第39話 ピクニックに行きます!

 晴れた休日の昼。黒乃とメル子は隅田公園に来ていた。


「いやー、すごい青空だな。雲一つないよ」


 隅田公園は隅田川に面しており、浅草駅から徒歩数分の距離である。桜の木が数百本植えられており、春になれば桜の花びらが舞い散る隅田川を堪能できる。


「いい気分ですね、ご主人様。お庭も素敵です!」


 園内には水戸徳川邸の名残りである日本庭園が整備されている。

 休日という事もあり公園内は人で溢れている。シートを履いて弁当を食べている家族、ジャグリングをやっている大道芸人、川沿いの歩道を走るランナー、ギターの練習をしているおじさん、遊具で遊ぶ子供達。


「ちょっと人が多いけどピクニックにはもってこいだな」


 今日は天気がいいので黒乃の発案でピクニックに来たのだ。

二人は朝からそれぞれ弁当を作りランチに備えた。

 隅田川の水上バスが目の前をひっきりなしに通り過ぎる。その度に乗客がメル子に手を振り、その度にメル子が手を振り返す。


「なんでみんなメル子に手を振るの!?」

「世界一可愛いからですね」

「すごい自信だ!」


 水上バスが走る隅田川の水は驚くほど透明で、川を泳ぐ魚達に青空の色が反射している。二十世紀に工場の排水や下水が流れ込んでいた時代は、川に近づくだけでもその匂いに辟易したものだ。

 二十二世紀現在では環境の改善が進み、工場排水、下水はほぼ完璧に無害化されている。加えてお掃除ロボが毎日川の清掃をしてくれているので美しい景観が保たれている。


 園内をしばらく歩くとテーブルがいくつかある広場に来た。テーブルには弁当を広げて楽しんでいる家族が数組いる。


「ハァハァ、メル子。疲れた」

「まだ公園入ってから十分ですよ!?」

「だって家から弁当持って歩いてきたから……」

「いつもお弁当を持って会社に歩いて行っていますよね?」

「うん。いつも途中で休んでる」

「体力すくなっ」


 丁度よくテーブルを使っていたカップルが席を空けたので、二人はそこにお邪魔する事にした。


「ハァハァ、疲れた。メル子お茶ちょうだい」

「いつもの茶器が無いのが寂しいですけれど、今淹れますね」


 メル子は家で作ってきた良い茶葉を入れたティーバッグを紙コップに入れた。保温ボトルからお湯を注ぐと紙コップの中に美しい紅色が広がる。湯気と共に紅茶の香りが川の流れように辺りにたゆたう。


「ああぁー、お茶うまい。体に染み渡る」

「ピクニックっぽくなってきましたね」


 暖かな日差しの下では、休日の公園の喧騒も心地よい。しばらく二人は川の流れようにゆっくりと流れる時間を堪能した。


「ねえねえ、あれ見てよ」


 黒乃は向かいのテーブルの家族を見た。母親が弁当箱を鞄から取り出している。


「あれがどうかしましたか?」

「あれ、加熱式の弁当箱じゃん」


 バッテリー内蔵でスイッチを入れるだけで弁当が温まる仕組みだ。二十一世紀にはバッテリー容量の問題で存在しなかったアイテムだ。

 公園内は火気厳禁だが、バッテリーの使用は許されている節がある。


「欲しいよねー。外でも使えるから」

「必要ありませんよ」

「え? なんで?」


 メル子もカバンから弁当箱を取り出した。なんの変哲もないプラスチック製の弁当箱だ。


「お? メル子はどんな弁当を作ったのかな?」

「ふふふ、これです!」


 箱を開けるとそこにはゴツいパンが入っていた。


「何これ? サンドイッチ?」

「これは『バロス・ルコ』。チリのサンドイッチです」


 バロス・ルコは鉄板で焼いた牛肉とチーズを挟んだシンプルなファストフードだ。チリのバロス・ルコ大統領が好きだったことから命名された。


「すげーボリュームあるなあ。こりゃ美味そうだ。いただきます!」


 黒乃はバロス・ルコに手を伸ばした。しかしメル子に手をつねられてしまった。


「ミァー! いてててて! なんで!?」

「バロス・ルコはまだ完成していません。調理の最終段階に入ります」

「どういうこと!?」


 メル子は突然メイド服のエプロンを脱ぐと着物をおへそまでめくり上げた。そしてベンチに仰向けに横たわる。


「何してんの!?」

 

 バロス・ルコをめくり上げたヘソの上に乗せると気合を入れ始めた。


「ふん! ふぬぬぬぬ!」


 するとバロス・ルコから湯気が立ちのぼってきた。牛肉の肉汁がメル子の腹筋に垂れるとジュウという音を立てる。チーズがとろりとしてきたところでヘソから下ろした。


「これで完成です。これが八又はちまた産業のロボットに搭載されている通称『ジェット』です」


『おお〜』と集まってきた野次馬から歓声があがる。メル子は片手を上げてそれに応えた。


「なんだか歯車が狂うな……いただきます」


 バロス・ルコにかぶりつく。熱々の牛肉から汁がほとばしる。強めに効かしたスパイスとトロリととろけるチーズの濃厚さが相まって肉の旨みを引き立てている。


「うまい! 青空の下で食べる熱々の料理がこれほどうまいとは!」

「そうでしょうとも」


 黒乃は一瞬でバロス・ルコを完食した。


「いやー美味かった。じゃあ次はご主人様のお弁当の番だな」

「楽しみです!」


 鞄から取り出したのは竹を編んだ弁当箱だ。蓋を開けるとそこにはおにぎりが入っていた。


「随分小さいおにぎりですね。そのぶん数が多いですが。可愛いですね」


 黒乃の手の大きさに比べると小さめのおにぎりがびっしりと並んでいる。


「むふふ、これ『イチャイチャおにぎり』ね」

「なんですかそれは!?」

「略してイチャにぎり」

「略称は聞いていません!」


 黒乃は弁当箱の中からおにぎりを一つつまみあげるとメル子の前に突き出した。


「はいメル子。あーん」

「え!?」

「あーんして」

「いやいや自分で食べますから」


 黒乃は首を振った。


「ダメダメ。イチャイチャおにぎりだからイチャイチャしながら食べないと」

「まったく、どういうおにぎりなのですか。あーん」


 メル子は黒乃の手から直接イチャにぎりを頬張った。


「ママー、あのお姉ちゃん達何してるのー」

「あれはバカップルよ。ジロジロ見てはいけません」


「あ、そうそう。中にカプセル入ってるから、それは食べないでね」

「もごっ! モゴモゴ。グェッ」


 メル子は白いカプセルを吐き出した。


「先に言ってください! なんですかこれ」

「開けてみて」


 メル子がカプセルを開けると中には小さな巻物が入っていた。それを広げてみると……


『相手の好きなところを言う』


「なるほど何となくわかりました。イチャにぎりを相手に食べさせて、その中にある指令に従うというルールですね」

「さすがメル子。察しが良い」


 メル子はジトリとした目で黒乃を見た。


「よくこんな事考えますね。まあいいでしょう」

「さあさあ! ご主人様の好きなところを言ってごらんよ」

「そうですね……『背が高い』!」

「ほほう? そうくるか。じゃあ次はメル子が食べさせる番ね」


 メル子はイチャにぎりを念入りに選んで、黒乃の口元へ差し出した。黒乃はそれをメル子の指ごと口に咥えた。


「ぎゃあ! 指は食べないでください!」

「もごもご、メル子の指うめ〜」


 中のカプセルに書いてあった指令は『相手の好きなところを言う』。


「なんだ同じか。そうだな……『おっぱいがでかい』!!」

「声が大きすぎます!」

「よし、次! どんどんいこう」


 次のメル子の指令は『相手にキスをする』だった。


「やった! 当たりきたー!」

「モグモグ、これもうセクハラでしょう!」


 メル子はベンチから立ち上がり黒乃の方へ回るとほっぺにキスをした。


「ママー、あの人たちなんで女同士なのにチューしてるのー?」

「あれは百合ップルよ。目を合わせたらダメよ」


「モグモグ、次の私の指令は……『相手のヘソを舐める』。やったぜ!」

「ここ公園ですからね!?」


 黒乃はメル子のヘソに舌をくっつけた。しかしその瞬間、黒乃は悶絶してひっくり返った。


「あぢぃぃぃー!! ジェット使ったなー!」

「知りません」


 次のメル子の指令は『相手の足の臭いを嗅ぐ』だ。


「指令ですから。しょうがないですね。しょうがなくやりますけど!」


 メル子は十分間黒乃の足の匂いを嗅いだ。


「うっぷ、もうおにぎり食えない……『指で乳首の位置を当てる』。大当たりきた!」

「もしもしそこの二人」


 黒乃とメル子が声のした方を見ると、そこにはロボマッポが二人立っていた。


「白昼堂々と卑猥な行為をしている輩がいると通報を受けたのですが」

「ちょっと話を聞かせてもらえるかな」

「あ……はい……」


 こうして二人はロボマッポにたっぷりと説教されたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る