キャラメルバナナサンド

 爽やかなイケメンスマイルを戸村君は浮かべている。

 だけど、腹の中では……

 全然、違うことを考えていると思うと……

 俺は無意識に足が前へ出た。

 折角、村正君達が誘ってくれたのだから、出来ることなら和やかに楽しみたいと思ったからだ。

 ただ、他のクラスメイト達が見ている中で断るのはやはり感じが悪い。

 俺は何を言われてもいいし、多分絹ちゃんも気にしないと思う。

 でも、村正君や山川さんには迷惑を掛けたくないなと思っていると、村正君が俺の肩にポンっと手を置いた。


「戸村君、今回は悪いけど遠慮してくれないかな。僕が無理を言って深瀬君や志倉さんに時間を取って貰ったから」

「えっ……」


 まさか断られると思っていなかったのか、戸村君の笑顔が引きつっている。

 教室内もあの戸村君の誘いを断るなんて

……とザワついていた。


「トム君、美雨お腹空いたから〜教室で食べようよ〜」


 その空気を変えるように春川さんは戸村君の腕を掴んだ。

 そして、俺にわざとらしいウィンクを何度か送ってくる。

「美雨が空気読んであげる」と幻聴が聞こえて来たので頷くと、お決まりのドヤ顔をしていた。

 でも、今回ばかりはありがとうと心の中で手を合わせる。


「そっか、そっか。ごめんよ〜」


 久遠さんも申し訳なさそうにしている。

 ただ、戸村君だけは納得していない表情をしていた。

 

「深瀬君、行こうか」


 村正君は戸村君の態度を気に留めることもなく歩き出した。

 その後を追いかけるように俺と絹ちゃん、山川さんは教室を出て中庭へ向かうのだった。


 村正君……君はエレガント過ぎるよと、俺は内心、感動するのだった。



 ◆



 中庭の花壇では、マリーゴールドが咲き始めている。

 季節は六月を迎える準備をしていた。

 ベンチに絹ちゃんと山川さんが腰を掛けて、俺と村正君は芝生の上に胡座を掻いて座る。

 思い思いに昼食を食べながら、今日の勉強会の話になった。

 

「さっきね、勉強会に深瀬君を誘ったの。絹ちゃんも来るでしょう?」

「ん、行く」

「ふふふ、何だか楽しみだね〜」


 顔を見合わせながら笑っている二人を見て思わずほっこりしてしまう。

 村正君も同じ気持ちだったらしく視線が合った。

 

「以前から、もっと深瀬君と話したいと思っていたから嬉しいよ。中学も同じだったのに、なかなか話す機会がなかったからね」

「俺も話したいって思ってたんだ」

「そうか!それは嬉しいな。ところで深瀬君はボクシングが相当強いと小春から聞いてるよ。高校ではインターハイや国体は目指さないのかな?」


 村正君の質問にどう返答しようか迷ってしまう。

 どんな理由があったとしても、俺は……以前、人に暴力を振るってしまった。

 その時、俺は周囲の信頼を裏切り、尚且つ自分自身に失望した。

 自室に引きこもって、ボクシングからも逃げようとした。

 兄貴とコーチ、そして日向会長の説得がなかったら……

 あの頃の俺は腐ったままだったと思う。

 

「遥は十七歳になったらプロテストを受けな。で、プロになってお前より強い奴らに揉まれてみな。したら、今、悩んでいることなんてどうでもよくなるから。自分自身に失望なんて三千年早いんだよ!お前はさ、まだ何者でもないんだから。あとな、間違えたと思ったなら二度としない、それだけでいい。わかったか?」


 日向会長に言われた言葉に、俺は救われたのだと思う。

 そして、あの頃感じていた兄貴が俺達兄弟の為にボクシングを諦めた負い目も……日向会長には見透かされていたのかもしれない。

 

 村正君の質問に答える前に両手を見る。

 道を示して貰ったから……だから……

 あの時から寄り道をしないと決めていた。


「村正君、俺ね……早くプロボクサーになりたいんだ」

「なるほど、だから部活に入って無かったんだ。でも凄いな。もう深瀬君は将来の事を考えているんだね」

「ううん、俺一人だったら決めれなかったよ。たまたま俺は周囲や環境に恵まれたから……」


 そう言ってから気づく。

 俺は……

 自分でも恥ずかしいほどの笑顔で……笑っていた。

 


 ◆



[志倉絹視点]


「深瀬……」


 久しぶりに見た、心からの笑顔だった。

 最近はいつも暗い顔をしていたから。

 深瀬の笑顔を取り戻してくれた小春達には感謝しかないな、と思う。

 

 二週間前。

 深瀬から付き合う人が出来たと聞かされてから……ずっと心配だった。

 

 松島先輩。

 噂や人に疎い私でも知っている有名人だった。


 深瀬とあの人にどんな接点があったのか詳しくは聞かなかったが、あの人の態度から深瀬に本気ではないのだろうと思っていた。


 だから、深瀬が傷つかないように……落ち込んでいたら励ませるように……それだけを考えていた。


 自分でもお節介だとは思っている。

 だけど、ずっと深瀬は私の特別だった。


 小春は……それを恋だと言うけれど。


「やっと、絹ちゃんが本気になってくれて嬉しいよ」と笑うけれど。


 私はこの気持ちを何と呼べばいいのか、よくわからなかった。


 穏やかな春風か吹いた。

 花壇に咲いているマリーゴールドは、まるで羊が群れを成すように揺れている。


 私は群れから逸れた羊のように、ただ……深瀬を見ていた。

 


 ◆



 改稿版…戸村君に訂正しました。

 間違えてばかりですみません。

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