雨の日のために
俺と絹ちゃんは、久遠さん達とファミレスで夕飯を食べていた。
ちょうど向かい合って座っていた二人はキャンプの話をしている。
どうも同じA班で野球部の安達君から言い寄られていて、久遠さんは困っているらしい。
「いっそ告白してくれた方がハッキリと断われるんだけどね。アピるだけの為に、周り巻き込んで二人きりにされるのはきちーのですよ〜。だからね、なるべくキヌキヌ達と一緒にいさせて〜」
そう言うと久遠さんは手を合わせていた。
絹ちゃんが頷くと久遠さんは「ありがとう、キヌキヌ〜」とテーブル越しに絹ちゃんへ抱きついていた。
仲良しだな〜と思う。
しかし、そんな二人のやり取りをスルーして、さっきから春川さんはオムライスを黙々と食べている。
だけど、何回か目が合うのは気のせいだろうか?
すぐに逸らされるけど。
俺は頭を傾げながら、飲み物が空になったので席を立った。
みんなの飲み物は、まだ大丈夫そうなので声を掛けずにドリンクバーへと向かう。
その間にスマホが鳴ったので、ポケットから取り出すと紬ちゃんからメッセージが来ていた。
『ミッションコンプリートしたよ〜』
どうやら梅ちゃんと蒼のケンカの仲裁は上手くいったらしい。
四人で餃子を焼いて食べている写真も送られて来ていた。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
折角、帰国している紬ちゃんに、全部任せてしまった事を後悔していたが、多分、この問題に俺が干渉すれば、蒼との亀裂は修復出来ないものになっていたはずだ。
蒼に押し倒されている絹ちゃんを見た時、月の光に照らされた絹ちゃんを見た時、俺の心は激しく騒ついた。
俺は…………絹ちゃんが好きだ。
その事に気づいた。
違う、気づかされた。
さっき隣の席で絹ちゃんの肩が触れた時、体中が熱くなった。
だからこそ、ちゃんとしないといけないと思った。
悠月先輩とのトーク画面を呼び出してメッセージを送る。
『お話があります。近々、会えませんか?』
悠月先輩からはすぐに返事が来て、俺達は中間考査明けに話す事になった。
「はあ……」
俺は思わず出た溜息に苦笑しながら、ドリンクサーバーの烏龍茶のボタンを押す。
その時だった。
「い、陰キャ、溜息ついてるけど何かあった?」
いつの間にか俺の隣には春川さんがいて、ホットココアのボタンを押しながら心配そうな瞳で見つめてくる。
「何もないけど」
「ほんとに?」
「うん」
俺は話を終わらせると春川さんのホットココアをミニトレイに載せて、一緒に運ぼうとすると「ありがと」と蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
その後でなぜか……
「陰キャってね、松島先輩と付き合ってるの?」
急に、タイムリーな話題が飛び出してミニトレイを傾けそうになる。
「どうなの?」
春川さんは、俺のパーカーの裾をぎゅっと掴んだ。
上目遣いに見つめてくる瞳が潤んでいる。
女子は恋バナが好きだとは聞いてはいたけど、俺は春川さんの勢いに押されて、思わず「付き合ってるけど。でも、もう別れようと思ってる」とつい本音で答えてしまっていた。
「な、何で?!あの松島先輩だよ?」
春川さんは目を白黒させながら驚いている。
「俺……好きな人がいるんだ」
「えっ……」
「だから、別れる。自分勝手だと思うけど」
「そ、そんなことないよ……」
「春川さん?」
「他の人を好きな気持ちを隠したまま付き合われるよりいいよ。それに好きになる気持ちは止められないし、どうしても自分勝手な気持ちになっちゃうもん。だから私も陰キャの気持ちわかるよ?わ、私もそうだし」
春川さんは戸村君を一途に思っているはずだ。
だから悠月先輩がいるのにも関わらず、絹ちゃんへの想いに気づいた俺とは違う。
それでも春川さんなりに俺の事を気遣ってくれているのがわかった。
「ありがとう」
「にゃ?!(わ、私もトム君以外の人が気になるなんて思ってなかったもん)」
下を向いたまま、ゴニョゴニョと小声で言うので何を言ったのか全く聞こえなかった。
だけど言い終わった後、春川さんは耳まで真っ赤になっていた。
それから、ファミレスで小一時間程、四人で話してから解散する。
俺と絹ちゃんが家へ戻ると紬ちゃんが出迎えてくれた。
そして、俺の顔を見るなり紬ちゃんは「フッフッフッー」と嬉しそうに微笑む。
まるで俺の心を見透かされたように感じて、紬ちゃんには敵わないな……と俺は思うのだった。
◇
中間考査明けの日曜日。
俺と悠月先輩は遊園地へ遊びに来ていた。
実はこの日までに、俺は何度か別れ話を切り出そうとしたのだが、悠月先輩はまともに取り合ってくれなかった。
有耶無耶にされたまま「遊園地デートがしたい」と押し切られてしまい現在に至る。
そして。待ち合わせ場所に現れた悠月先輩の私服が可愛くて、さっきから俺は目のやり場に困っていた。
清潔な白いロンTにベージュのニットベスト、薄いミントグリーンの爽やかなスラックスパンツにカジュアルなスニーカーを合わせている。
はっきり言って大人可愛い。
年上最高と叫びたくなる。
俺は、ただの男子高校生のそれになってしまっていた。
それに、いつもより悠月先輩のボディータッチが激しくて、俺は出来るだけ距離を保ちながら悠月先輩と接するように心がける。
二人で園内を周っていると、終始ーー悠月先輩は小さな子供みたいにはしゃいでいた。
もしも俺が絹ちゃんへの想いを自覚していなければ、俺にとって悠月先輩はかけがえのない存在になっていたかもしれない。
だけど…………
夕暮れ時、世界が意図してオレンジ色に塗り潰される。
「遥君、観覧車に乗らない?」
さっきまで、無邪気にはしゃいでいた悠月先輩が静かに呟いた。
俺達は観覧車に乗り込み、並んで座る。
……悠月先輩は、ただ窓から見える景色を眺めていた。
二人の間に沈黙が流れる。
この世のものではないほど美しい横顔にオレンジ色の影が落ちた。
「遥君、話って……何?」
悠月先輩の声が震えている。
それでも……
「……俺と別れてくれませんか?」
悠月先輩を真っ直ぐに見て、それから俺は頭を下げた。
「いや……遥君と別れたくないよ……」
「俺、好きな人がいるんです」
「…………」
「…………」
「わ、私……二番目で……いいから……遥君と一緒にいたい……」
突然の涙声に驚いて、顔を上げると両手で涙を拭う悠月先輩がいて……そのまま、俺に抱きついてくる。
子供みたいに泣きじゃくる悠月先輩に何も出来ないまま俺は謝り続けた。
「俺にはそんなこと出来ないし、耐えられません。すみません」
「遥君……」
「すみません……」
長く重たい沈黙が流れた。
俺の腕の中で悠月先輩はしばらく泣いた後「じゃあ……しゃあね、ここにいる間だけは遥君の彼女でいさせて?こんなに楽しいデートは初めてだったから……」と呟いた。
ゆっくりと観覧車が動きを止める。
俺は悠月先輩の手を引きながら外へ出た。
園内放送が始まり閉園時刻を告げている。
日は傾き、濃いブルーに紫色が混じり始めていた。
園内を歩きながら入口へと向かう。
悠月先輩は無言のまま、俺の指に指先を絡めた。
ぎゅっと握られた手の温もりが、今は切ない。
この時間が早く終わればいいのに、俺は身勝手だけど……そう思った。
◇
一週間後。
悠月先輩には新しい彼氏が出来ていた。
茶髪のマッシュヘアーで、甘いマスクのイケメンだった。
その彼氏と腕を組んで歩いていたのだが、その時の悠月先輩は……まるで無表情な人形のように、今にも消えてしまいそうだった。
◇
いつも閲覧いただきありがとうございます。
ノロノロ更新ですみません。
今後も体調と相談しながらになりますが、執筆を続けていけたらと思っております。
こんな状態ですので、応援も出来たらで大丈夫ですので宜しくお願いします。
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