インターバル


 翌朝、リングの上でジムの先輩である早川さんと向かい合っていた。

 俺の通っているジムの期待の星である。

 そんな早川さんの次の対戦相手がサウスポーの為、俺がその対策用に駆り出されていた。

 

「今朝は俺の練習に付き合せてすまん!」

「気にしないでください。俺も実戦に近い練習が出来るなんて嬉しいですから」

「念の為、俺は12オンスのグローブ使うから。あと体調が悪くなったりしたら遠慮なく言えよ。それからコーチには勝手な事したの内緒な」

「はい、分かってます」

「遥、助かるわ」


 そう言うと早川さんはグローブを馴染ませるように、何度か拳同士を合わせていた。

 その間、俺はマウスピースを口に入れて肘を伸ばす。

 予めセットしていたブザー音が鳴ったので、グローブをコツンと軽く合わせた。


「宜しくお願いします!」

「おう、頼む!」


 実戦練習、開始早々……

 早川さんから左の高速ジャブが飛んで来る。


 速っ……!!


 俺は右ジャブを繰り出して応戦するが、次の瞬間、早川さんが閃光のようなワンツーを放って来る。

 それを丁寧にブロックするが、腕がビリビリと痺れて来る。

 そこから右フックが飛んで来て、間髪入れず、左フックをボディ、右ストレートで顎の先端を狙われる。

 俺は右ジャブから左ボディアッパー、ボディフック、左フックのトリプルパンチで応戦した。

 そこからは激しい打ち合いになった。


 プロ、怖っ!

 早川さん……

 完全に目がキマってしまっていた。


 ……4ラウンド実戦形式で練習した後、シャワーを浴びて、早川さんからの奢りで朝食のサンドイッチを食べていると……


「なあ、最近ジムに入って来た金髪赤ジャージのことを知ってるか?」

 

 不意に早川さんから佐久間の話題が上った。

 金髪、赤ジャージのキーワードだけで、すぐに佐久間の事だと思ったが、頷くだけに留めた。


「遥は居なかったから知らないだろうけど、アイツさ、昨日……会長に喧嘩を売ったんだよ」

「はあ?」


 俺は思わず、大きな声を出してしまう。

 このジムで、一番喧嘩を売ってはいけない人だった。


 日向ヒュウガジムの会長……

 日向レイカ会長。

 俺や早川さん、その他諸々が平伏す女子ボクシング界のレジェンドだった。


「確かに……はあ?だよな?」

「はい、でも本当ですか?」

「ああ……」

「いや……それはあまりにも……」

「遥の言いたいことはわかるよ」


 早川さんは、俺の肩に手を置くと遠い目をしていた。


「それで……?」

「ワンパンだったわ」

「でしょうね」

「ああ、綺麗に吹っ飛んでたわ」

「顎ですか?」

「うん、あれ、イっちゃってるわ……」

「ひぃぃぃ」


 俺はガクブルしながら、早川さんと同じく遠い目になるのだった。

 


 ◆



 そのまま、ジムを出て登校する為に駅へと向かった。

 さすがに悠月先輩は待っていないよな?と思って、待ち合わせ場所をスルーしようとした時にブレザーの裾を掴まれる。


「お、おはよう」

「悠月先輩?」


 待ち合わせ場所にいないと思っていた悠月先輩に声を掛けられて、俺が内心驚いていると……


「急にごめんね。驚かせたよね?」

「どうしたんですか?」

「あのね……」

「はい?」

「クッキーを作って来たの」

「クッキーですか?」

「昨日は夕飯をご馳走になったから、何かお礼がしたくて。もし良ければ梅子さん達に渡してくれないかな?」


 桜色に頬を染めた悠月先輩から、白い紙袋を手渡される。

 そこには丁寧に個包装されたクッキーが入っていた。

 どれも美味しそうに見える。


「ありがとうございます!ウメちゃんも、アオソラも喜びます!」

「よかった……。それから、この黄色いリボンでラッピングしてあるのは遥君の分だからね。白砂糖じゃなくてデーツシロップを使ってるから糖質を気にせずに食べれると思う」

「糖質を気にせず食べれるのは嬉しいです!」

「ふふふ」


 屈托のない悠月先輩の笑顔に戸惑いながら、俺は頭を掻いた。


 昨日は……


 あれから梅ちゃんと悠月先輩が意気投合して、二人で晩御飯を作ってくれた。

 梅ちゃんがメインの唐揚げを揚げている隣で、悠月先輩は蓮根のきんぴらとほうれん草の白和えを手際良く作っていた。

 

 きんぴらの絶妙な甘辛具合にソラの箸は留まることを知らず、白和えの優しすぎる味付けにアオの口角が珍しく上がっていた。

 非常にお気に召したらしい。

 

「遥君はどうかな?」

「すげー美味しいです」


 本当に美味しかったので、そう言うと悠月先輩は嬉しそうに口元を綻ばせた。

 晩御飯の後、みんなでポーカーをしたけど、悠月先輩にぽやぽやしながら見惚れていた天がカモられていた。


 そんな風に俺が昨夜の出来事を思い返していると、ブレザーの裾を軽く二回引っ張られた。


「悠月先輩?」

「遥君……」

「はい?」

「あの、一緒に行ってもいい?」


 悠月先輩は形の良い唇をきゅっと噛んだ。

 その一瞬、悠月先輩と視線が交わった。

 俺の口の端から小さく息が漏れる。

 不安に揺れている栗色の瞳から目が逸らせない。

 それから俺は内心戸惑いながらも……黙って首肯くのだった。



 ◆



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