このまま 前編

「蒼っ!!何してんだよ!!」


 気づいたら蒼を押し退けて、絹ちゃんを抱き起こしていた。

 白い手首には、蒼に掴まれた箇所が薄く赤みを帯びている。

 その箇所に触れて絹ちゃんを見ると、俺の心配を余所にホッとしたような表情を浮かべていた。

 蒼は俺達を見ながら、


「絹ちゃんと話をしてたんだけど」

「俺には話をしてるようには見えなかったけどな」

「遥兄には関係ないよね?俺と絹ちゃんの問題だから黙っててよ」

「俺に黙ってて欲しかったら、絹ちゃんに乱暴な事をするな!」


 俺は怒りを隠せないまま蒼を睨みつけた。

 俺の言葉に蒼は唇を歪ませながら俯く。


「深瀬、蒼と話していたのは本当だ」

「絹ちゃん?」


 俺の肩口に絹ちゃんの手が触れて、蒼と向き合うような体勢になる。

 なぜか、その手に触れられた肩が熱い。


「話をしていたって、何を……」

「それは……深瀬には言えないことだ」


 絹ちゃんは困ったように眉尻を下げた。

 そんな顔されたら、もう何も言えなくなってしまう。


「絹ちゃん、俺に気を遣っているなら気にしなくていいよ。俺は遥兄に知られても問題ないから」


 蒼の言葉に心臓がドクドクと血を流した。


「蒼……私は……」


 絹ちゃんは何かを言いかけて、すぐに口籠もってしまう。

 気不味い沈黙が三人の間に流れた。

 

 ……長い長い沈黙だった。

 

 その沈黙を破ったのは蒼だった。

 いつもクールで何を考えているのか分かりにくい蒼の表情が崩れる。

 それは俺が今まで見たことのない切ない表情だった。

 

「絹ちゃんを困らせたい訳じゃないから。俺は……絹ちゃんに俺を選んで欲しいだけだから」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。

 俺はただ黙って……絹ちゃんの言葉を待つ。


「私は……蒼の気持ちに応えられない」

「そっか、それで理由は?」

「理由は答えたくない」

「ここに遥兄がいるから?」

「蒼、そうじゃない」

「ふーん」


 会話の後、俺の肩に触れていた絹ちゃんの手が離れた。

 同時に絹ちゃんと視線が合う。

 その瞳はなぜか……俺だけを見つめている。

 思わず喉の奥が熱くなった。


 何だろうこの気持ちは……?


 よく分からないけど、なんだか落ち着かない。

 それに今、俺はどんな顔をしているのだろう?

 きっと変な顔に違いなかった。


 そんな二人を見て、蒼は髪をかき上げると、やれやれといった表情で首を左右へ振る。


「はぁ……二人だけの世界に浸らないでよ。告白したの俺なんだけど?今はさ、引き下がるけど、俺は絹ちゃんの事を諦めた訳じゃないから。それで遥兄は俺達を呼びに来たんだよね?」

「……梅ちゃんが餃子包むの手伝ってくれって」

「わかった。じゃあ、俺は先に下へ降りてるから」


 蒼は徐に立ち上がると部屋を出て行く。

 取り残された俺達は暫く無言のまま見つめ合った。



 このまま……



 このままで……そう願う。



 しかし、この日を境に……

 俺達の関係は変わっていくのだが、この時の俺は知る由もなかった。



 ◆



 いつもお読みいただきありがとうございます。

 物語は後編へ続きます。

 応援や評価、コメントを励みにさせていただいております。

 重ね重ねありがとうございます。

 

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