冷たいぬくもり 前編

 午後の光が中庭へと降り注いだ。

 村正君達との楽しい昼休みは、あっという間に時間が過ぎ去ってしまう。

 予鈴が鳴って、足早に教室へ戻る間も心がふわふわとしていた。

 五限と六限は選択授業だったから、予め用意をしていた画材を抱える。 

 同じ選択授業を取っていた絹ちゃんと、そのままの流れで美術室へと急いだ。

 特別教室が集まっている西棟へ向かう渡り廊下で、急に絹ちゃんが立ち止まった。

 絹ちゃんはポケットからハンカチを取り出すと、俺に向かって腕を伸ばした。


 渡り廊下の等間隔に並ぶ窓ガラスは、キラキラと輝く光を集めて、まるで一つの生き物のように絹ちゃんの透き通るような肌を美しく照らした。


「深瀬、口の端にクリームが付いてる。今、拭くから動くな」

「あーキャラメルクリームかも」


 俺がそう言うと、絹ちゃんのハンカチを持つ手が止まった。


「キャラメルクリーム?」


 そのまま俺の肩に手を置くと……


 背伸びをしたまま、絹ちゃんの柔らかな唇が俺の口の端を掠めてクリームを掬う。


「ん……深瀬、キャラメルクリームというよりバナナクリームだぞ」


 冷静な絹ちゃんとは正反対に、俺は口元を押さえたままフリーズしてしまう。


 多分、絹ちゃんは……

 幼い頃からの延長みたいな感じで……


 だけど、俺は柔らかな唇の感触を思い出して心臓がバクバクと音を立てた。

 真っ赤になる俺の様子を見て、やっと絹ちゃんも状況を理解出来たのか……


「た、他意はないからな」

「あ、あったら……」

 

「あったら困るよ」と言いかけて言葉が続かなかった。


 そうしている間に本鈴が鳴って我に返る。


 俺は……今、何を考えていたのだろう?


 フリーズしたまま動けなかった。


「深瀬、急ぐぞ」


 そんな俺の手首を絹ちゃんが掴んで歩き出した。


 それもやっぱり幼い頃の延長で……


 俺は絹ちゃんの手ひらの、その冷たいぬくもりを感じながら、自分自身の胸がぎゅっと締まるような感覚に戸惑うのだった。



 ◆



 むきぃぃぃぃぃ。


 私、春川美雨ハルカワミウはスマホの画面を見つめながら、陰キャからのメッセージを待っていた。

 

 トム君がずっと隣にいたのに……

 昼休み中、陰キャからのメッセージを待ってしまった自分自身に腹が立つ。

 

「美雨、スマホばっか見てどうしたの〜?」


 嵐ちゃんが、最近ハマっている「から○げクンたっぷりタルタルソース味」を食べながら話しかけてきた。

 モグモグと頬を膨らませながら食べている。

 はあ……

 さらさらの髪が揺れて良い香りがするし、睫毛長いし、目元なんてちょー優しくて、嵐ちゃん、クッソ可愛いんですけど。

 

「美雨?」

「うーん、何でもない。ちょっと連絡待ってただけ」

「ん?誰の〜?」


 小首を傾げている嵐ちゃんをとりあえず写メってから「どーでもいいヤツの連絡」と答えて、ブレザーのポケットにスマホを仕舞う。

 だけど……すぐに通知音が鳴ったので、急いで取り出すと『さっきは助かった。ありがとう』と陰キャからのメッセージが届いていた。


『気にしないでよ。こっちが悪かったから。ところで今日の放課後、どうせ暇よね?美雨に付き合いなさい』


 きっと、陰キャは美雨からの返事を待っているだろうから、すぐにメッセージを送り返す。


『無理、予定あります」

『美雨との放課後より大事な用事なの?』

『はい』

『陰キャのバーカ、もうあんたとは遊んであげないから』

『わかった』

『ごめんなさい。美雨と遊んでください』

『わかった』

『じゃあ、明日の放課後は?』


 折角、美雨が即レスしてあげたのに、陰キャは既読スルーだった。

 

 で、でも、次の授業はアイツと同じ選択授業のはずだから……

 気を取り直して嵐ちゃんと美術室へ向かう。

 向かっている途中で、真後ろから陰キャの声が聞こえてきたので、曲がり角に隠れて驚かそうとした時だった。


 陰キャが志倉絹あの女とキスしている所を私は目撃したのだった。

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