強行手段
「うわーん!絶対、トム君に嫌われたー」
放課後のマ○ク。
テーブルに突っ伏しながら、春川さんはガチ泣きをしている。
うん、これはデジャヴだ。
これ以上、泣かれても困るので、とりあえず「そんなことないよー」と小学生女子を宥め続ける。
「そんなことあるもん!びぇーん!」
「はいはい。また涙拭こうね」
「この前から、ありがと……」
「今日はいいから」
「うん」
そんなやり取りをしながら、涙を拭いていると店内から様々な外野の声が聞こえてくる。
「うわーあんな可愛い彼女をなに泣かせてんだよ……マジ、あいつ何様だよ」
「だな。陰キャのくせにガチ美少女と付き合うとか、どっかのラノベかよ」
「あーそれな、俺も思ったわ」
とか。
「ねぇ、あれってモデルのMIUじゃない?」
「マジ?どこ?」
「あそこ、やばっ、美少女すぎでしょ」
「エグいほど可愛いんだけど。でも、一緒にいるモブ男Aみたいなの、彼氏じゃないよね?」
「まさかー、ないでしょ」
「だね〜、あはは〜」
など。
言われ慣れているとはいえ、ぐすん……散々な言われようだった。
「もう、ここ出よっか?」
不意に袖口を引っ張られた。
春川さんは鼻をグズグズしながらも、俺を心配するような表情で見上げてくる。
「大丈夫なのか?」
「だって……陰キャ、嫌な思いしてない?」
「俺はこういうのに慣れてるから」
「あのね……そーいうのに慣れちゃダメだよ?」
「…………」
不意打ち過ぎて、言葉に詰まった。
やっぱり良い子だな、と思う。
頭をよしよーしと撫でる。
今回はかなり落ち込んでいるのか、嫌がりもせず、俺にされるがままに撫でられている姿に胸が痛くなった。
それもそのはずで、今日のLHR……
戸村君は黒沼先生を巻き込んで強行手段に出てきた。
「今回はオリエンテーションキャンプの班決めをする予定だけど、実は黒沼先生に相談して、予め班を決めてみたんだ」
戸村君の手によって黒板に貼り出された紙には、AからFまでの六つの班に分けられたクラスメイトの名前が書き出されていた。
教壇で爽やかに笑う戸村君の横暴な意見に反応したのは、俺達四人、そして春川さんと久遠さんだけだった。
「他のみんなには、先に声を掛けていて了承を貰っているんだよ。深瀬君達には、昨日の昼休みに声を掛けようとしたけど忙しいみたいだったから、後からになってごめん」
「私も聞いてないかな〜」
「そうだったかな?嵐も美雨もごめん」
「おい、戸村!全員に説明しないと駄目だと伝えていただろう?」
「すみません。俺も結構忙しくて」
「まあ、久遠達にも言い忘れていたのなら仕方ないな」
他のクラスメイトが何も言わないのと、戸村君と仲の良い二人に知らせていなかったことで、黒沼先生も「それなら仕方ないな」という雰囲気になっている。
ワザとだ。
それに……
A班
安達 吉瀬 戸村 久遠 志倉 山川
E班
長谷 深瀬 村正 五十嵐 鶴田 春川
この班分けは酷い。
他のクラスメイトが反論しなかった理由は、直接、自分達のグループに被害がなかったからかもしれない。
俺や長谷君、五十嵐さんはクラスでもボッチの部類に属している。
もしかしたら「どこのグループにも引き取り手がなくて班分けが揉めてしまう」と戸村君は黒沼先生に話を持ち掛けたのかもしれない。
この班分けには、どうしてもそういう悪意を感じてしまう。
そして、一番タチが悪いのは、実際そうだとしても、戸村君に考えすぎだと言われたらそれまでになることだ。
シンプルで地味な嫌がらせほど効果的なんだよな、と思いながら村正君と顔を見合わせる。
村正君も俺と同じ意見らしく、首を左右に小さく振っていた。
黒沼先生、殆どのクラスメイトが戸村君側なのだから抵抗するだけ無駄だろう。
そんな俺達を見て、戸村君はほくそ笑んでいた。
万が一、俺達がこの案を拒否したら、大人しい長谷君や五十嵐さん、それに俺を理由に「それじゃあ、全員でくじ引きしようか?」と言い出すはずだ。
そうなれば、次はくじ引きを拒否するクラスメイトに非難されるのは俺達だった。
だから、どちらに転んでも戸村君の思うつぼでしかない。
反論=諸刃の剣でしかなくて、俺が迷っていると、急に春川さんが立ち上がった。
「トム君、これはダメだと思うよ。陰キャ……じゃなかった。深瀬君達が仲良いの、トム君知ってるじゃん?」
春川さんの言葉に教室中が騒ついた。
まさか、いつも戸村君に従順な春川さんが反論してくるとは思わなかったのだろう、戸村君は口の端をピクピクと引きつらせている。
「美雨さ、俺と一緒の班になれなかったからって、我儘ばかり言わないでくれるかな?」
……何だよ、それ。
春川さんのことを何とも思っていない酷い言葉だと思った。
言葉は立居を表すと言うけど、そういうことを平気で言えるから、こんな嫌がらせを考えつくのだろう。
「違っ……そうじゃなくて……」
春川さんは、純粋に俺達のことを考えてくれたはずだ。
それくらい、殆ど関わりのない俺でも分かるのに……
「今回の班分けはクラスのみんなも納得してくれている。美雨が俺を好きなのは理解してるけど、今回は我儘が過ぎるかな」
その言葉に春川さんの表情が曇る。
俺は……思わず立ち上がった。
「深瀬君、何かな?」
戸村君の俺に向けた冷たい声に、クラス内が静まり返った。
絹ちゃんや山川さんが振り返って、俺の方を心配そうに見つめている。
「そこまで言うことはないだろう。あと、春川さん……俺はこの班がいいから」
「陰キャ?」
俺は春川さんに向けて、精一杯の笑顔を向けた。
百パー不気味な笑顔になっていると思うけど仕方ない。
「僕もこの班がいいよ」
俺の意図を汲み取るように、村正君が発言をしてくれる。
すげーありがたいよ、村正君。
「アタシもこの班がいいかも〜」
俺と村正君の方を見ながら、なぜか、殆どクラスで関わりのなかった鶴田さんまで発言してくれる。
「美加理ちゃん……うん……そっか、私もこの班がいい」
俺達の思いが伝わって、春川さんが椅子に座る。
「ははっ、それはよかった。じゃあ、これで決まりだね」
戸村君が愉快そうに笑いながら、次の議題である飯盒炊飯の係決めの説明を始めた。
村正君は俺にだけ聞こえるように「僕達はいつでも行けるからね。あとで四人で話そうか」そう言って微笑んでくれる。
こういうのいいな、と思う。
それに……
俺達を庇ってくれた春川さんが、あれ以上……無駄に傷つけられなくてよかった。
余談だが、その後……
各班に分かれて係決めをした時、春川さんや鶴田さんは勿論、長谷君も五十嵐さんも良い人達で、俺達の班は平和に係決めが終わったのだった。
そして、現在に至るのだが……
春川さんはE班のみんなに気を遣わせないように気を張っていたのだろう。
俺と二人になった途端、涙腺が決壊したようにポロポロと泣き出した。
俺はどうやって、春川さんを元気付けようか悩んでいると……
「ねぇ、陰キャ……美雨、どっか行きたい……」
春川さんの潤んだ瞳が揺れた。
「わかった」
「いいの?」
「今日はいいから」
「さっきからそればっかじゃん。でもね、ありがと……」
俺はトレイを持って立ち上がった。
春川さんは小さな子供のように、俺のブレザーの裾を指先で掴みながら後を付いて来る。
俺が苦笑していると……
「見て見て、あのカップル、ケンカして仲直りしたのかな?」
「なんか微笑ましくない?」
「うん、お互いのことめっちゃ好きそー」
「ねー」
また、周囲の声が聞こえてくる。
春川さんは、急にブレザーから手を離すと……
「べ、別にアンタのことなんか、す、好きじゃにゃいから……」
「はいはい、トム君だもんな」
「むきぃぃぃ。陰キャのバーカ、思い出させないでよぉー!!」
こうして、謎に元気になった春川さんと俺はマ○クを後にしたのだった。
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