村正家
お茶の良い香りがした。
現在、俺と絹ちゃんは村正君の部屋で中間考査の勉強をしている。
山川さんは「村正君のご家族に挨拶してくるね」と言って村正君と二人で一階に降りて行った。
「村正茶」のことは知っていたけど、まさか村正君の家が老舗のお茶専門店だったとは思わなかった。
絹ちゃんは知っていたようで、平然とお茶を飲んでいた。
失礼にならない程度に村正君の部屋を見渡した。
自作なのだろうか?
温かみのある木の壁掛け棚に、五十種類ほどの色鮮やかなルアーが個別に飾られている。
本棚には詳細な日本地図や釣り関連の本、神社仏閣の本が整然と並んでいた。
全体的に緑色を基調とした部屋は、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
カッコいい……
俺は益々、村正君を好きになってしまいそうだ。
これは、やばたにえん案件かもしれない。
「深瀬、勉強が進んでないぞ。分からない所でもあるのか?」
俺の数学のノートを覗き込みながら、絹ちゃんが話しかけてきた。
絹ちゃんからは石鹸の優しい香りがする。
先程の出来事が後を引いているのか、艶やかな黒髪を耳に掛ける仕草に思わず見惚れてしまった。
絹ちゃん……
こんなに綺麗だったかな……
「深瀬、聞いているのか?」
俺の方を向いた絹ちゃんと視線が合った。
近い……
いつもの俺なら平気だったのだと思う。
だけど……
困ったように下がる眉。
その下には濡れたような黒い瞳が輝いている。
陽に透き通るような白い肌。
真っ直ぐに通った鼻筋。
唇は……
そこまで考えて……
自然と顔が熱くなった。
そんな俺を見て、絹ちゃんまで……
窓からは春の終わりを告げるように、湿度を含んだ風が吹き始めている。
……絹ちゃんが俺だけを見ていた。
ただ、目を細めて優しく微笑んでいる。
どのくらい、二人でそうしていただろう?
長い時間のような……
でも、一瞬の出来事のような気もする。
……村正君達の階段を上がる足音が聞こえて、我に返った。
もしも、あのままだったら俺と絹ちゃんはどうなっていたのだろう?
そう思いながら、村正君達が部屋へ戻って来るのを待った。
◆
その頃、春川家では……
リビングのソファーで、春川美雨が鳴らないスマホと睨めっこをしていた。
「ふへぇ〜いいお湯だった。妹よ、母上が「夕飯前に美雨もお風呂を済ませておきない」とのことだ。しかし、本当に兄が先に風呂へ入ってよかったのか?いつもなら「お兄の後は入りたくない!」って言うだろ?」
「今日はいいの」
「お前、さっきから携帯ばっかり見ているけど、何だっけアイツ……あー、トーマスからの連絡でも待っているのか?」
「はあ?トム君だし!それよりお兄……また美雨のシャンプー勝手に使ったでしょ?あれ高いんだからねっ!」
「あれな、髪がまとまるんだよ〜」
「女子みたいな顔して、そんな女子みたいなこと言ってると、一生、彼女出来ないんだからね」
「へいへい。お前マックス機嫌悪いけど……またトーマスにでもフラれたか?」
「ト・ム・君だから!違うし……トム君じゃないヤツからの連絡が来ないの」
「ほう、何、それ。めっちゃ面白……ゴホン!兄に詳しく……」
ピロンッ!
「あっ、陰キャから!」
『わかった。また明日説明する』
「えへへ。でも何よ、説明って。美雨、全然あんなの気にしてないし」
「なあ……」
「何?お兄、まだいたの?」
「まだいるぞ。ところで妹よ、本当にそれトーマスからじゃないんだよな?」
「はあ?そう言ってるじゃん!」
「お前、めっちゃ、顔ニヤけてるぞ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?そんにゃことにゃいしぃぃぃぃぃ!!」
……
赤面して猫語を話す妹を愛でながら、心の中で滂沱の涙を流すのであった。
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