としている両親。

 そして娘は飛び出した。


 すでに深夜だ。

 山を歩くのは自殺行為である。


「待ちなさい!待て!」

「止まりなさい!」


 必死に追いかける両親。

 しかし、娘は自らの言った通り、鍛えていた事もあり追いつけない。

 

「どうしたんだ!?」

「あ!娘が!娘が飛び出して行って山に!!」

「なんだと!?俺の女だぞ!?怪我でもしたらどうする!!あんたらが説得すると言っただろうが!何やってんだ!!」


 結婚に向けての打ち合わせのため、商家に向かっていた村長の息子が通りがかり、訳を聞き共に娘を追う。

 目的地は分かっている。

 だが、急がねばならない。

 

 夜の山は危険なのだから。






「はぁ・・・はぁ・・・」


 必死に山道を往く娘。

 山は険しい。

 夜なので足元も見えない。


 それでも彼を想い、必死で山を登る。


「・・・さん、・・・さん!!今、あなたの元に!!うっ!?」


 岩で足を滑らせ、くじいてしまった。

 痛みで顔が歪む。

 だが、


「・・・い!・・・ーい!戻ってこーい!」

「馬鹿な事しないで!早く帰って来なさい!!」

「あんな貧乏人の何が良いんだ!!俺のところなら絶対に幸せになれるぞ!!」


 両親の声が聞こえる。

 そして、あの村長の息子の声も。

 彼は、前から娘の想い人の事を蔑むような物言いをしていた。

 

「あんな人と一緒になっても、幸せになれるわけがない・・・なんでわからないの、お父さん、お母さん・・・」


 痛む足を引きずり山を登る。


 だから、気が付かなかったのだろう。




 すぐ横の崖付近の足場が崩れかかっていた事を。


 足を引きずるように山道進む娘。

 しかし、速度は格段に落ち追い付かれてしまった。


「見つけた!戻れ!早く帰って来い!!」

「さぁ早く!」

「怪我をしているのか!?すぐに手当を!!」

「来ないで!!人の人生を勝手に決めるなんて!それに人を見下すような人の所に嫁ぎたくない!!そんな人のところでは幸せになれない!!もう、放っておいて!私は・・・私はあの人の元へ行くの、」

 

 娘が後ずさった瞬間、


 ガラッ!!


 がくんっと浮遊感。

 身体が落ちていくのがわかる。


「あ・・・」


 身体がどんどん落ちていく。

 両親と村長の息子の顔が驚愕で歪んでいるのがわかる。


 そして衝撃。 

 痛みは無い。

 だが、身体が動かない。


 何か大事な物が身体から抜けていくのがわかる。


 娘は、自分が死んでいくのを理解した。


「(・・・ごめんなさい、ごめんなさい。あなたと共にいられなかった・・・ずっと一緒に居たかったのに・・・愛しています、忍さん。あなたは幸せになって・・・お元気で・・・)」


 意識が段々消えていく。

 娘はその命を止めた。


 





 翌日、憔悴した両親と村の住人が、総出で娘の落ちた崖下を捜索する。

 その場所はすぐに特定された。


 大量の出血の跡があったからだ。

 明らかに、命を維持する事が出来ないほどの血の量。


 だが、不思議な事に娘の遺体はそこには無い。


 捜索するも発見出来なかった。


 人や動物が遺体を動かしてもいない。

 引きずった跡も無かったからだ。

 

 村人達は困惑する。

 だが、どうしようも無く村へ戻った。



 その後、一つの噂が村を駆け巡った。

 愛し合う二人を引き離した両親と、村長の息子に恨みを抱えて夜な夜な遺体が動き回っているのでは無いか、というもの。


 どこどこで、娘を見た、いや、村長の家のそばでじっと家を睨みつけていた、などだ。

 

 その噂と、村人からの蔑む視線で、娘の両親はどんどん憔悴していき、やがて居た堪れなくなり、夜逃げするように村から出ていった。


 そしてそれは村全体に波及した。

 村で唯一の商家が無くなったのだ。

 物品が購入出来ない。

 村人は村長に責任を求めた。

 どうするのかと。

 だが、村長はこう答えた。


「儂は知らん!儂らは悪くない!」


 と。

 それを聞き、村人は村を捨てる決断をした。

 山を少し下った所に肥沃な土地がある。

 村人全員で開墾しようという話になったのだ。

 村長は憤慨したが相手にされず、逆に無理に止めようとするなら全員で抵抗するとまで凄まれた上、実際に殴りかかって止めようとした村長の息子が村人たちにズタぼろにされるのを目の当たりにした事もあり、もはや止める事は出来なかった。

 

 そして、残ったのは村長の家の者だけ。

 今まで年貢などで裕福な生活していた村長達は極貧の生活をする事になり・・・村長をはじめ病に倒れ、残ったのは村長の息子のみ。

 

 村長の息子は耐えられなくなって村を出ようと決意する。

 しかし、全ては遅かった。


 村長の息子もまた、病に侵されていたのだ。


 床に臥せった村長の息子の前に、あの娘の幻覚が見える。


「・・・俺が、全部悪かったのか・・・俺は・・・お前が好きだった。だからどうしてもお前と結婚したかった・・・そのせいでお前は死に、村は無くなり・・・俺も死ぬ。すまなかった・・・だからもう、許してくれぇ・・・」


 それが村長の息子の発した最後の言葉となる。

 その後も村長の息子は幻覚を見続け、気が休まらず衰弱して行き、最後には言葉も出なくなりそのまま息を引き取った。

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