第7話 王女さまは抱っこされたい?

『あ~マキアス様~街がみえましたよ~街! 街! 街!』


「大きな街ね、服屋さんもたくさんありそうだわ」


 どうやら街に着いたようだ、女子2人(うち1名はスキルプレートなので女子か判別不能)が僕をゆさゆさして報告してくれる。


 ゲリナの街に着いた僕らは、自警団の建物にて拘束したごろつきたちを引き渡していた。


「マキアス殿、助かった。自警団を代表して礼をさせてもらいます。隊長ももう少し待てば戻ってくると思うのだが」


 副隊長のギアスという人が、深々と頭を下げた。僕の事情を知っているのかわからないが、領主の息子という話題は一切してこなかった。


『当然です〜マキアス様は凄いでしょう。ほら、もっと感謝していいわよ、跪くとか! 土下座するとか! やっていいわよ! ほら! ほら! ほ…むぐっ』


 僕は速攻でスキルプレート(エレニア)を閉じた。エレニアさん、初対面の人に土下座しろとか言っちゃダメだから。


「え? マキアス殿? 何か言いました?」


「い、いえ! 僕はやるべきことをしたまでですので。で、ではこれで失礼致します」


 僕はむぐむぐするスキルプレートを抑えつつ、早々に自警団の建物からでた。


 自由なエレニアさんはあとで注意するとして、自警団の建物をあとにした僕らは、助けた親子とともに父親のもとに行くことにした。母親のシーサはそこまではと遠慮していたが、娘のマーサが僕の服の端を持って離さなかったからだ。


 どのみちこの街で一泊する予定なので、特に問題はない。マーサも父親に会えば僕から離れるだろう。

 僕たちはマーサの父親が働いているという、アクアスというポーション製造施設に向かっていた。


 マーサがクイクイと服の袖を引っ張ってきた。


「お父さんはね、すっごく優しくて、お野菜を育てるのが好きで、片手でマーサを抱っこできるんだよ」


「でも、おっきな虫さんが出てきて、大事に育てたお野菜とかジャガイモとか食べられちゃったの…」


「そっか、だからマーサのお父さんはここに働きに来たんだね」


 マーサの言っているのは害虫のイーゴナのことだろう、領内に定期的に発生する魔物だ。そこまで強くないが、数が多いのと羽があるので遠距離移動が可能なのがやっかいだ。


 僕はマーサの話を聞きながら、イーゴナ退治に領内を駆け巡った日々を少し思い出していた。小さな村にとっては畑がダメになるというのは死活問題だ、父上や兄上はあまり興味がなかったようなので、もっぱら僕が退治に行っていたが。


「じゃあ、お父さんにあったら思いっきり抱っこしまくってもらおうな」


「うん!」


 そう言ったマーサの笑顔に僕は何故だか心が温かくなった。 


「でもね、わたしお兄ちゃんに抱っこしてもらうのも好きだよ!」


 と言って、マーサが小さな体がぴょんと僕の両手に飛び込んできた。満面の笑みの少女をむげにはできないので、そのままマーサを抱き上げる。


 彼女はぎゅっと僕に抱き着いてきた。ふむ、想像以上に強い。いや、そこまで密着する必要はないけどな…


「ふふ、お兄ちゃん好き」


 僕は若干困惑しながらも、小さな彼女を抱きながら歩いた。


「いいなぁ…」横で歩いているリーナが少し羨ましそうな顔で、ぼそっと声を漏らした。


「お姉ちゃんも次抱っこしてもらう?」


 マーサが唐突にリーナに話しをふる。マーサにもリーナの声が聞こえたのだろうか、優しい子だな。でもまだ子供だな。リーナはマーサを抱っこしたいのだよ。僕に抱っこされたいわけがない。


「へ!? そ、そうね! そ、それはいい考えかも…、でも恥ずかし…」


「ふふ、マーサ、リーナは君を抱っこしたいんだよ」


「ふ~ん、そうなの? お姉ちゃん?」


「え? え~と……そうかもね……」


 リーナは言葉に詰まり俯いているようだ。当然だろう、仮にも僕がリーナ(王女)を抱っこするなどとんでもない、迎えに来た王都の騎士団に即捕まるだろう。「王女強制猥褻抱擁罪」とかで。


「お姉ちゃんも大変だね」


「………」


 リーナは相変わらず俯いたまま歩いていた。心なしか頬が若干赤い。


 マーサを抱っこしながら歩いて、ちょうど街の中心部の教会にさしかかった頃に、なんだか周囲が騒がしくなっていた。


「マキアス、なんだか様子がおかしいわ、何かあったのかしら?」

 リーナも異変に気付いたようだ。もう俯いてはいない、それになにか匂う。これは…


「火事だ~」「アクアスの工場が燃えてるぞ!」


 行きかう人々が口々に叫んでいるのが聞こえてきた。アクアスてたしかマーサの父親が働いている工場だぞ。

 街の中央通りの最奥から煙が出ているのが見える。


「お父さん…」


 マーサが不安そうな顔をして僕の服の袖をぎゅっと握っている。僕はマーサを優しくおろして、その手を母親の手につなげながら、ますぐにマーサの目を見て話した。


「マーサはお母さんと一緒に、そこの教会で待っていてくれ」


「お兄ちゃん…」


「大丈夫だ、お父さんと一緒に戻ってくるよ」


 マーサは答えなかったが、小さく力強く頷いた。




 ◇◇◇




「すごい暑さだ、リーナ大丈夫?」


 僕らは街はずれにあるアクアス工場の火災現場に到着した。地上7~8階建ての施設が炎と煙を激しく上げている。

 リーナも教会にいるよう言ったのだが、無理やり着いてきてしまった。

 自警団の人たちが消火活動を開始している。ギアス副隊長の姿がみえた。


「なんだと! 隊長が戻らないだと! とにかく消火活動と周囲のケガ人救護を継続しろ!」


 どうやら、まだ逃げ遅れた人が施設内にいるらしい。隊長以下数名は施設内に突入したものの、戻ってこずに状況がわからないという。


「ギアスさん! 僕は施設内の人を助けに行きます! あとリーナは回復系の魔法がつかえるので救護活動を手伝います!」


 僕は、各隊員に指示を飛ばしているギアス副長に話しかけた。


「マキアス殿、しかし施設内は危険だ、水魔法の使い手も招集中だがまだ到着には時間がかかる、1人で行かせるわけにはいかん!」


「ギアスさんは現場の指揮のために残らないとダメですよ。大丈夫です、無理ならすぐに脱出します。あまり議論している時間はないですよ」


「ぬ…、わかった、入る前に水をかぶって、濡れた布を口にまくんだ」


 すぐに準備を終わらせた僕は、救護活動を始めているリーナに声をかける。


「リーナ、行ってくる!」


「マキアス…」


『安心なさい、リーナ! マキアス様は私がめっちゃサポートしまくるわ!』


 リーナが強く頷いてサムズアップしつつ僕を送り出してくれた。



 工場施設前にきた僕は周囲を確認する。

 施設が全焼しているわけではないが、入れそうな場所が見当たらないな。



「1階から入れそうな場所がないぞ…エレニア!」


 僕は、スキルプレートを瞬時に目の前に展開した。


『はい! マキアスさ、熱っ! ちょ、ここ熱い! マキアスさま熱いです! 1回戻りましょう! 熱っ!』


 いやいや、今さっきめっちゃサポートするとか言ってなかった? 戻る時間なんてないよ、とにかく施設内に入る方法を考えないと。


「そうだ! エレニア! 【風力創成】で空は飛べないかな!」


『はい?』


 僕は、スキルプレートから【風力創成】のコードを選択する。


『ちょっ、マキアス様! まってまってまって―――』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る