第16話 一三○○、午後は保健室授業
翌日の放課後、晴人と夏芽は図書室で席を並べていた。
「一番やばい科目は?」
夏芽の前に各教科書を並べると、夏芽は苦々しく数学の教科書に指を置いた。「目を覚ます度に知らない公式が黒板に並んでる……」
夏芽の嘆きは晴人の代弁でもあった。晴人にとってもこの一週間で置き去りにされたことを痛感していた。
「クラスごとで授業の進捗にそこまで差は開いていないはずだから、とりあえずこのノートを写すところからはじめよう」
晴人は奈緒から借りたノートを開く。晴人は既に写し終えていたが、いかんせん字が汚いため自分のノートは見せられるものではなかった。
「こんな数式覚えたところで将来必要ないのに……」
手を休めずに愚痴をこぼす夏芽に、晴人は古文を写しながら質問した。「夏芽は文系に進む?」
「理系を選ぶなんてありえない」
「俺も」
既に実施された文系理系の選択、目先の苦手意識だけで決めるな、将来を見据えて道を選べとは担任の弁だが、数学が主戦場になる理系に進もうとはとうとう一度も晴人は思えなかった。 以降、特に喋ることなく黙々と書き写す作業に没頭していたが、夏芽の「できた」と身体を伸ばしたのをきっかけに沈黙は終わりを告げた。
「どう? 理解できる?」
「ポイントが上手にまとめられていたから多分大丈夫だと思う。このノートすごく良い、過去分も遡って写したいくらい」
羨ましそうに夏芽がノートをペラペラとめくる。
「頼めば貸してくれると思うけど」
奈緒はそういう子だ。けちけちすることを良しとしない。
「なら……」
「ただし、夏芽が直接本人に頼むこと」
晴人に制されぐっと夏芽が詰まる。
「だって、奈緒って子のことよく知らないし」
「少なくとも奈緒は夏芽のことを知ってるよ。むしろ興味深々」
「どうして」
「眠り姫プラス近頃の俺との関係で」
晴人が答えると、納得したように夏芽は背もたれに身体を預けた。
「今度さ、夏芽のことを紹介してもいい?」
「むしろこっちの台詞。ただ、私たちの関係はどうやって説明するの?」
「それなんだけど――」
晴人はこれまでの経緯を説明した。
「苦しい理由だけどしょうがないね。後々困らないように詳細を詰めておこう」
ふたりは写し作業を一端中止し、互いのノートの余白で創作活動に取りかかった。
ようやく主要な教科のノートを写し終えた頃には外はもう真っ暗で、図書室の窓ガラスに映る生徒はいつの間にか晴人と夏芽のふたりきりになっていた。そろそろ帰ろうかと晴人が言いかけたとき、ふたりのスマホが同時に震えた。
「これ……どういう意味だ?」
メールの件名には次のように書かれていた。
一三○○、午後は保健室授業
先出人は辰巳だ。本文には、晴人にはどこを指しているのか見当もつなかいが、座標らしき数字が並んでいた。
夏芽はスマホに視線を落としたまま晴人に言う。「明日だってことはわかっていたけど、時間が十三時に決まったみたい。教室じゃなくて保健室を指定したのは、そう簡単に戻れないから」
「何を言っているのかさっぱりだ。つまり、どういうこと?」
「秋葉さんとの約束は覚えてる?」
「もちろん。一週間でいろはを覚えたら良いものを見せてくれるんだろう? このメールもその関連? いい加減教えてくれてもいいんじゃないか?」
晴人は未だに内容を知らない。あれからいくら夏芽に聞いても「じきにわかるから」の一点張りで教えてもらえないでいた。だが、それも今終わった。夏芽が口を開く。
「明日は秋から冬に変わる日。――季節の引き継ぎが執り行われるの」
霜月が終わり、師走が始まる。
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