第107話 深淵生物への昇華

「ほれ、始めるぞ。途中で止めんから、大人しくしておるんじゃぞ」


 そう言うとトゥレラは口から舌を出して伸ばし、蛇のようにうねらせる。2,3m程に伸びている上に、何本にも裂けたり戻したり出来るらしい。

 何をするかと思えば、顔を向かい合わせに近付けて――



「ん、んぐっ!?」


 舌を口の中にねじ込まれる。

 それも生易しいものではなく、容赦なく体の内部を突き破り始める。


「ぐふっ……おぼぇっ!」


 舌は食道と気管を通り、肺や胃を貫く。体の中の内蔵という内蔵を潰され、かき回される。これまでこのゲームをプレイした中でも類を見ない程の痛みに、危うく意識が飛びかける。


「う、うぁっ……」

「何じゃ、その程度か? 血を吐くのはいいとして、今泣いておっては……落ちるぞ?」


 トゥレラのその言葉で、口から血が出ているのと目から涙が流れ落ちていることに気付く。

 現実でなら間違いなく死に、ゲーム内でも並のプレイヤーなら強制ログアウトになる程の痛みだ。顔を歪めること無く受け切るということは不可能に近い。

 だからこのような状態になっているのは悪いことでも何でもない。だが、薄れつつある意識の中そんなことを言われたことで、トゥレラに苛立ちの感情を覚える。


「何じゃ、聞いておったか。妾を睨む余裕があるんじゃから、もっと激しくしても平気ということかの?」

「何言っ……ぐへぇぁっ!?」


 次の瞬間、舌の動きの激しさが増して体の中全体がかき回される。

 自分という人間を構成する部位が剥がれ、壊れ、崩れ落ちるのを認識した。そして、うごめく舌が脳を貫いたその時、思考や認知を含めた全ての機能が停止した。





「っ…………ここは?」


 酷い倦怠感を覚えながら倒れていた体を起こす。視界は真っ暗で、下には何やら柔らかい感触がある。

 今の状況について、少し思考を巡らせた後に気付く。


「私の部屋……ってことは、まさか落ちた?」

 思い返そうにも終わり際の記憶が無い。とりあえず、少し休んだらすぐ入り直そう――



 再ログインした後まず目に入ったのは、何とも力の抜けた体勢で漂っていたトゥレラだった。


「おぉ、お主やっと戻ったか……」


 返事もどこか疲れているように聞こえる。一体何があったのだろうかと考えていると……


「改造は済んだから体に異常が無いかだけ確認せい。まだやることは残っておるからの」

「特に問題なく動かせますけど……」

「ならステータスの方も確認せい」


 そう言われてステータス画面を開くと、自分でも予想していなかった結果に少し驚く。


□□□□□

狂気の死神-ライブラ Lv.1

HP:2500/2500 MP:1000/1000

耐性

火:0 水:0 氷:0 雷:0 風:0 地:0 光:70 闇:50 物理:100

スキル

《鑑定》《インベントリ》

《見切り》《狂化》《恐怖の瞳》《二刀流》《心の目》《冥界の掟》《死の波紋》《沸騰する狂気》《深淵-領域拡張》《闇の処女》《深淵-系統操作》《禍雨》

□□□□□


 名前からステータスまで色々と変わっていた。変わったところについて話すと、一つ一つ丁寧に説明された。

 まず名前に『狂気の死神』が増えてLv.1になったのは、進化をしたことによるものだという。説明の最中『これで晴れて深淵生物になった』と若干嬉しそうにしていた。

 次にスキルが5つ消えたことに関してだ。

 《狂風》《自由飛翔》《無形の瘴霧》の3つは、深淵生物としての性質として統合されて消失したという。つまり一切MPを消費せずにスキルを使えるようなものだ。物理耐性が100%になっていたのもこれによるものだった。

 禁忌から始まるスキルについては、トゥレラが一時的に預かっているらしい。そんなことが出来るのかと少々疑ってはみたが、今までのことからして事実だと結論づけた。残っているやることにはこれも含まれるという。


「確認出来たかの?」

「はい、大体は済みました」

「それじゃあスキルの整理と行くぞ。ようやくお主を妾の眷属に出来たのじゃから遠慮なく……」

「あの」

 今のは聞き捨てならない。私が眷属になったってこと? これは一度問いたださないと。


「そう睨むでない。お主にも良いことは色々あるんじゃからまずは話を聞け」

「はぁ……分かりました。ところで私の呼び名が……」

「こんな関係になったんじゃから『汝』なんて呼ぶ必要も無いじゃろ。あんな熱いキスもした仲じゃろう?」


 ニヤケ顔をしながらこちらを見ているので、こちらは黙って睨みつける。


「どうした、もしかしてあれがファーストキスじゃったか。それとも、『お主』呼びだと物足りないかの?」

「違います。いや、初めてというのは事実ですが。それが何故相手があなたで地獄みたいなものだったのかとはまでは言いませんが……」

「今正に言っとるじゃろう」

「そういうことでは無いです! とにかく、眷属にしたことについて説明して頂けますか」


 若干無理に押し切った感じがしないでも無いけど、説明だけは聞こう。


「まぁ端的に言えば普通より重要な関係というだけじゃな。妾とお主で繋がりが出来ておるとも言うの」

「なるほど。それで繋がりを利用して私に何をさせるつもりでしょうか?」

「お、察しがいいの」


 その返事で無意識に顔をしかめるが、間髪をいれずに再び話し始める。


「そう嫌そうにするでない。妾がして欲しいことといえば、お主が今までやってきたことと同じじゃ。元の上の世界で大量に人を殺せばよい。強いて言えばより残虐に、より色々な場所でやって欲しいの」

「それだけですか?」

 それでは何の制限も無いのと同義だと思うんだけれど。本当にそれだけなの……?


「何じゃさっきから睨んだり疑ったり。もう少し妾のことを信用せんか」


 確かにトゥレラは色々と後出しで情報を出してはいたが、嘘は言っていなかったと思う。それなら信用しても大丈夫か。


「分かりました。それでしたらよろしくお願いします」

「あぁ、よろしく頼むの。それと、上に戻ってからも定期的にこっちに戻ってきてくれると嬉しいぞ。妾も寂しい」

「親か何かですか」

「妾が深淵生物としてのお主を生み出したのじゃから、親みたいなものじゃろう。さて話を戻すが、改めてスキルの整理と行くかの。それじゃあ、まずはひざまづくがよい」

「……あの、トゥレラ様」

「どうした」

「地面も無いのにどうやってひざまづくんでしょう。私無意識でも浮きっぱなしですし」


 ここは深淵ということもあり、空間の境は霧のようなもので区切られている。つまり、固体の地面や壁は一切存在しなかった。


「それっぽいと思って言ってみたがそれもそうじゃな。面倒なことはせず普通にいくかの」

「初めからそうしてください」


 特にひざまづくなどはせず普通に近付き、トゥレラに頭を触れられる。

 それと同時にアナウンスが何度も流れ始める。


――スキル《見切り》《心の目》が進化、統合して《次元掌握》になりました――

――スキル《冥界の掟》が《死神遊戯》に進化しました――

――スキル《沸騰する狂気》が《溢れ出す狂気》に進化しました――

――スキル《深淵の門》を獲得しました――


「ふぅ、強化はこんなところかの」

「かなり変わりますね。ありがとうござ……」

「それじゃあ、妾の眷属になった祝いとしてこれをやろう。驚くでないぞ?」


 この人……人では無いか。この方は一体何をするつもりなんだろうか。

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