第96話 更生します!

「もきゅー! もきゅー!」

「ご主人様! 頑張ってください!」


 黒乃とメル子は夕方の隅田川沿いを走っていた。黒乃は白ティーに白いスウェットパンツ、メル子は赤ジャージだ。

 シャキシャキと走るメル子の後ろをよたよたと走る黒乃。その二人の横を水上バスが通り過ぎていった。


「コホー、コホー。メル子待って、つらいっしゅ」

「だらしがないですよ!」


 吾妻橋あづまばしを渡り隅田川の東側へ渡った。再び隅田公園へと入る。隅田公園は隅田川と言問橋ことといばしによって四つのエリアに分かれている。その南東のエリアにやってきた。ここにはひょうたん池がありその周りを散策する事ができる。


「ぎゅぽぽ、疲れたぶひぃ」

「少し休みますか」


 二人はひょうたん池のほとりの岩に腰掛けた。冬の冷たい空気がほてった体を冷ましてくれる。メル子は水筒から温かい紅茶を注ぎ黒乃に手渡した。


「だいぶ絞れてきましたね」

「ぎゅぽ、そうかな?」

「はい。早く元のスマートなご主人様に戻ってくださいね」

「任せておきなさい。この調子ならすぐだよ……ん?」


 何やら物音が聞こえてきた。周りには人はいない。バシンバシンという音が響く。


「なんだろう?」

「ご主人様、あそこです!」


 メル子が指を差したのはひょうたん池の真ん中の島だ。そこには二人の若い女性が格闘をしていた。

 一人は褐色肌のすらりと背が高い女性。グレーのスポーツブラと黒いジョガーパンツから引き締まった筋肉が透けて見える。黒のベリーショートが爽やかさを醸し出している。

 もう一人はメイドロボだ。ピンクのナース服をベースにしたメイド服で黒いエプロンが褐色肌とマッチしている。黒のベリーショートの前髪で隠された左目がクールさを演出している。

 その二人が島の上で組手を行っているようだ。鋭い突きや蹴りを華麗な動きで捌いている。


「マヒナとノエ子じゃん!」


 ハワイから格闘技の修行の為に日本にやってきたマヒナと、そのメイドロボであるノエノエであった。

 組手を終えるとノエノエはタオルを取り出しマヒナの汗を拭き始めた。一通り拭き終わるとマヒナはノエノエの腰をグイッと掴んで引き寄せ、ノエノエの額に浮いた汗をタオルで拭った。


「はわわわわわわ、なんて美しいんだぁ」黒乃はその様子をうっとりと眺めた。

「ご主人様! あまりジロジロ見たら悪いですよ!」


 マヒナ達は島から池をヒョイと飛び越え公園の外に出ていった。


「よし、後をつけてみよう」

「ええ? 大丈夫ですか?」


 マヒナ達は言問橋を渡り浅草寺の方へ歩き出した。その後ろをコソコソと尾行する黒乃とメル子。

 堂々と歩く長身の二人組は人々の目を引いたが、その後ろを尾行する更に長身の女と金髪メイドロボは余計に注目された。

 間もなくするとマヒナとノエノエはビルの一階にあるボクシングジムに吸い込まれていった。


「まさか道場破り!?」


 黒乃達はジムの中の様子を窺った。建物の正面はガラス張りになっているので簡単に中が見える。

 マヒナはリングの上に立ってグローブを装着していた。どうやらスパーリングを行うようだ。対戦相手の男性がリングに上がりマヒナにパンチを繰り出した。しかしその拳はことごとく空を切った。マヒナの華麗なフットワークに全くついていけない。スタミナが無くなり動きが鈍くなった所を狙い、流れるようなコンビネーションを決め男性はマットに膝をついた。

 その後も次々とボクサー達がマヒナに挑んだが、誰一人拳を当てることすら叶わなかった。

 するとジムのマネージャーらしき人物が分厚い封筒をノエノエに手渡した。それを受け取ると二人はジムを後にした。


「これは無双許しだ! 天下無双を謳うジムに乱入をして、指導という名目で路銀を脅し取っているんだ!」

「いや、普通にコーチング料金を貰っただけだと思いますが……」


 マヒナとノエノエは再び町を歩き出した。今度は仲見世通りに入っていった。すると一軒の団子屋の前で立ち止まった。


「なんだろ? お団子でも買うのかな」

「あれ、あの店は……」


 何やら店の中で揉めているようだ。マヒナが店の中に入っていくとドタンバタンと大きな音が聞こえてきた。その直後、店の中から一人のロボットが転がり出てきた。


「うわ! なになに? 揉め事?」

「あれはあの団子屋のご主人が召し抱えている社会不適合ロボですね」

「社会不適合ロボ!? なにそれ!?」

「ニートロボ、ろくでなしロボ、穀潰しロボとも言います」

「酷い言われようだ!」


 仲見世通りのど真ん中に座り込んだ社会不適合ロボを見下ろすようにマヒナは声をかけている。社会不適合ロボは死んだ魚のような目でそれを聞いている。


「なんだろ。何を話してるんだろ」

「恐らく説教ですね。彼は団子ロボとして団子屋に雇われたのですが、団子を作るのに嫌気が差して社会不適合ロボにジョブチェンジをしたのです」

「ジョブチェンジ!? 社会不適合ロボってジョブだったの!?」


 新ロボット法ではロボットは何らかの職能を持って生まれてくる。ロボットの本質的な、あるいは原始的な存在理由は社会の役に立つ事にある。メル子の場合はメイドとしての能力がそれに当たる。

 しかし何らかの理由で職能が失われたり、また別の職能を得た場合はジョブチェンジが可能である。ロボット役所に申請すれば別のロボットとして生まれ変わる事が可能である。


「あの団子ロボは社会不適合ロボとして生まれ変わったのです」

「嫌な転生だな。無職転生かな」


 マヒナは社会不適合ロボに懸命に話しかけているが全く聞く耳を持たないようだ。立ち上がり再び団子屋の中に逃げようとした。

 しかしマヒナは彼の肩を掴んで無理矢理振り向かせるとその顔面に拳をメリ込ませた。


「殴った!?」

「あらら」


 社会不適合ロボは吹っ飛んで地面に転がった。マヒナはそれを冷たい目で見下ろしている。


「ヤバいって! 止めないと!」

「ご主人様、待ってください。何か様子が……」


 マヒナは膝を地面について社会不適合ロボの肩に手を乗せた。社会不適合ロボは顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。その目には恍惚としたものが浮かんでいる。


「マヒナ先生! 俺働くよ! 団子ロボにジョブチェンジする!」

「社会不適合ロボ! 考え直してくれたか! 偉いぞ!」団子屋の主人は涙を流して喜んだ。


「先生? マヒナって何の先生なの?」

「どうやらマヒナさんはロボット心理学療法士の資格を持っているようです」

「何それ!?」


 ロボット心理学療法士とはロボットが社会で活動する為のリハビリなどを行う国家資格である。ロボット工学、ロボット生理学、ロボット運動学などの幅広い知識が必要となる。


「ちなみに顔面にワンパンを入れたのも治療の一種のようです。古来より壊れたロボットは殴って直すのが手っ取り早いとされています」

「そんな雑でいいの!?」


 団子屋の主人から分厚い封筒を受け取ると再びマヒナとノエノエは歩き出した。仲見世通りを抜けて雷門にやってきた。


「次はどこに行くんだ?」

「ご主人様! 何か出てきましたよ!」


 突然大勢のロボット達がどこからともなく現れマヒナとノエノエを取り囲んだ。バットやゴルフクラブ、刺股などの武器を構えている。いきなりの登場に周囲の観光客から悲鳴が上がった。


「うわわわわわ! なになに!?」

「これは……ヤクザロボです!」

「ヤクザロボ!?」

「社会不適合ロボの一種です」

「ヤクザもジョブなのね!」

 

 マヒナが叫んだ。「みんな危ないから下がって!」


 リーダー格の若頭ロボが進みでてきた。手には鋭いペンを持っている。


「マヒナ先生よぉ、覚悟はできているんだろうなぁ? 先生が組長にあんな事をしてくれたお陰でうちの組はボロボロだぜ」

「「ぐへへへへ」」ヤクザロボ達が下卑た笑いを浮かべて武器を振りかざす。


 しかしマヒナもノエノエも全く動じていないようだ。


「組長ロボが更生してケーキ屋ロボになったんだ。君らも更生しなよ。お花屋さんロボにしてやろうか?」


 マヒナはあっけらかんと言い放った。若頭ロボは手に持ったペンをググッと握りしめた。


「うるせぇ! 俺は漫画家ロボになりたかったんだ! 野郎ども! やっちまえ!」

「「うぉー!」」


 ヤクザロボ達が一斉にマヒナとノエノエに襲いかかった。


「危ない!」黒乃が走り出そうとしたのでメル子は慌てて白ティーを引っ張って止めた。


 しかし黒乃が出るまでもなくヤクザロボ達は一瞬にして地面に打ち倒されていた。全員何故か恍惚の表情を浮かべてプルプルと震えている。

 マヒナは若頭ロボの前に膝をつき優しく、しかし力強く語りかけた。


「若頭ロボ。君のそのペンは何の為にある? 人を傷つける為にあるわけじゃないだろう?」

「俺は……俺は……」

「まだ間に合う。ロボットの寿命は長い。これからの人生をどう生きるのか、ロボット刑務所でしっかりと考えるんだ」


 若頭ロボはマヒナの顔を見つめて言った。「先生! 俺、娑婆に戻ってきたら絶対漫画家ロボになるから! 先生が最初の読者だぜ!」

「ジャンルは格闘モノで頼む」


 ロボパトカーがサイレンを響かせて大量に集まってきた。中からロボマッポ達が現れ次々とヤクザロボをしょっぴいていった。


 黒乃とメル子はその一部始終を呆然とした表情で眺めていた。


「ああ、メル子」

「はい」

「社会不適合ロボってさ」

「はい」

「ドMが多いのかな」

「ですね」


 二人はすっかり冷えきった体で赤色灯に照らされていた。

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