予想外の展開

 冬の間、アイズとリリティアの交流は手紙を介して続けられた。リリティアからの手紙、アイズから届く手紙。どちらもそれを待ち望む日々。

 そんなある日、別の朗報が届く。ライトレイル隊と別れ、一人で山道の途中に馬を止めて待っていた彼女の元に伝令として先行したエアーズとキッカーが戻って来たのだ。そして予想外の報せを受ける。


「アイリスを倒した?」


 この地――大陸西部で捜索を続けていたノウブル隊が六体目を発見・討伐したという。これから合流するつもりだったアイズ達にとっては青天の霹靂。

 その朗報を持ち帰った二人は、しかし暗い表情で続く言葉を濁らせる。

「はい、ですが……」

「こちらにも犠牲者が出ました」

「……何人だ」

 アイリスは強い。だから、もしかしたらと覚悟していたアイズは今度は驚かなかった。もちろん、戦後に別れて以来一度も会っていなかった部下と二度と会えなくなった事実には、やはり喪失感を覚える。

「一人です」

「誰だ」

「アクターが……今回のアイリスは、とてつもなく強力な炎を操ったそうで……」

「あいつ、仲間を守るために力を使って囮となり、刺し違えたと……」

 ノウブルの補佐役だった天士アクター。彼の剣は敵の心臓を貫いたが、引き換えに彼自身も炎に包まれ、遺体すら残らないほど完全に焼き尽くされたそうだ。

「そうか……」

 俯くアイズ。部下の死も少女の死も今の彼女には悲しい。もっと早く来ていればと悔やまずにはいられない。自分達がいたとて結果は変わらなかったかもしれないが。

 ともかく、これで残るアイリスは一人。東部でも南部でも結局捕捉できなかったが、ここに一人いたなら、もう一人もいるかもしれない。南部で発見した痕跡を辿った結果、あの場所にいた何者かは北西へ向かったことがわかっている。つまりこの地に。

 もちろんノウブル達の倒した六人目が自分達の追っていた相手だとも考えられる。だが、こうも考えられるのではないか? まだ見ぬ七人目は仲間を頼ろうとしたと。

(どこにいる……)

 もどかしい。自分なら見つけてやれる、そう思ってクラリオを離れたのに三ヶ月以上経った今も結局発見できていない。その間にも魔獣による被害は各地で発生し続けていた。中には村ごと犠牲になった場所もある。誰かが彼女達の凶行を止めないと、いつまでもこれが繰り返される。

 しかし、ふと気付く。仲間を頼ろうとしたなら、最後の一人は死を願っていないのかもしれない。だとしたらと天士にあるまじき選択が脳裏をよぎる。

 いや、まだわからない。見つけ出すまでは。

「君は何を望む……?」

 ノウブル隊と合流すべく再びウルジンの背に跨りながら、名も姿さえも知らない最後のアイリスを想う。

 もし彼女が生存を願った場合、自分はどうしたらいい?

 そんな疑問を胸に秘めつつ、先へ進んだ。




 ノウブル隊の野営地は森の中にあった。そこへ到着する三人。エアーズとキッカーは先程も一度来ているので、久しぶりの再会となるのはアイズだけ。

 七人の天士と十数人の兵士が体を休めている。日はまだ高いが、なにせ激戦直後、天士とて休息は必要だろう。近付くと、大きな石に腰掛け俯いていたノウブルが顔を上げる。アイズの姿を認めても立ち上がりはしない。

「来たか」

「ああ」

 一年と四ヶ月ぶりに再会した彼は相変わらず大きな男だった。長身に加えて体格も良い。大きいと感じる主な理由はその二つなのだが、何故だろう、以前には思わなかったことも思う。

(存在そのものが大きいような……)

 不思議とそう感じる。この男は別格なのではないかと。それはブレイブの纏う気配に近く、ある意味では彼以上に底知れない。

 おかげで若干気後れしながら訊ねることになった。

「アクターが死んだというのは、本当か?」

「ほう……」

 意外そうな表情。予想とは異なる反応にアイズの方も戸惑う。

「なんだ?」

「いや、変わったようだと思っただけだ」

 よく見なければわからないほど微かに口角を上げるノウブル。こちらも彼のそんな顔を見るのは初めてのはず。ところが何故か、その笑みからは以前と異なる印象を受けない。

(元々これが素なのか?)

 自分の眼は無意識のうちに、そんな彼の内面を見抜いていたのかもしれない。そう感じた。

 対するノウブルはまた目線を落とし、自分の両手をじっと見つめる。左右どちらの腕にも包帯が巻かれていた。天士の再生力でも処置が必要になるほどの重傷を意味する。

「不覚を取った」

 巨大なドラゴンすら屠った男の吐く悔恨の言葉。彼もやはり仲間の死は悲しいらしい。

「炎を操る敵だったのだろう? お前とは相性が悪い」

「あの竜の炎は捌き切った」

「それでもだ」

 ノウブルの『盾』は肉体の一部に絶対防御の力を与える。しかし、その強度に反して面積は狭く、最大でも手の平二つ分の範囲しか守れない。むしろその小さな盾であんな巨大な竜を単騎で倒せたことが異常なのだ。未だにどうやったのかは彼以外の誰も知らない。当人はただ殴り合いに勝っただけだと言っている。

「過ぎた話だ、今さら論じても仕方ない。やめよう」

「そうだな……遅れてすまなかった」

「謝罪も不要だ、お前はお前の任務をこなしていたんだろう。咎があるとしたら俺だ、敵の気配を掴み損ねた。待ち伏せの可能性は念頭に置いてあったのだが」

「何?」

 再度驚くアイズ。向こうが仕掛けて来たとは聞いていない。

「アイリスから襲って来たと?」

「ああ、捕捉して数日、追跡を続けていた。向こうは逃げるだけだったのだが、突然反転して奇襲。有利な地形に誘い込まれた形だ」

「罠だったのか」

「その可能性が高い。ここから少し先の谷が戦場だ、気になるなら見に行くか?」

「ああ、もしかしたら七人目もその場にいたかもしれん」

「なるほど、その可能性もあるな」

 立ち上がるノウブル。この場は部下達に任せ、二人で六人目とアクターが散った場所まで向かうことになった。

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