このまま 後編(改稿版)

 自室で制服から部屋着へ着替えていた。

 絹ちゃんは勝手知ったるという感じで、ベッドの端に腰を掛けて漫画を読んでいる。

 俺はネクタイを解いて、シャツを脱ぎながら蒼の切ない表情を思い出していた。


 ……まさか蒼が絹ちゃんの事を好きだったなんて、俺は思いもしなかった。


 脱いだシャツをハンガーに掛けていると、パタンと小さく漫画を閉じる音がして、絹ちゃんが話しかけてきた。


「続きが気になるな」

「葬送のフ○ーレン、ちょうどいい所だしね。そう言えばアニメ化も決まったらしいよ」


 決まったばかりのアニメ化情報に、絹ちゃんがキラリと目を光らせる。


 この漫画は魔王を倒し、冒険を終えた勇者一行の一人、|エルフの魔法使いのその後を描いた後日譚ファンタジーで、俺も含め、蒼や天、それに梅ちゃんもハマっていた。

 そして、ついに絹ちゃんまでハマってしまったようだ。


「絹ちゃん、アニメ観る派だっけ?」


 絹ちゃんは軽く首を左右に振る。


「だけど、フ○ーレンがミミックに食べられている所は観てみたい」

 

 そう言うと絹ちゃんは目を細めた。


 この漫画の主人公であるエルフの魔法使いは魔導書が大好きで、ダンジョンでも率先して宝箱を開きに行くのだが、大抵が偽の宝箱ミミックでいつも食べられてしまうというシュールなオチになっている。

 

「ははは、確かに俺も見たいかも」

「ん、楽しみだ」


 二人で顔を見合わせて笑う。

 

 いつものように、出来ている。

 心が、なぜかそう思った。

 深呼吸をして時間を確認する。

 

「そろそろ行かないと梅ちゃんに怒られるかも」

「そうだな。その前に深瀬、ジャージを貸して欲しい」

「ジャージ?」


 俺が首を傾げると、絹ちゃんは手術前の外科医のように両手を上げる。


「あー、今から餃子を包むもんね。了解。中学の時のでいい?」

「ん」


 短く返事をした絹ちゃんに、クローゼットから取り出したジャージを渡す。

 絹ちゃんは制服のブレザーを脱いで、ネクタイを緩めて……着替え始めた。


「絹ちゃん!ここで着替えるの?」

「ん?ジャージを羽織るだけだからな」


 はぁ……、内心ため息を吐く。

 

 絹ちゃんの細い首筋に目が釘付けになる。

 

 ……心臓が煩い。


 俺には悠月先輩という人がいるのに。


 そう思うのに、さっきの光景がフラッシュバックする。


 もしも……


 蒼と絹ちゃんが付き合ったら、いや、蒼じゃなくても誰かと付き合った時、俺は手放しで祝福出来るのだろうか?


 そう思ってすぐにかぶりを振った。









 あの日の記憶が蘇る。

 

 幼い日の約束はまだこの胸にある。

 




「懐かしいな」


 サイズの合わない、大きめのジャージの袖口を丁寧に折りながら絹ちゃんが呟いた。


「中学を卒業してから、まだ三ヶ月しか経ってないのに、もう随分前のように感じるよね」

「そうだな」

「そういえば、ソラから聞いたけど体育の田村先生と美術の愛ちゃん先生が結婚したらしい。絹ちゃんは知ってた?」

「いや、初耳だ。まるで美女と野獣だな」

「俺も思った。あとさ、英語の堂本先生が……」


 俺は自分の気持ちを誤魔化すように、他愛のない話を切り出した。


 そのまま話をしながら、部屋の電気を消して二人で一階へと下りた。


 洗面所で手を洗い、台所へと続く廊下を俺達が歩いていると、居間の方から一万円札を左手でひらひらさせたツムギちゃんが……


「遥、おそーい!!私……今とっても、ロー○ンのふわふわどらもっ○、かすたーど&塩キャラメル味が食べたくなったから買ってきて!!」


 ドーン!!と効果音が付きそうなほどの仁王立ちで俺達の前に現れて、無茶ブリをするのだった……



 ◆



 応援や評価をありがとうございます。

 頑張れるのは皆様のおかげです。


 今回で主人公は自分の想いを自覚しました。

 まだ足枷はありますが。

 こうなると主人公の性格上、悠月先輩とは残念ながら終わりを迎えるルートになります。

 先にお詫びいたします。


 次回予告……

 久しぶりの嵐ちゃんと美雨様再登場です。

 

 改稿版……誤字脱字を訂正しました。

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