第5話 しょぼんとしたクロー
「迷宮都市──」
私はクローから告げられたその単語を繰り返す。迷宮──そこは、全く想定していなかった場所だ。
「ええ。迷宮都市であれば魔力泉も周囲に豊富かと」
「まあ、確かに私は魔力泉があって、詠唱魔法の研究が出来ればどこでもいいのだけど」
魔力泉は、魔女として活動するには何かと欠かせない存在だ。グリモワールの登録にも使用するので、私としても迷宮都市は魔力泉が豊富、というフレーズは、とても魅力的に響いた。
「ふむ。アルマ殿は、その詠唱魔法で見返したいのですな。であるなら迷宮都市はより一層、適していると思いますぞ」
「そうなの?」
「見返すにしても、実績というのは大事でしょう? ただただその詠唱魔法をきわめても、それが先方まで伝わらなければ見返すも何もないですし」
「うん、それは確かに」
見返したいという私自身の気持ちには、先ほど気がついたばかり。当然、どうやって見返すかなんてクローに言われるまで考えてもなかった。
「そのアルマ殿の詠唱魔法を使って、迷宮を踏破するのです! 誰もが未だなし得ない偉業。それを達したのがアルマ殿の詠唱魔法の力となれば……」
「無詠唱魔法より詠唱魔法が優れている証として、話が広がっていく?」
話を聞けば聞くほど、クローの提案は魅力的に思えてくる。しかし、ふと疑問もわいてくる。
「クローは迷宮都市にいく予定だったの? クローはどうして迷宮都市に?」
「ふむ。拙者の目的はこれなのです」
そういって、クローが取り出したもの。それは、一振りの刃物だった。
そっと鞘から刃を抜くクロー。
それは、刀身の根元近くで、ぽきりと折れていた。
「ショートソード、じゃないね。これなに?」
「我が家に伝わる、刀と呼ばれるものです」
「刀。折れてるよね」
「いえ、一見折れているように見えますが、これでいいのですよ。こう使います」
そういって、クローが刀の持ち手を両手で握りこむ。
真剣な顔つきをするクロー。一心に集中しているのだろう。
すると刀身の折れたように見えた所から、うっすらとかげろうのような揺らめきが現れ始める。
「……魔力だ」
しかしそのかげろうのようなものは明確な形を取ることなく、霧散してしまう。
それは、私には、どこか失敗したときの無詠唱魔法を思い起こさせら光景だった。
「ふう。お恥ずかしながら拙者の修行不足でして。本当であれば、持ち手にとって最適な刀が現れるはずなのです」
しょぼんとした様子のクロー。その両方の眉の端が下がった様子は、申し訳ないがとても可愛らしかった。
「その修行で迷宮へ?」
「そうなのです。迷宮は修練にはとてもよいらしく。それに……」
「それに?」
「儲かるらしいので」
恥ずかしげに告げるクロー。
「儲かるのか……。それは、大事。うん、わかった。私も一緒にいく」
「おお! それは心強い。何卒、よろしくですアルマ殿」
そういって、片手を差し出してくるクロー。
私も片手を伸ばして、その手を優しく握る。
とてもモフモフで、気持ち良かった。
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