第71話 四姉妹です! その一

 赤い壁の八又はちまた産業浅草工場。メル子と黒乃はそこにいた。


「ではご主人様、行ってきますね」

「おう、頑張ってね」


 何を頑張るのかわからないが勢いでそう言ってしまった。黒乃はミニメル子を抱き上げると椅子に座らせた。すると椅子が自動で動き、複雑な計器を山程備えた装置の前まで移動した。装置から伸びているアームがミニメル子の首の後ろにプラグを差し込む。

 隣の椅子にはメル子の本ボディが同じようにスタンバイされていた。


「ソレデハ、AIヲ、入レ替エマス」職人ロボのアイザック・アシモ風太郎が手元のスイッチを押した。


 装置やメル子に変化は無い。手元のモニタのプログレスバーだけが動いている。ほんの数秒でコンプリートの文字が表示された。

 椅子が移動して黒乃の元まで戻ってきた。しかしミニメル子はもう動かない。椅子から立ち上がったのは大きいメル子だ。


「ご主人様! 戻りました!」

「おおお……!」


 二人はヒシと抱き合い、お互いの体温を確認し合った。懐かしい抱き心地をしばし味わった。


「ああ、やっぱりこのボディの方がしっくり来るわぁ」

「ふふふ、そうですね」


 メル子はミニボディを抱き抱えた。


「ほんの数日でしたけどご苦労様でした」メル子はミニメル子のほっぺにキスをした。黒乃もミニメル子の頭を撫でた。


「むふふ、私達の赤ちゃんみたいだね」

「キモッ」


 メル子はミニボディを収納ボックスに収めた。


「ねえ、ミニボディの方にもメル子のAI入れておいたらダメなの?」

「ご主人様、それは違法です」


 新ロボット法では同一のAIを同時に稼働させる事は禁止されている。バックアップとしてサーバに格納しておく事は可能である。


「コチラノ、ミニボディハ、工場デ責任ヲ持ッテ、預カリマス」

「先生お願いします!」


 二人は浅草工場を後にした。



 工場からの帰りにスーパーマーケットで食材を大量に買い込んだ。左右の手に食材がパンパンに詰まった袋をぶら下げて二人は歩く。


「ご主人様、なぜこんなに食料が必要なのですか?」

「ボディ復活後すぐで悪いけど、いきなり働いてもらうから」

「はあ」

「実はもう部屋に客が来ているんだ」

「え!? 誰が来ているのですか?」

「私の妹」

「ご主人様に姉妹がいたのですか!?」


 メル子は衝撃を受けた。姉妹がいるという話は初耳であるし、姉妹がいそうな性格にも見えなかったのだ。


「はー驚きました……でもずいぶん健啖家けんたんかなのですね。これだけの食材が必要なんて」

「いや、妹が三人来てるから」

「え? では四人姉妹なのですか!?」

「うん。尼崎から来てる」


 メル子は呆気に取られた。なぜそんな情報を今まで黙っていたのか。少しご主人様を小憎たらしく思った。


 いよいよ部屋に到着した。黒乃が扉を開ける。どんな妹達なのだろうかとメル子はワクワクした。


「ただいま。みんな帰ったよ」黒乃とメル子は部屋に入った。


 部屋の床には女性が三人座っていた。

 一人は白ティー丸メガネで黒髪おさげの少女。

 一人は白ティー丸メガネで黒髪おさげの少女。

 一人は白ティー丸メガネで黒髪おさげの少女である。


 メル子は一目見て吹き出した。ご主人様が三人いる。

 

「おかえり、黒ネエ」

「おかえり」

「おかえり〜!」


 六つの丸レンズが一斉にメル子を見つめた。


「あの、ご主人様のメイドロボのメル子です……初めまして」メル子はメイド服の袴を指で摘み膝を曲げて渾身のカーテシーを決めた。

 それを皮切りに妹達はメル子に群がった。


「かわいい」

「いい匂い」

「でかい」


 三人でメル子を揉みくちゃにする。


「皆さん落ち着いてください。ちょっ、今おっぱい触ったのは誰ですか!!」

「こらこらみんな座りなさい。まずはちゃんと紹介をしないと。ちなみにおっぱいを触ったのは私です」

「何をしているのですか!」


 再び三人は床に座った。メル子が慌てて紅茶を淹れる。皆が紅茶を飲み一息ついたところで黒乃が切り出した。


「じゃあ紹介するね」

「お願いします」メル子は三人を順に眺めた。黒乃のマトリョーシカ人形を並べたのではないかという眺めだ。


「この子が次女の黄乃きの」一番左の子を差し紹介した。

「どうも黄乃きのです。えへへ」黄乃はペコリと頭を下げた。

「よろしくお願いします」メル子も頭を下げた。

「高校生ね」

「ほえー」


 高校時代の黒乃はこんな感じだったのかと思いを巡らせた。現在の黒乃より少し背が低いが、女性にしてはかなりのっぽの方であろう。落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「この子が紫乃しの」真ん中の子を差した。

「どうもサードの要らない子の紫乃しのです」紫乃はペコリと頭を下げた。

「サード!? エンダー君ではないのですから。日本では人口抑制はないので第三子は合法ですよ!」

「高校生ね」


 他の姉妹と比べると少し陰キャ度が増しているとメル子は思った。黄乃よりも少し背が低い。


「そして最後は……」

「ほい!」右の一番背が低い子が名乗りをあげた。「四女の鏡乃みらのです! 中学生です!」

鏡乃みらの!?」メル子は度肝を抜かれた。

「ん? メル子どした?」


 メル子は黒乃と鏡乃を交互に見た。


「いや、あの、突然のキラキラネー……あ、いや、きらびやかなお名前でびっくりしたものですから」

「そう? 普通でしょ」黒乃は意外そうな顔をした。

「いやでも、黒乃、黄乃、紫乃と色シリーズで来たのですから……」

「色シリーズ?」「なにそれ?」「どゆこと?」


 黒ノ木姉妹がざわざわとし始めた。


「あ、いや、何でもないです! 鏡乃みらのちゃん可愛いお名前です!」


 メル子は改めて四人を見比べた。全員白ティー丸メガネの黒髪おさげなので背の高さでしか区別がつかない。


「皆さんはなぜ同じ格好なのでしょうか……?」メル子は当然の疑問を口にした。

「え? 同じ格好って?」

「いや、丸メガネとか……」

「みんな目が悪いもんねえ?」「そうそう」「んだんだ」


「全員おさげとか……」

「他の髪型ってなんかあるっぺか?」「ねぇねぇ」「ねぇな」


「白ティーはどこで買ったのでしょうか……」

「近所のロボクロだぎゃ」「十年分まとめ買いだがや」「んだんだ」


「髪色を変えるとか……例えば黄乃さんだったら髪の毛を黄色に……」

「不良だべよ〜」「じゃっどん怒られるぞなもし」「あーね」


 メル子は頭がくらくらしてきた。どうやら彼女達には見た目が被っているという認識はないらしい。


「それで今日は一体どのようなご用件でいらしたのでしょうか」

「そうそう、それよそれ」黒乃は思い出したように話し始めた。

「実はみんなメル子に会いたくて来たんだよ」

「私に!?」


 再び全員の視線がメル子に集中した。


「黒ネエが念願のメイドロボを手に入れたって聞いたから」と黄乃。

「黒ネエ、世界で一番可愛いメイドロボだって自慢してた」と紫乃。

「クロちゃんをみんなでお祝いしたくて来たんだよ!」と鏡乃。

「クロちゃん!?」


 黒乃はメル子の隣にくっつくと肩に腕を回して引き寄せた。


「ご主人様!?」

「んでどうよ。私のメイドロボは?」


 三人は口を揃えて言った。


「「世界一可愛い!!!」」

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