悪夢の始まり

「あーあ、行っちゃった」

 少女はずっとその光景を見ていた。すぐ傍で、何一つ余さず見つめながら。

 運命には岐路がある。大きくそれが左右される分岐点。彼女は知っていた、ここがそうだったのだと。

 アイズはクラリオを去るべきではなかった。

 使命など忘れ、ただ日々の幸せに浸っていれば良かったのだ。

 五人が死んだ。残りはもう自分達二人だけ。もう一人は一足先に結論を出し、選択した。彼女はそっとしておいてあげよう、何も全員が道連れになる必要は無い。

 そう、自分はあの男達とは違う。選ぶ権利を与えた。彼女達全員に、この身を完成させるための犠牲にされてしまった六人全員の自由意思を尊重した。生きるも死ぬも好きにしていい、そう約束して野に放った。

 こちらの計画に協力してくれた子達もいる。生存を諦めず抗った子も。思わぬ結果に辿り着いた者も。

 自分はどうしよう? いいや悩むことはない、もう決めてある。

 ここが分岐点だったのだ。こうなったら、そうすると決めておいた。

 もしもアイズが残っていたら違った。それなら別の未来を選んでいただろう。

 けれど彼女は行ってしまった。


 深い深い暗闇の中にいる。底があるのかもわからない、今さら浮上することなんて考えられないほどのその場所から少女は呼びかける。行ってしまった彼女に向かって。


「まーだだよ」

 今はまだ戻らなくていい、もう少し準備が必要だ。

 最高の状態に仕上げておきたい。彼女に最大の絶望を与えるために。最低の悪夢を見せ、自分と同じ暗闇に引きずり込んでやるのだ。

「貴女は特別よ、アイズ」

 他の誰も彼女の代わりにはなれない。自分達アイリスの絶望を本当の意味で理解できるのは彼女一人だけ。他にはいない、絶対に。


 だからこそ希望なのだ。彼女はこの闇に残された、たった一つの光。自分達を救ってくれる存在。唯一絶対の理解者。

 今はまだ、そうじゃない。でも、必ずそうしてみせる。


「貴女も協力してねリリティア、一番重要な役割をあげる」

 彼女を手放さないで繋ぎ止めて。愛こそが最も強く心を縛り付ける。この鎖を千切ることは神にだって出来やしない。

 大丈夫、どんなに辛くて苦しくても、きっと彼女はこの手を取る。

 極上の甘美な悪夢に溺れてくれる。

「信じているわアイズ」

 少女の愛する最も美しい彼女。さあ、そろそろ戻る時間。



「もういいよ」



 お城の尖塔が砕け散り、人々の絶叫が街を満たした。

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