藤間京

[松島悠月視点]


 リビングのソファーで横になりながら、元彼からのメッセージを見返していた。

 他愛のないやり取り。

 どうして、今になって胸に刺さるのかなぁ……


「遥君……」


 最初は遊びのつもりだった。

 いつの間にか、私の方が好きになっていた。


「俺、好きな人がいるんです」


 嘘のつけない正直な人だと思った。

 でも、そんな正しさなんて要らない。

 二番目でもいいから、遥君のそばにいさせて欲しかった。

 本当にみっともなく縋りついたけれど駄目だった。

 

 でも……今は……


 それでよかったのかもしれない。

 ううん、遥君と別れていてよかった。

 だって、藤間京あの男がまた私の目の前に現れたのだから。

 教室に入って来た時は心臓が凍りついた。


キョウ君……どうして……?」


 私の隣席に座っていた親友の鹿村塔子カムラトオコが大きな音を立てて椅子から立ち上がる。


「藤間っ!!」

「おっ、鹿村ちゃんじゃん!それに悠月も久しぶり〜。君達、元気だった?おっと、二人ともそんな怖い顔をしないでよ〜」

「貴様、よく私達の前に顔を出せたな!」

「おー怖っ!先生、何とか言ってくださいよ。僕、転校してきたばっかなんですけど」

「おーい、鹿村!お前の知り合いか?話なら後にしろ!もう朝のホームルーム始まってるから、とりあえず座れ!」


 塔子は渋々椅子へ座ると心配そうな表情で私を見つめる。


「悠月、大丈夫?」


 私は過去のトラウマから体が震えて、塔子に返事を返せなかった。


 ーー京君とは中学三年生の時に付き合っていた。

 当時、彼からの束縛とDVが酷くて、周囲からは、特に塔子には心配をかけてしまった。

 兄のおかげで別れる事が出来たけれど、こんな風に再開するなんて思ってもみなかった。

 

「えー、今日からみんなのクラスメイトになる藤間だ。三年の途中からの転入だが仲良くしてやれよ。藤間、自己紹介しろ!」

「アメリカの高校から転入して来ました、藤間京です。趣味はゲームで、特技は格闘技全般です。高一までは日本にいたのですが、ボクシングでインハイと国体の二連覇を達成しました。この時期の転入で不安ですが仲良くしてもらえると嬉しいです」


 髪を掻き上げながらニィと笑う。

 芸能人並みのルックスに筋肉質な体。

 何も知らないクラスの派手な女子グループからは黄色い声が上がっていた。

 私には爬虫類のような何の感情も持たない冷たい目にしか見えない。

 それに同じ中学だったクラスメイトは下を向いて震えている。

 私の隣にいる塔子だけが京君を睨みつけていた。



 ◇



 その日の放課後、私は京君に体育館裏へ呼び出されていた。

 中間考査明けで部活もあったので、練習用のジャージに着替えてから向かう。

 私が到着すると、すでに体育館裏には三人の人影が見えた。

 京君とバスケ部の一年生で確か戸村君だったかな?

 体育委員会で一緒だったから覚えている。

 それから……


「佐久間?何、その顔……?」


 傷だらけの顔をした佐久間が京君を睨んでいる。

 もしかして、京君に殴られたのかと思ったけどそうじゃないようで、京君はただ小馬鹿にするような顔で佐久間を見下していた。


「この顔のことは気にすんな。それより悠月遅かったじゃねぇか?」

「本当だよ〜。僕ら悠月待ちだったんだからね」

「どういうこと?」

「あん?これから俺がコイツをブチのめすんだよ」

「はあ?」

「佐久間君、僕をボコるためにボクシングを始めたらしいよ。何でも悠月に近づかないで欲しいんだって。佐久間君かっくいい〜アハハ〜」

「笑ってんじゃねぇよ、クソがっ!!テメェをボコるためにババァの特訓を死にそうになりながら受けて来たんだからなっ!!」

「やめなさいよ。あんたじゃ、京君に勝てるわけ……」

「うっせー。悠月は黙ってそこで見てろ!」


 私が止める間もなく、佐久間は京君に殴りかかってしまう。

 だけど、なぜか京君は避けなかった。

 そのまま佐久間のパンチを受けて地面に片膝を突く。


「ははっ、どうだ!!クソ野郎、俺のパンチは効いただろ!!」


 京君は蹲ったまま立ち上がらない。


「おら、どうした立てよ。もう終わりかよ!」


 そんな風に佐久間が煽ると、京君が「ぷっ」と笑いながらケロっとした顔で立ち上がる。

 そして、


 ドカッ!!


 京君が佐久間を殴り飛ばした。


「あゔっ!」


 佐久間の顔が歪む。


「佐久間君さ〜、ストレートは腰を捻ってこう打つんだよね〜。それで次はボディーを教えてあげるよ!よっ、と」


 ズシンッ!!


「フグゥ……!」


 佐久間の体が不自然に曲がる。

 そのまま「オェェェェェ!!」と佐久間は胃の中の物を吐き出すと体を痙攣させながら地面に倒れ込む。


「うわぁ〜佐久間君よっわ。それに汚ないな〜」


 私はその光景に足が竦んでしまう。

 バスケ部の戸村君もガクガク震えている。


「でさ、悠月。そこの下僕君じゃなかった戸村君から聞いたんだけど、最近まで悠月が付き合ってた一年……あー戸村君、名前何だっけ?」

「ヒィィィ、ふ、深瀬です」

「そう深瀬!そいつってどんな奴?」


 ーー京君の口から遥君の名前が出た時、体は強張るのに守らなきゃって思った。

 京君の生家である藤間家は財界や警察組織に顔が利く家柄だった。

 特に学校内でのことなら、わざわざ権力を使わなくても揉み消すのは容易だろう。

 ただ、京君自身は停学や退学になってもいいと思っているフシがあった。


「……モテなさそうだったから遊びで揶揄っただけ。すぐに別れたから」

「そっか、残念だな〜。もう別れてるのか。ところで、その一年とはヤったの?」


 私が首を左右に振ると、京君は心底がっかりした表情になる。


「面白くないな〜。そいつの目の前で僕と悠月がヤってるとこを見せつけてやろうと思ったのに。何だっけ?寝取りってやつ?やってみたかったな。僕の方がお前より悠月を悦ばせられるってやつ、ククッ……」


 そう言うと、京君は爬虫類のような目を細めて笑う。

 気持ち悪くて吐きそうだった。

 

「うーん、面白くないから佐久間君みたいにボコるだけにするか〜」

「ま、待って!彼とは一ヵ月くらいしか付き合ってないの。それにもう興味はないし、あんな陰キャの童貞に私の体を見られたくない。するなら京君と二人きりがいいよ……」

「へぇ〜」

「な、に?」

「悠月さ、その一年のこと庇ってない?」

「か、庇ってなんかないから……」

「そうかな?まっ、僕は悠月とヤれるんなら何でもいいけど。あっ、でも悠月のお兄さんには言わないでよ。あの人、ややこしいからさ」

「わかってるから……」


 こうして、私はまた京君と付き合うことになった。


 でも……


 心は、まだ………………

 


 ◇


 


 いつもお読みいただきありがとうございます。

 佐久間さんはプライドをへし折られ、トム君は藤間の下僕になりました。(トム君はまだざまぁが続きます)

 佐久間さんはいい人というよりは、藤間に対しては同族嫌悪な感じです。

 

 それから今回は内容が内容なだけにすみません。

 物語の展開上、やむを得ないのですが申し訳ないです。

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